1話 旅立ち準備

「お、見えてきたぞ。もうすぐ村に着くから辛抱してくれよ。」


「そ、そのやはり降ろしてもらった方が……。」


「ここまで運んだんだ。諦めて運ばれてくれ。」


 少女の申し出をナハトは断り村へと歩いた。





「ナハト、おかえ……。」

「戻ったか。少し遅……。」


 ナハトたちが村に戻ると、入り口近くにいた数人の村人たちはナハトが背負っている獣人族アニューマの少女の姿を見てざわざわとし始めた。


(やっぱりそういう感じになるよな。)


「あの、なにか村の方々の様子が?」


「あぁ、ちょっといろいろあってな。だけど、その前に治療だな。ここが村長の家で俺が今住んでるとこだ。」


ナハトは少女への説明を後にし、村長宅の扉を開く。


「ただいま、村長さん。」


「おお、おかえりナハト。ごちそうの用意も……。」


「悪い、村長さん。先に食べててくれ。この子、治療が必要なんだ。」


驚く村長さんを置いて、ナハトはそのまま2階の自室へと向かった。






「よし、これでいいだろう。そこまでひどくないから明日の朝には普通に動けるはずだ。」


「ありがとうございます。」


 少女はお礼を述べながらそっと治療された足首を触る。


(薬草に包帯。巻き方もしっかりしてる。きつくもない。)


「動かせるとは思うけど、今日くらいはゆっくりしとけよ?ずいぶん急いでるようだったけどな。」


「そ、そうでした!急がないと……っつ!」


「だから大人しくしとけって。」


ナハトは呆れながら、立ち上がりかけた少女を座らせた。


「さてと、それじゃあまずは自己紹介でも、とは思ったが、村長さんをそのままにしてるんでな。少し待っててくれ。」


そう言うとナハトは、1階へと降りていった。






(ごちそうはすっかり冷えちまったか。)


 ナハトが森であった出来事を村長さんに説明してから、沈黙が流れていた。

そして、小さく咳払いをしてから村長さんが口を開いた。


「2年、お前さんの面倒をみてきてお前さんの性格からいつかはこういう日も来るだろうと思っておったよ。困ってる人を見ると放っておけないのがナハトのいいところだと理解しておる。……しかし、掟は掟。村の長として掟を破ったものの処遇はしっかりせねば皆に示しがつかん。よって、ナハト、お前さんは追放処分とする。よいな?」


厳しい表情で言う村長さんにナハトはしっかりと頷いた。


「あぁ、わかったよ村長さん。それじゃあ今から荷物をまとめて……。」


「待ちなさい。追放処分はとする。どういうことかわかるな?」


「あぁ!ありがとう村長さん!」


村長さんにお礼を言うと、ナハトは再び2階の自室へと戻っていった。


「あなたもお人好しなのは一緒ね。」


「なんだばあさん、起きておったのか。しかし、10年前に作った掟がこんな形でとはの。」


起きてきたおばあさんと村長さんは、ナハトとの思い出話をしはじめるのだった。






「え!?それじゃあわたしのせいで。ごめ……。」


「おっと、謝るなよ。これは俺がやりたいからやっただけだ。」


 村長さんと話した内容と村の人たちの反応の理由についてナハトから話を聞いた少女は、ナハトに謝ろうとするも、ナハトはそれを遮った。


「ま、そういうわけで俺もお前さんと一緒にでかけることになりそうだ。まぁ、村を出たら別行動かもしれないが。とりあえず、自己紹介でもしとこうぜ。」


そう言うとナハトから話し始めた。


「改めて、俺はナハト、ナハト・アーベントだ。お前さんは?」


「わたしは、ミネット。ミネット・アルジャンです。」


「ミネットはどうしてあの森に?魔法が得意な獣人族アニューマとはいえ、少女が一人でいるような場所ではないと思うんだが。」


ナハトの質問にミネットは答える。


「実は、行方不明の友人を探してるんです。」


そう答えるミネットに、ナハトはすかさず疑問を投げかけた。


「うん?それでどうしてノクトニア帝国に?獣人族アニューマのメリアス自治州は帝国とエリシア共和国、アイトール王国に囲まれているはずだ。」


ナハトの質問に、ミネットは少し考え、あたりを警戒しながら静かに答えた。


「それは、最後の目撃情報が帝国軍人と一緒だったからです。」


ミネットの返答にナハトは驚いた。ミネットの冗談かと一瞬思ったが、彼女の真剣な表情からそうではないとわかった。


(帝国軍がメリアス自治州に入ってまでして連れてく?共和国と王国を刺激しそうなのにどうして?)


「ナハト、どうかしましたか?」


黙ってしまったナハトを不思議に思い、ミネットは尋ねた。


「あぁすまん。話は変わるが、魔獣に襲われた時と怪我の治療にどうして魔法を使わなかったんだ?」


そんなナハトの疑問に、ミネットは少し困ったような表情を浮かべ答え始めた。


「ナハトもご存じのように獣人族アニューマは魔法が得意なんですが、実はわたしは魔法が苦手でして。」


「へぇ、珍しいな。というかそんな獣人族アニューマに初めて会った。」


ミネットの返答にナハトは驚いた。


「いい機会ですので、魔法というものがどういうものか説明しますね。まず、魔法のもととなる魔素というものがあります。魔素は人族ヒューマには毒なので吸収することはないのですが、獣の性質を持ち合わす獣人族アニューマは、魔素を取り込めます。その取り込んだ魔素を体内で魔力へと変換して放出するのが魔法なんです。わたしはその魔力への変換が苦手なんです。」


「なるほど。話には少し聞いたことがあったが、そういう仕組みだったのか。しかし、そうするとミネットは魔獣等への攻撃手段はないということか?」


ナハトの問に、ミネットは首を横に振った。


「いえ。魔法の代わりにわたしは聖霊術を使います。」


「聖霊術?」


「はい。魔素とはある意味で逆、聖素の集合体である聖霊に力を借りて行う魔法のような術です。ただし、聖霊にお願いするので、魔法より発動に時間がかかってしまうのと、近くに利用したい属性の聖霊がいないと使えないので不便な術ではありますね。」


ミネットは苦笑いしながら答えた。


「なるほどな。聖霊術というのは初めて聞いたが確かに魔法とは違って使い勝手が悪そうだ。まぁそれでも魔法が使えない人族ヒューマからすると使ってみたいとは思うが。」


「でも、ナハトの剣術はすごかったです!あの時も一瞬で大きな魔獣を倒してましたし。」


ミネットは助けられた時のことを思い出し、きらきらした目でナハトを見た。


「そんな大したものじゃないさ。昔から触っていて自然と身に着いただけのものだし、まだまだ未熟なものだよ。」


そう答えながら、ふと壁にかけてあった時計に目をやり、あっという間に時間が過ぎてることにナハトは気がついた。


「話してたらあっという間だな。明日の朝には出発するんだから、そろそろ寝るぞ。」


「もうこんな時間なんですね。すみません、寝る前に最後に一ついいですか?」


「なんだ?ミネットがそのベッド使っていいぞ。俺は床でいい。」


「ありがとうございます!って、違いますよ、寝床のことでなくて、その、ナハトの剣術はすごく頼りになるのでもしよかったら友人を探すのを手伝ってくれませんか?」


ミネットの真剣なお願いに、ナハトは思わず笑ってしまった。


「どうして笑うんですか!」


「悪い悪い。さっきの話を聞いてからミネットに付き合うつもりだったからさ。追放されて行く宛もないしな。こっちはもうすでにその気だったってことだ。」


ナハトの言葉にミネットは嬉しい気持ちでいっぱいになり、無意識に尻尾をパタパタと振っていた。


「ありがとうございます。おやすみなさい、ナハト。」


「あぁ。おやすみ、ミネット。」


 明日から始まる旅に向けて、ナハトとミネットはゆっくりと眠るのだった。

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異世界英雄譚 蒼髪の剣士と獣人の少女 りひと @Licht0501

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