第15話 7-1 プリンセスメーカー
そうして俺は、ささの右手薬指をバインドの魔法で潰した。
スローの指輪が外れると、ささの目の色は元に戻った。俺を支配していたあの狂おしい欲求も、まるで煙のように俺の中から消えた。もうささを殺して指輪を手に入れたいとは思わなかった。
そして再び、頭にあの甘い声が響いた。
『早くぅぅぅ、指輪をぉぉぉ、集めてぇぇ、残るぅぅ、指輪はぁぁ、あと5つぅぅぅ』
ささはガラス玉みたいな瞳でボンヤリ立っていた。俺が声をかけても無反応だった。
けれども、しばらくしてささは俺の名前を呼んだんだ。嬉しかったよ。本当に嬉しかった。ささは両親やこれまでの出来事、自分の名前すら忘れてしまっていたのに、俺の名前だけはかろうじて憶えていてくれたんだから。
それから俺はささが身につけていたはずのスローの指輪を探した。しかし指輪は見つからなかった。スローだけじゃない。詩織が持っていた他の指輪も見つけられ無かった。ささの近くに転がっていたガチョピンを見つけただけだ。そもそも詩織の体はバラバラに弾け飛んでしまったし、職員室は戦いで半壊していた。辺りは瓦礫の山で、その中から小さな指輪を探し出すのは至難の業だった。
結局、俺たちに残ったのは最初に見つけた2つの指輪だけ。俺とささの指輪がそれぞれ1つずつ。これだけ苦労した指輪集めの結果は振り出しに戻っただけだった。ささが呪いで女になってしまった事を踏まえれば、むしろマイナスだった。ひどい借金だ。
でも、それでいいと思った。俺とささを繋ぐ指輪が1つすつあれば、それで十分だ。
これだけの騒ぎを起こしたのだから、まもなく消防や警察がやってくるはずだった。悠長に瓦礫をひっくり返して小さな指輪を探している暇はない。俺達に時間は無かった。
さて、それではこれからどうするのか……。俺は途方に暮れた。
ささの体は完全に女になっていたし、生まれてから今までの記憶のほとんどを失っていた。これまで通りの暮らしはとてもできない。
少しの間考えてから俺は覚悟を決めた。ささと2人で生きていく覚悟をね。
それから俺は学校を捨て、家族を捨て、それまでの俺の人生を捨てて、ささと一緒に別の街に移った。
11歳の子供が自分の力だけで生きていくのはとても大変だった。しかし俺たちには指輪の魔法があったし、何より俺の隣にはささがいた。それだけで俺は何とか生きていく事ができた。
そうして世間から隠れてひっそりと暮らすうちに俺たちは愛し合い子供ができた。子供はささの希望で『いおな』と名付けた。穏やかな幸せを少しの間だけ味わった。
俺は家族に心を許せなかった。血の繋がらない父親も、血の繋がった母親も、半分だけ血の繋がった弟も。誰にも心を開けなかった。けれどささには……。ささだけは違っていた。ささが居たから俺は今まで生きてこれた。そしていおなが生まれて俺はささに加えてもう1人の家族を手に入れた。欲しかったものを手に入れる事ができた。自分で掴み取った本当の家族。
だから指輪には感謝している。8つの指輪を揃えてる事は出来なかったけれど、指輪は孤独な俺にかけがえのない繋がりをくれたから。
しかし指輪の呪縛からは逃げられなかった。ささは子供を産んですぐに死んでしまった。なぜ死んだのか理由はわからない。
それは世界が終わるような喪失感だった。生きていく目的が失われてしまったと思ったよ。
しかし俺の手の中には、生まれたばかりの『いおな』がいた。俺とささの子供が一人前になるまで、俺は死ぬわけにはいかないと思った。
ささがつけていたチャームの指輪は『いおな』が生まれると同時にささの指から消滅した。そして生まれた赤ん坊の左手薬指には、チャームの指輪がはまっていた。何故だかわからないが、チャームの指輪はささから『いおな』に継承された。
幼い頃の『いおな』は無自覚にチャームを使って俺を困らせた。不思議な事に『いおな』はいくら魔法を使おうとも、呪いが発動する事はなかった。『いおな』の性別は生まれた時から女で、それは今もかわらない。目が金色の光を宿す事もない。また『いおな』の容姿は母親であるささに瓜二つだ。
特に成長した最近の娘を見ていると、まるであの頃のささに会ったような不思議な感覚に陥る。もしかしたら俺の娘はささの生まれ変わりなのかも知れない。或いは『いおな』は指輪から生まれた人間ではない何かなのかも知れない。
しかし俺にとってそんなことはどうでもよかった。俺はささを愛していたし、俺とささの子供である『いおな』をこの世の何よりも愛している。
……。
もしこの日記を読んでいるのがいおななら、パパは2つの事をお前に伝えたい。
1つはお前の指輪と魔法についてだ。お前がチャームの指輪を持つ限り、いずれ必ずリングホルダーがお前を狙ってくるだろう。しかし理由は分からないが、お前はいくらチャームの魔法を使用しても呪いを受けない体だ。それは指輪を巡る戦いにおいて圧倒的なアドバンテージだ。大抵のリングコレクターは指輪の呪いを恐れている。呪いを最小限に抑えるため、魔法使用も自ずと制限している。だがお前は無制限に魔法が使える。
だから。それを最大限に活用するんだ。別に戦いに限った事ではない。この日記をお前が読んでいると言う事は、恐らくパパはもうお前の側には居ないのだろう。おまえを1人にしてしまって、本当にすまない。
しかしこれからお前は一人で生きていかなければいけない。だからこそ、お前に与えられた才能。チャームの魔法を存分に使ってこの世界を生きぬけ。心配することは無い。パパも11歳で家を出たが、なんとかやっていくことができたのだから。お前はパパよりもずっと要領がよいから、きっと大丈夫だ。そして、できれば共に生きるパートナーをみつけろ。辛い時、寂しい時、隣でお前の事を思ってくれる誰かを探すんだ。
あと1つ。パパはお前が大好きだ。それはこの先、何があろうとも決してかわらない。たとえお前が指輪の化身であったとしても。或いはささの生まれ変わりだったとしても、お前が生まれてきてくれて、パパは本当に嬉しかった。パパはお前の事を愛している。
お前が何処で幸せに暮らす事を心より祈る。
仁木祐一
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