第16話 7-2 プリンセスメーカー

日記を読み終わったわたしの頬を涙が伝う。

嬉しかった。

パパはわたしの本当のパパで、わたしを大切に思ってくれていた。それだけでわたしには充分だった。心の中に火が灯ったみたいに体が温かくなる。その熱はわたしに生きていく力をくれた。

日記に書かれていた指輪を巡る戦いは壮絶で恐ろしかったけれど、わたしの心はすんなりとその出来事を受け入れることができた。多分……、生まれた時から持っているこの指輪がそうさせるのだろう。

この指輪はほかの人には見えない。

幼いわたしは自分とパパにしか見えないこの指輪について、いつも不思議に思っていた。どうしてほかの人達は指輪を持たないのだろうと。どうしてほかの人間には、わたしのこの指輪が見えないのだろうと。生まれながら指輪を持たない事が普通なんだとわかった時の疎外感は強烈だった。誰もわたしのことをわかってくれない。クラスにいる同じ歳の子供達や先生とは、結局のところ一番深いところでは何も分かり合えないんだと知った。

だって指輪がある人生と、指輪を持たない人生なんて比較にならない。

それくらいこの指輪はわたしにとって大切なものだし、指輪はわたしの体の一部で、わたしと指輪はとてもとても深いところで繋がっている。だから指輪は、わたしにとって特別な印だ。その印を持つ人間同士だけが分かり合う事ができる….…。

今までわたしはこの世界の中で、普通ではない人間なんだと思いながら暮らしていた。パパを除いた誰とも心を開いて話すことはなかった。だからわたしには友達がいない。

わたし自身でさえ自分が何者なのかわからないけれど、パパの日記を読んだ今、少なくとも指輪の数だけ同じ境遇の人間が居ることがわかった。

特別な印を持つ人がこの世界にはあと7人もいる……。

これはひとりぼっちのわたしにとって、とても重要なことだ。もしかしたらわたしにもパパ達リンコレのメンバーみたいな友達が出来るかも知れない。そう思うだけでわたしの胸は高鳴った。

それからわたしは日記を何度も読み返した。パパやママや詩織さん、アリスさん。荻窪先生に寿校長……。指輪に翻弄された人々の事を頭に刻み込んだ。

わたしはランドセルに付けているシワシワのぬいぐるみを撫でる。パパの日記を読んだ今、これが詩織さんのガチョピンなのだと分かる。ガチョピンはクタっとしたまま動かない。きっと詩織さんが死んでしまったのでライフの魔法も解除されてしまったのだろう。それでもわたしはこのキーホルダーを大切にする。パパの形見として。リンコレメンバーの思い出として。ひどい結末を迎えてしまったけれど、それでもやっぱりパパとお母さんと詩織さんは、最後まで友達だったとわたしは思う。たとえ殺し合ったとしても、3人は指輪で繋がっていたのだから……。

日記を読み終えたわたしは、少し考えてからフロッピーを元の場所に戻すことにした。この日記は指輪について重要な事が沢山書かれている。この事を誰か他の人に知られてはいけないと思った。けれど……、処分することは出来ない。パパのメッセージを処分することは、パパとわたしの繋がりを処分することだ。

しかしわたしにはフロッピーの保管場所が思い当たらなかった。家には警察が待ち構えているかも知れない。学校も危険だろう。他にものを隠せそうな場所をわたしは知らなかった。

しばらく考えているうちに、わたしには大切なものを預けたり、隠したりする場所が一つも無い事に改めて気付かされた。身を寄せる親戚もいなければ、相談する友達もいない。やっはりわたしには指輪以外、何もない。そして唯一わたしの味方だったパパはもういない……。

不意に目の周りがカーッと熱くなって涙が溢れてきた。いつかわたしにもパパのように指輪の話ができる友達がほしい……。日記に書かれていたリンコレのような仲間がほしい……。

わたしはぎゅっとガチョピンを握りしめて決意した。

「必ずリングホルダーを見つけよう。そして友達になるんだ……」

……。

わたしが再びみそら小を訪れたのは、翌日の夕方頃だった。

まだ生徒達がいるはずの時間帯なのに不思議と校庭には人影が見当たらない。わたしはしばらくの間、校内の様子を伺ってみたけれど、校庭には誰も現れないし、校舎からも人気を感じなかった。

あたりは奇妙に静かで、どこか遠くからゆっくりとした太鼓の音だけが聞こえた。

「またあの太鼓……」

夕方の小学校がこんなにも静かで人気がないなんておかしい……。いくらなんでも先生の1人や2人はいるはずだった。

少し悩んでから、わたしは思い切って校舎に入ってみる事にした。何かがが引っかかった。

(「この感じ……、あの時に似てる。パパの死体を見つけたあの時に……。この学校で何かが起こっているのかも知れない。中に入ってみよう。もし誰かに出会って咎められたとしても、チャームを使えばどうにかなる……」)

わたしは決心すると、思い切って知らない学校の中へと足を踏み入れた。

校門に近い校舎の入り口からわたしはみそら小に入った。

入ってすぐのところには下駄箱が並んでいた。恐らくは高学年用の出入り口だ。わたしは辺りを眺めた。

下駄箱には白い上履きが乱雑に収まり、外履きの靴は1つも見当たらない。下駄箱の隣には細長い傘立てがあり、埃を被った黄色い傘が一本だけ立て掛けてあった。あたりは仄かにカビ臭かった。

「ここでパパとママが出会ったんだ……」

パパはまだ男の子だったママとここで出会い、そして戦った。2人は指輪を持っていたから友達になれた。そしてわたしが生まれたんだ。ママはわたしを生んですぐに死んでしまい、チャームの指輪はわたしに引き継がれた。もしも指輪が無ければ、わたしはこの世に存在しない。

(「わたしは一体何者なんだろう……? 」)

そんな事を考えていたら不意に涙が流れた。

(「あれ……、そんなに悲しいわけじやないのに? 」)

そう思った時、頭の中で声が響いた。

『指輪ヲ奪エ! 全テヲ奪エ! 』

『指輪ヲ奪エ! 全テヲ奪エ! 』

『指輪ヲ奪エ! 全テヲ奪エ! 』

『指輪ヲ奪エ! 全テヲ奪エ! 』

「これは!? ……指輪の声!! パパの日記の通りだ。男の人なのか女の人なのか、よくわからない声……」

わたしはすぐに思い出した。それは2つ以上の指輪を装着している覚醒状態のリングホルダーと出会った時に聞こえるはずの声だった。

わたしは指輪を1つしか持っていないけれど、パパの日記によれば、誰か1人が覚醒すれば、側にいる他のリングホルダーも覚醒状態になるはずだった。

わたしは辺りを見回したが、下駄箱の近くに人の気配はなかった。パパはこの場所でママに会った。そしてその時、違う階に居た校長先生にも指輪は反応したと日記に書かれていた。

(「ほかのフロアーに覚醒したリングホルダーがいる! 」)

わたしは靴のまま近くの階段を駆け上がった。リングホルダーと戦いになるかも知れなかった。覚醒しているという事は問答無用で襲いかかって来るかも知れない。それでもわたしの心は不安と期待がせめぎ合っていた。今のわたしはパパが日記に書いていたような指輪を奪いたいという激しい衝動は感じていない……。

とにかく同じ指輪を持つ人に会ってみたかった。もしかしたらパパとママと詩織さんのように友達になれるかもしれない。確かみそら小の2階には職員室と校長室があったはずだ。

わたしは恐る恐る職員室の扉を開けた。しかしそこにも人は居なかった。

電気はついている。机の上のパソコンは起動したままだし、飲みかけのコーヒーも置いてあった。明らかについさっきまで人が居た様子だ。何かが起こって、ここにいた人々はあわてて去っていったみたいだ。

そんな事を考えながら職員室をウロウロしていると不意に奥にある扉が開いた。そして中から女の人が出てきた。歳は25歳くらいだろうか。小顔でクリっとした大きな瞳に少し丸みを帯びた鼻。肩までのふんわりとした髪。グレーのジャケットと膝丈のスカート。綺麗というよりはかわいいタイプの顔立ちだ。彼女はわたしを見て驚いた様に口に手を当てた。

「あなた……、まさか川島君? ……いえ、そんなはずはないわね。あれから20年も経つんだから。……ああ、そうか。そうね。仁木君と川島君のお子さんね」

彼女はわたしを見てそう言った。彼女の瞳には赤い炎が宿った。

(「この人、指輪の魔法を使っている……」)

「パパとママを知っているんですか? 」

わたしの頭の中で、色々な疑問が吹き出す。

「ええ、2人ともよく知ってるわ。だって2人は私の生徒ですもの」

「えっ!? パパの……、先生? でも校長先生は……」

「ええ、20年前にここで死んだわ。仁木祐一に殺されたのよ。だから復讐の為に、私が、仁木君を、殺した、この手で。あなたのパパを殺したのはこの私よ。私から母だけでなく、フィアンセも奪った人だもの。当然の報いだわ」

「ええっ!? 」

わたしはびっくりして言葉を無くした。

「私の名前は寿円香。この学校の校長よ」

そう言った彼女の右手薬指には白い指輪が妖しく光っていた。

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