第4話 2-2 新鬼ヶ島
「これが俺の魔法だ」
赤い光を宿した祐一の瞳はささを睨んでいる。
「魔法!? 」
空中に浮かんでいるささは突然現れた祐一に目を見開く。祐一は肩で息をしている。先回りしたのだからかなりのスピードで走ってきたはずだった。けれど祐一の髪はキッチリと七三に分けられ乱れはなかった。そして指輪をつけた右手はささへ向かって突き出され、掌のまわりの空気が波打つ様に揺れていた。ささの体は空中に静止したまま動かない。というより動けなかった。
(「何、あれ!? なんで目が光ってるの!? あんなの絶対普通じゃない! ってゆか、なんか浮いてるし!? 」)
息を整えた祐一は事態を飲み込めずにうろたえるささを満足げに眺めると、落ち着きを取り戻した声で言った。
「この指輪が持つ不思議な力の事だよ。お前はリングホルダーのクセにそんな事も知らないのか? 」
そう言った祐一はささに向けた右掌をくるりと返して、婚約指輪を披露するみたいにその手の指輪をささへかざして見せた。
祐一の手の動きに合わせてささの体が空中でグルンと一回転する。
「うわっ!? ちょっと!? り、リングホルダーって何っ!? 大体どうしてお前がここにいるの?? 」
ささの体は先ほどから何かに締めつけられ固定されていた。そしてその圧力はジワジワと増している。それは見えない巨人の手に握られて締め上げられているような不気味な感覚だった。
(「これが指輪の魔法!? まさか先回りしたのも魔法の力!? 」)
ささには訳がわからなかった。
祐一は満足げに黒いメガネの端に手を添える。それから冷たい目つきでわざとらしくため息をついてから口を開いた。
「やれやれ、そこそこ頭はいいんだから少しは考えたらどうだ? この2ブロック先にはお前がいつも入り浸っている駄菓子屋があるだろう。この空き地があの店への近道なのは有名だ。校門を出た時、川島の逃げた方向から3丁目の住宅街を抜けてこの空き地を通ると思ったよ。お前が咄嗟に思い浮かべる場所くらい簡単にわかるさ」
祐一は授業中、先生に当てられた時みたいに淀みなく説明した。それから再びメガネの端を左手で軽く押さえると口の端を少し上げてから言った。
「まぁ、今回は俺の勝ちってことで! 」
ささは苦い顔で祐一を睨みながら思う。
(「ムカつく! ムカつく! ムカつく!! あのドヤ顔がムカつく! あの髪型がムカつく! あのメガネがムカつく! 僕の方が走るのは早いのに! まだ負けてないし! しかもアイツ、まだこの間のリレーの事を根に持ってるし! やっぱりガリ勉で性格悪い! けれど……、頭は切れる。それは認めなくちゃいけない。確かにぼくの逃げ道くらい祐一ならあてられるかもしれない。でも本当にヤバイのはやつの頭の回転じゃない。今、ぼくの体を空中に浮かばせているこの魔法だ……」)
ささは改めて全身に力を込めてみたけれど、体はピクリとも動かなかった。
「か、体の……、自由を、奪う魔法(とにかく話し続けて時間を稼ぐしかない)? 」
全身を見えない力に締め付けられているささは苦しげに言葉を繋いだ。
「そう、金縛りみたいなもの。ゲームの魔法で言うならパラライズ……、いやバインドってところだな」
祐一はニヤッと笑った。ささはその時、初めて祐一の笑顔を見た気がした。
(「バインドか……。なんか……、ちょっとかっこいいじゃん。それにあいつも笑うことあるんだ……。けど、すごく嫌な感じ」)
祐一はおもむろにささに近づいてくる。
ささとの距離を詰める間も、祐一は手のひらをささへ向けたままだった。
「な、な、何をっ!? 」
ささは顔を真っ赤にして身をよじるが、祐一の右手がゴムボールを握るようなジェスチャーをすると、何かに締め付けられるような力が一気に増した。
「ぐえっ……」
潰れたカエルみたいにささが呻く。ギリギリと締め上げられてささの骨が軋む。
「い、息がっ……」
祐一はしゃがみこんでささの左手中指にはめられた指輪に触れ、指輪を外そう力を込める。しかしささの中指と指輪は奇妙に一体化していて、ピクリとも動かなかった。
その時。
ふいに「ドクン!! 」と指輪が鼓動した。そして2人の頭にあの少女の声が響く。
『指をぉぉ、切り離せばぁぁぁ、指輪はぁぁ、外せるわぁぁ』
驚いた2人は思わずお互い顔を見合わせた。怪しげなその声には、はっきりとした興奮と歓喜が含まれていた。
「ふーん、なるほどね」と無機質な声で祐一がつぶやく。
ささは自分の置かれた状況に焦った。
(「冗談じゃない!! 何それ!? 指を切り離す!? いや、いや、いや……、ありえないぃぃ!! 」)
「た、助け……、ムグゥゥ! 」
なにふり構わず助けを呼ぼうとするささ。しかし「シュッ! 」と空気が擦れる音がして、何かが彼の口を塞いでしまった。唇に触れる冷たい何かの感触にささの背筋が凍りついた。
(「 声が出せない!! それに……、なにか唇に気持ち悪い感触が!? ヤバイ! ヤバイ! ヤバイ!! 」)
ささはかろうじて動く首を無理やり捻ると、藁にもすがる思いであたりを見渡した。何かこの状況を打開できるヒントがないか必死に探す。
ささの正面には草むらと電柱と同じくらいの高さの街路樹が見える。その先には雑草が生い茂った空き地とブロック塀。左後ろにはコンクリートの道路。さらにその先、道路を挟んだ反対側の家には広々とした庭があり、物干し竿に繋がれたハスキー犬が、耳をたててこちらの様子を不安げに伺っていた。体が大きい割にあの犬は臆病なようだった。神経質な目つきでチラチラとこちらの様子を見ている。
(「あれ……? 」)
不思議な事に、ささの目には犬がボンヤリとピンク色に光って見えた。
「何をしても無駄だから。1度、俺のバインドに捕まったら人間の力じゃびくともしないぜ」
しかしそう言った祐一も心ここに在らずといった様子で、ささとは目線を合わさず、ささの右手にある指輪を真剣な表情で見つめていた。
ささは必死に考える。
(「こいつ、ホントに不気味なヤツ! 一体何を考えているんだろう? そもそもあのメガネと七三分けが気に入らない! なんであんな髪型にしてるんだ? 小学生のクセにバリバリに固めてる髪型とか気持ち悪いし、絶対にぼくが勝ってやる! 祐一が何かを迷っている今が最後のチャンスだ。ピンチには必ず最大のチャンスが隠れてるんだ。考えろ! 考えろ! 考えろ! 祐一の魔法は物の動きを縛る能力。これまでのあいつの動きを思い出せ。祐一の魔法は指輪をはめた右手を相手に向けると発動する。けれども掌を向けるだけで、どんなに離れていても動きを止められるとは思えない。だってさっき学校の下駄箱では祐一からなんとか逃げ切れた。それって……、つまり、祐一の魔法には射程距離がある! たぶん1〜2メートルくらい。その距離がバインドの魔法の届く限界。そうでなければもっと前に捕まっている。だとしたら距離さえとればバインドは避けられる。あとは僕の指輪にどんな力があるのかだ。指輪の魔法さえ使えればぼくだって戦える……」)
ささが懸命に思いを巡らせていた時、祐一もまた物思いに沈んでいた。
祐一には叶えたい夢があった。そしてこの指輪。集めれば、どんな願いも叶うと言われている。実際、あの指輪の声がそう告げていた。もしかしたら……、本当にどんな願いでも叶うかもしれない。けれど、その為に誰かの指を切り離すなんてゴメンだと祐一は思う。単に興味本位ではめてしまった指輪だ。初めから決して外せないとわかっていたなら不用意にはめたりしなかった……。けれど、この指輪には強力な魔法がある。使い方次第ですごいことができるはずとも思った。
(「あの厄介な……、忌々しい副作用さえなければ、すごい力なんだけどな……」)
祐一は先日、初めて魔法を使った時の事を思い出して苦い顔になる。
(「確かに川島は気に入らないけれど、だからって指を切断して指輪を奪うというのはやり過ぎだ。かといって今バインドを解いたら、きっと川島は一目散に逃げ出してしまうだろう。足の速い川島との追いかけっこはもうたくさんだ。今、バインドの魔法は解除できない。幸いにも川島は指輪の魔法についてよくわかっていないようだ。けれど時間を与えたら、ヤツなら指輪の魔法を使いこなすかも知れない。いや、頭の回転が早い川島なら、きっとすぐに魔法を自分のものにするだろう。ここで川島を逃すのは厄介だ。それにしても……、ヤツの指輪には一体どんな魔法が ? 」)
祐一が迷っているその隙に、ささはほとんど無意識に視界の端にいるハスキー犬を見るともなく眺めていた。
大きな体で不安げにこちらの様子を伺っている犬の青い瞳に視線が吸い寄せられていく。ささの目に映る犬は相変わらずほのかなピンク色に点滅していた。
突然!
吸い込まれるようにささの意識が犬の瞳から体の内部へと侵入した。
まるで暗いトンネルを疾走する地下鉄みたいに、ささは犬の眼球から太い神経を伝って脳へ到達する。
あっという間にささの眼前には犬の脳がプカプカと浮かんでいた。
(「あぁ……、なんだか……、美味しそう……」)
なぜだかささは、目の前にある犬の脳を食べてみたいと思った。なぜそんな事を思うのか分からない。けれどそれはとても強い気持ちだった。強い強い衝動……、抗えない欲求。
次の瞬間、ささは意識の中で犬の脳みそに食らいついた。カエルを丸呑みにするヘビのように。そうする事が当たり前に思えた。ささの口の中では実際に食感と味覚があった。それは今まで味わったことのない甘みとほのかに焦げたような苦味があった。
(「まるで本当に犬の脳みそを食べているみたい……。それに……、これ、……うまい! 」)
舌が味覚を感じた瞬間、ふいに何かがカチっと繋がったような感覚がささを襲った。そして唐突に視界が元の空き地の風景へと戻った。
ささの意識が現実に戻ると同時に、ハスキー犬はスッと立ち上がり、強い眼差しでささを見つめ返す。いつのまにか犬の瞳は燃えるように赤く煌めいていた。その輝きは魔法を使っている祐一の赤い目にそっくりだ。
赤く燃える瞳を見て、ささは瞬時に、そして唐突に理解した。
(「この犬はぼくの言うことをなんでも聞いてくれる! 今、ぼくがやった事が犬をそういう存在に変えたんだ。ぼくの魔法は相手を操る力!! 」)
ささは心の中で犬に命じた。
(「僕を助けろ!」)
「うぉん!!」
ハスキー犬は力強く吠えると、スルリと首輪を外した。
それからおもむろに走り出し、ひとっ飛びで庭のフェンスを乗り越えると、まるで弾丸のように祐一へ突進した。
「ガガウゥゥルル! 」
ハスキー犬は容赦なく祐一の右手に噛み付いた。
「ひっ! い、痛っ!? ……うわわっ!! な、なんだこいつ!? 」
物思いに沈んでいた祐一は、突然の犬襲撃に悲鳴を上げた。それと同時にささは祐一の呪縛から解放されて地面に放り出された。
ささはすぐさま体制を整えると、勢いよく駆け出して祐一に体当たりする。
「ドン! 」
「うがっ! 」
祐一は数メートル吹き飛ばされ、そのまま背中から地面に叩きつけられる。ささのタックルはとても小学生とは思えないスピードと威力だった。
犬はその間も祐一の右手に噛み付いたままだ。
ささは素早く体勢を整えると祐一に馬乗りになった。ささの瞳が赤く発光する。祐一の目を覗き込んだささは、犬と同じように指輪の魔法を発動させた。
けれど……、何も起こらない。
「えっ……? 」
それでも必死に祐一の瞳を覗きこむささを激しい衝撃が襲った。
「ゴッッ! 」
「ギャッ! 」
祐一の拳がささを吹き飛ばした。
殴った祐一は思ったよりも力が出た事にびっくりして自分の拳に目をやった。
(「なんだこの力!? 」)
ささの頭はぐわんぐわんと揺れていた。頬はドライヤーでもあてているみたいにボンヤリと熱を帯びている。一瞬、ささは自分に起きた事が理解できなかった。衝撃の余韻は、全身が大きな波に飲み込まれたようにささを揺らしていた。
それからやっと、ささは状況を理解した。
祐一が自分を殴り飛ばしたんだ。頬の痛みと誰かに殴られたという事実にささの頭がカーッと熱くなった。
(「痛い! 痛い! 痛いぃぃ!! 祐一ぃぃぃ!!! やったな? やりやがったな!! )
彼は人生で初めて誰かに殴られた。
(「痛い、痛い、殴られた頬が痛い。擦りむいた肘が痛い。ぶつけた肩が痛い、痛い……。痛い。痛い! 痛い!! イタイ!!! 」)
ささの頭から先程登っていった血が一気にひあていく。反対に胸の中では熱くてドロドロした何かがうねっていく。
(「ムカつく! ムカつく! ムカつく!! 」)
怒りがささを支配していく。体は熱いのに、心は暗い井戸の底へ落ちていくような感覚。ささはキレた。人生で初めてキレた。頭は驚くほど冷静だった。視界は広がり、自分の周りにあるものがくっきり、はっきり見える。分かる。理解できる。
揺れる夏草の匂い。薄曇りの空の色。少し湿った地面の感触。祐一の驚いた顔。心配そうな目つきでこちらを見ているハスキー犬。
そして自分の中心にクッキリと文字が浮かんでいく。
絶対に許さない。
(「許さないぃぃぃ! 叩きのめしてやる! 思い知らせてやる! どんな事でもやる! やる! ヤル! 」)
ささの心に激しい憎悪が渦巻いた。体の痛みが怒りを加速させる。そして素早く思考する。
犬を操ろうとした時に自然に沸き起こった脳みそを丸呑みにする感覚が、なぜか祐一に対しては全く生まれてこなかった。
(「僕の魔法は人間には効かない? それとも、もっと練習が必要? いや指輪を持つものにはそもそも魔法は効かないのかも知れない……」)
どんな仕組みなのかは分からないなけど動物を操るこの力を、ささはとりあえず『魅了』と名付けた。とにかく祐一には『魅了』が効かない。それが事実。
ささの頭は冷静にフル回転していた。次々に考えが浮かんでは消えていく。プログラムが走るように。フローチャートを淡々と選択していくように、ささは祐一を叩きのめす方法を模索する。手段は選ばない。相手を可哀想だとは思はない。ささの頭からモラルは消し飛んでいる。どんな酷い事でもいとわない。いやモラルの制約がないからこそ、ささは自由に思考できる。
ささがブチ切れて祐一をやっつける算段をしている僅かな間、祐一はささに追い打ちをかけようと立ち上がり右手を振りかざした。
「ギャッ! 」
しかしすぐさまハスキーに足を噛まれた。
悲鳴を上げた祐一の右手とふくらはぎから、浮き上がるように血が滲んでくる。ポタポタと祐一の血が地面に落ちた。
そんな祐一の様子を見ながら、ささは服についた泥を叩いて落とし息を整えた。
(「犬はまだ操れている。一度、脳みそを食べればしばらくの間、この能力は持続する。もしかしたら1度に操れる生き物は1つなのかも知れない……、いやそれとも……」)
ささはブツブツと呪文のように独り言をつぶやきながらあたりを見回していた。
「ユル……、サ……、ナイ。ユル……、サ……、ナイ。ユル……、サ……、ナイ」
祐一はポタポタと血が流れる右手にチラリと目をやると、ささと犬、どちらにも注意を払いながら立ち上がった。そしてメガネに左手を添えてささを観察する。祐一のその仕草がさらにささの怒りを加速させた。
「グゥルルル……」
ハスキー犬は祐一を睨みながら1メートル程距離をあけ、ささを守るように唸り声をあげて立ち塞がっている。ささと祐一は僅かな間、睨み合った。赤い炎を宿した視線が交錯する。
「祐一ぃぃ」
ささが唸るような声を上げた。
祐一がニヤッっと笑った。それから祐一はハスキー犬に右の掌を向けた。祐一の瞳からさらに赤い光が溢れ出した。
犬はブルッと全身を震わせた後、ピタッと不自然に動きを止めた。
「バーカ!」とささが笑う。祐一が指輪の魔法を使った。右手は犬に向けられていた。
(「これであいつは僕にバインドを使えない! 」)
すかさずささは祐一に突進した。
「おまえがなっ! 」
祐一は左手をささへ向ける。祐一の左手を包む空気がゆらゆらと歪んだかと思うと「シュルル! 」という不気味な音がした。
「うっ!? 」とささが呻いて硬直した。
瞬時にささの全身は見えない何かに拘束されてしまった。
「えっ!? 」
ささは舌打ちしながらも、すぐに事態を理解した。
(「祐一のヤツ! これまでの行動はフェイク! 右手しかバインドが使えないと思わせていたのか……。クソっ! 性格悪っ! 」)
かろうじて動く首を動かしてささは祐一を睨む。
「今度こそ俺の勝ちだ!」
そう言った祐一が両手を上に上げると、その動きに呼応してささとハスキーがどんどん空中へ持ち上がっていった。
「キャゥィン! 」
犬が情けない悲鳴を上げてジタバタと暴れた。その時、ささの表情が変わる。
「祐一ぃぃぃ」
低い唸り声と共にささの瞳から炎が溢れ出す。
「ブチャ! 」
不快な破裂音ともに、突如、祐一の顔に白い塊が降ってきた。
「おわっ!? えっ……!? な、なんだ、これ!? 」
「あはははぁぁぁぁ! それ、カラスの糞だよ、汚ったねぇぇ! 」
ささが冷めた瞳で壊れたみたいに笑いながら言った。
「ブチャ!ブチャ! ブチャ! 」
「うわわっ!? 」
数羽のカラスは、まるで爆撃でもするみたいに次々と祐一の顔面に糞を落とした。
「あはははっ! うんこ爆弾!! 」
ささは爆笑した。
祐一は怒りにブルブルと震えながらささを睨みつる。
ひどい匂いのするねっとりと溶けたアイスクリームの様な糞は、祐一のメガネを伝い服を汚していく。怒りと不快感で祐一の顔が赤黒く染まっていった。
けれど。
ささの予想に反して、祐一は顔にべっとりと付着したカラスの糞を拭わなかった。祐一の両腕は、今もささと犬に向けられ、バインドは解除されない。
(「祐一、やるじゃん……。アイツは今、一番重要なことがよくわかっている。何があっても、バインドでぼくを縛ってさえいれば負けないということを……」)
ささは心の中で少しだけ祐一を認めた。
「ふぅざけるぅなぁぁぁ!! 」
祐一は顔を真っ赤にして怒鳴ると、両手をギュッと握り、ささと犬を文字通り捻り潰そうとした。
その時!
「スルルルッ……」
「!!? 」
祐一は唐突に硬直した。
彼の左足からこれまで体験したことのないゾワゾワとした不快な感覚が伝わってきたのだ。
(「な、な、何かが這い上がって……!? ま、ま、まさか!? これ……」)
祐一は恐る恐る自分の下半身を見た。
それはすでに彼の膝から股間のあたりまで登ってきていた。
「あははははっ! それヘビだよ。頭が三角だから猛毒のヤマカカシかもね!! 」
ささは嬉しくてたまらないという表情で笑っている。
「うううわぁぁぁぁぁぁ!!!」
祐一が悲痛な悲鳴を上げた。これまで1度として聞いたことのない、感情を露わにした祐一の絶叫。人間にこんな声が出せるのかと思うような常軌を逸した雄叫びが空き地にこだました。
そう、祐一はヘビが苦手だった。クネクネと地面を這うその禍々しい姿。ガラス玉のような無機質な目。体を覆う不気味な鱗。その全てが祐一は生理的に受け付けない。
そしてささは、祐一が極度のヘビ嫌いである事を知っていた。
以前、ささが授業で使う図鑑を忘れ、たまたま隣の席だった祐一に見せてもらった事があった。その時、祐一の図鑑はヘビが載っているページだけ破り捨てられていた。また祐一は理科室入り口の棚にあるヘビのホルマリン漬の標本を毛嫌いして、それが視界に入らないようにわざわざ遠い方の入り口から出入りしている事もささは知っていた。それほどヘビ嫌いな祐一にとって、自分の体を本物のヘビが這い回るのは地獄のはず、とささはほくそ笑む。
「ヒィィィィヤァァァ!!! 」
祐一は悲鳴を上げて硬直すると「ヒュー……、ヒュー……」と壊れた機械のような弱々しい呼吸を漏らした。
すでにささと犬の金縛りは解けている。
ハスキー犬は得意げにしっぽを振りながらささの横におすわりの姿勢で佇んでいる。祐一の顔面に糞を投下したカラス達もささの近くに降り立つと、首を傾げて祐一の様子を見守っていた。ヘビはわざとゆっくり祐一の体を這い上がり、今まさに祐一の肩から首にさしかかっていた。
「フゥゥ、フゥゥ、フッ、フッ、た、た、助けて……、た、す……、フゥゥィ……、ヤメ、ヤメ……、ヤメテフ……、イィィィィヤヤァァ……」
祐一の体はブルブルと震え、涙を流している。乱れた呼吸。切れ切れの懇願。あのクールで憎たらしい祐一の情けない姿……。
「負けを認めて謝りなよ」
ささは少し困った顔で言った。
「フゥゥ、フッ、み、みと、フゥゥ、める! ……たす……、けて、フゥゥ、や、ぁぁ、ぁ……」
祐一は切れ切れに言葉をつないでいたが、口からは泡をふき、失禁してズボンからは液体が滴っていた。発狂寸前。その姿にささの怒りはつきものが取れたように消えいった。かわりに罪悪感が襲ってくる。
(「僕は一体何をしてるんだ……」)
ささがそう思った時、瞳の炎が消えた。
祐一の体に巻きついていたヘビはスルスルと祐一の体を離れ草むらに消えて行った。カラスは一声鳴くと羽ばたいて何処へ飛び去る。ハスキー犬だけは名残惜しそうにささの周りをしばらくうろうろしたけれど、やがて自分の小屋のある庭へと引き返して行った。
祐一はがっくりと地面に崩れ落ちた。
それからしばらくの間、 祐一は震えながら放心していた。ささはなんとなくそんな祐一を眺めていた。
「お、おまえさ……」
祐一が上目遣いにささを見て言った。
「な、なんで俺の指輪を奪わなかったの? 」
ぽつりと祐一が呟いた。
「別に……。なんとなく」
ささは素直に思ったことを口にした。
指輪を奪う事なんて思いつきもしなかった。ささの頭にあったのは祐一をブチのめす事だけだった。そして祐一の苦痛に歪む顔や失禁したズボン、擦り傷だらけの体を見ていたら、ささの怒りはすっかり消えてしまった。罪悪感も消えた今、不思議な達成感に包まれ、ささはなんだか晴れやかな気分だった。
ささの言葉に祐一は意外そうな表情を浮かべた。
「カラスや、へ、ヘビはいつ仕込んだの? 」
祐一の問いかけは先程までとは違って年相応の子供らしい口調になっていった。
ささはなんだかこの七三メガネに気を許してもいいような気分になっていた。
「カラスはさ、殴られて空を見上げた時。ヘビは初めから草むらに居るのがわかっていたんだ。よく目を凝らすと操れるものはピンク色に光るから……」
「生き物を思い通りに操る魔法か……」
「うん、犬に掛けた時の感じから相手を魅了する力っぽいよ」
「魅了か……、じゃあ名前はチャームだな」
「おっ! チャームかぁ、かっこいいじゃん! 」
「だろ! なんか魔法って感じがするよな! でも……、大したもんだな。あの一瞬で魔法を使いこなしたのか」
ボソッと祐一が言った。
「祐一こそ、左手も使えること隠してたでしょ? 」
「ああ……。あの時は勝ったと思ったんだけど……」
悔しそうに祐一が言った。
「僕もカラスの糞が顔に落ちれば、きっと祐一はびっくりしてバインドを解くと思ったよ! 」
「よく言うよ! そのあとヘビを用意してた癖に!! 」
そう言って2人の目が合った時、あたりの空気が変わった。
「あはははっ! あんなにヘビが効くとは思わなかった! 」
ささは先程の祐一の姿を思い出して爆笑した。
「おまえ、俺がヘビ嫌いなのを知ってたんだろ! 嫌な奴! 」
顔をしかめて祐一は言ったが、ささがケラケラと腹を抱えて屈託なく笑うので、すぐにつられて笑い出してしまった。
2人はしばらくの間、腹を抱えて笑い合った。
それから祐一はささが今まで見たことの無い眼差しで言った。
「もういいや。指輪を奪い合うのはやめようよ。突然襲ったりして……」
言葉を区切った祐一は地面に目を落としモジモジしている。
「……悪かったな」
そう言った祐一の瞳は柔らかく澄んでいた。
「あっ……、うん。僕も……、やりすぎた。ごめんね……」
ささもすっかり毒気を抜かれ素直に謝った。
「おう……。ん? そういえばさぁ……、おまえ、さっきから俺のこと、下の名前で呼んでない? 」
「あっ! ごめん……。つい勢いで……」
「いや、いいけどさ……。俺も……」
「うん? 何? 」
「俺もおまえのこと……、ささって呼んでいいかな?」
そう言って祐一はすぐに目を逸らした。
「えっ!? あっ……、うん! いいよ!! 」
ハッとした表情になったささは嬉しそうに言った。
その時、2人の目が同時に金色に輝きだした。
「祐一!目が! 」
「ささ! おまえこそ目が金色に……」
2人の目が金色に発光していた。
「これも指輪の魔法? 」
「いや、さっき魔法を使った時は赤く光っていた。金色は……、まずいな。これは指輪の……」と言いかけた祐一が不意に口を噤んだ。
不思議に思ったささは、祐一の金色に発光する瞳を覗き込んだ。
よく見ると普段、黒目があるはずの部分が金色に輝いていた。そしてその金の輪が高速でグルグルと回転していた。それはまるでレコードがターンテーブルの上で回っているみたいだった。
突然、祐一が呟いた。
「あぁ、あぁ……、ささ……。お前ってよく見ると……、割と可愛いのなぁぁ! 」
「えっ!? ……ゆ、祐一、何言ってんの? 」
祐一の言葉にささはびっくりして硬直した。
「ちょっと……、お前の事さわってもいいかな? 」
「はぁぁぁぁ!? 」
そう言いながらも祐一はすでにささの手を握っていた。
「ええええっ!? ゆ、祐一? ちょ、ちょっと!! ダメに決まってるじゃん!? な、な、何やってんの!? 」
祐一に握られた手を慌てて振り解くささ。
祐一の瞳は相変わらず金色に輝き不思議な回転を続けている。
「あぁ、ささ! ささ! ささぁぁぁ! 」
感極まったように祐一は叫んで、ささを強く抱きしめた。
「ちょ、ちょ、ちょっと祐一! どうしちゃったんだよ! やめてぇぇぇ!! 離せぇぇぇぇ!!! 」
……。
……。……。
それからしばらくの間、ささの必死の抵抗が続いた。祐一はまるで気が違ったようにささへ求愛した。まさに動物の求愛行動みたいだった。常軌を逸した祐一の行動に、ささはこれまで感じた事のない種類の危険を感じたけれど、それでも逃げ出さなかった。
ささには祐一にひどい事をしたという引け目があったし、ほんの少し前まで敵だったけれど、今は祐一の事を友達だと思っていた。急に様子のおかしくなった友達を簡単に見捨てる訳にはいかない。
何より、この祐一の状態が指輪に関連した何かである事が、ささには直感的にわかっていた。指輪の魔法を使うと瞳が赤く光る。そして瞳が金色になったら……。
しばらくして、祐一の目の色が文字通り元に戻ると、彼は頭が地面にめり込むくらいに土下座した。
「ささ、本当にすまない!! 」
頭をこすりつけた祐一は、泣きそうな声で謝った。
やっと祐一のセクハラから脱出したささは、顔を真っ赤にして祐一を睨んだ。
誰かに体を触れられるなんて、親に甘えていた本当に小さな子供の時以来だった。ささの身体中には祐一がベタベタ触れた感触が生々しく残っていた。ついでにカラスのフンもなすりつけられている。
でも……。不思議と思ったより不快感は無かった。それから、ふと「誰かとこんなに近づいたのって久しぶりだな……」と妙な事を思った。
「……、……、……」
深いため息をついたささは少し俯いてから、口を尖らせると諦めたように言った。
「う、うん……。ま、ま、まぁ、別にいいよ。気にして……、なくはないけど……、まぁ、いいよ。今のは多分、指輪のせいだと思うしさ。指輪の魔力には逆らえないでしょ。指輪の魔法を使うとさ、その反動できっと何かが発動しちゃうんじゃないかな? 祐一の場合は側にいる誰かを強制的に好きになる呪いみたいな……」
「す、すまん……、ホントに……、本当に申し訳ない。……でも、呪いか。確かにそうだな。一昨日、体育で初めてバインドを使った時、そのすぐ後に頭がおかしくなってさ。気が付いたらジャイ子に告白してしまったし……。いや、あれは最悪だった。まさに指輪の呪いだな」
「いや、僕は今が最悪だけどね……」
そう言ってささは祐一に抱きつかれた時に服に付いたカラスの糞を払った。なんだかズボンもほんのり湿っていた……。
そんなささの様子を見て祐一はすっかりしょげてしまう。
「本当にすまない……。自分ではどうしようもないんだ……」
「だろうね、普通じゃなかったからさ。……あれ? でもさ、……おかしいな。僕もチャームの魔法を使ったのに、僕には何も起こらなかった……」
ふと気がついたささが自分の体を見回しながら言った。
「ああ、そうだな。さっきお前の目は確かに金色に光っていた。魔法を使う時は目が赤く光ってた。金色は呪いの発動のはず。でもささにはぱっと見、何も変化が無い……」
「うん、そうだよね……」
ささはしばらく自分の体を見回していたけれど、気を取り直して言った。
「……まぁ、いいか。そのうちわかるよ。それよりさ、祐一。着替えてくれば? そんな格好じゃ塾にもいけないでしょ。まぁ、ぼくもだけどさ」
「あっ! 確かに……、そうだな。そうする」
祐一は自分の姿を見て赤くなった。右手と右足は犬に噛み付かれて服が破れ、血が滲んでいる。胸のあたりはヨダレと鳥の糞でグショグショになっていたし、ズボンの股間のあたりが失禁して黒ずんでいた。
「ごめんね、やりすぎた……」
ささは祐一の様子を改めて見て、気まずそうに俯いた。
「気にしなくていいよ。元は俺が悪いし。俺の方こそ、……色々、ごめん」
「別にもう気にしてないよ」
「お、おう。でもさ……、お陰で……」
祐一がチラリとささを見てから俯いた。
「うん? お陰で?」
「うん……。……、……夢が叶った」
「夢? 」
「ああ、友達ができた……」
祐一はささと目を合わせずに早口で言った。瞬間、祐一の頬が水に絵の具を垂らしたみたいにサッと桜色に染まった。
「……そっか」
視線を逸らし素っ気なく答えたささの顔も見る見るうちに赤くなる。
「……」
「……」
2人とも次に何を言ったらいいのか分からず地面に生えている雑草を睨んでいたけれど、ささがパッと顔を上げて照れ臭そうに言った。
「よし! 着替えたらさ、一緒に塾へ行こう。これからの事も話したいしさ」
ささの言葉に祐一の表情も輝いた。
「おう! じゃあ、後で駄菓子屋前に集合な!」
「オッケー! 」
2人は笑って空き地を後にした。隣の庭ではハスキー犬がささについて行きたそうに小さく吠えた。
こうして川島ささと仁木祐一は友達になった。
……
一度帰宅して身なりを整えた2人は、再び合流するとバスで駅前にある塾へと向かった。駅に向かうバスの中、ささと祐一は情報交換に勤しんだ。
「僕は今日、掃除の時間に指輪を見つけたんだ。場所はがんばりタワーの屋上あたり」
「そっか、本当についさっきなんだな。俺は先週だよ。学校の図書室に落ちてた。そして気がついたら指にはめてたんだ。ヘビなんて大っ嫌いなのにさ」
「ぼくも同じだ! いつのまにか手の中にあって自然と指にはめちゃってた。でもこの指輪、一度身につけたら外れないからさ、誰かに見つかったら困るんだよね……」
「それなら心配はないよ。俺は1週間くらいずっとこの指輪を右手に着けているけど、誰もその事に気付かないんだ。たぶんほかの人間には見えないんだろう。小学生が指輪なんかしてたら目立つはずだからさ」
「でも指輪を持つもの同士は見えてる?」
「そう。さっき下駄箱でささと目が合ったとき俺たち泣いただろう。何にも悲しい事なんてなかったのに自動的に涙が流れたんだ。あれはきっと指輪を持つ人間同士が出会ったサインじゃないか? そしてそのあと頭に直接聞こえた声。たぶんあれが指輪自身の声、つまり指輪の意思だ」
「指輪が喋るなんておかしいけど、確かにそんな風だったね」
「俺が思うに、指輪には何か目的があるんじゃないかな。しかも指輪は1個1個が個別に何かを思ってる訳じゃなくてさ、幾つかある指輪全部で1つの何かじゃないかって……」
ささは下駄箱や空き地で聞いた怪しい女の人の声を思い出す。確かにあの声はささと祐一の2人に向けて、同時に同じ言葉を語りかけていた。
「うん、僕もそんな気がする……。それにしてもさ、本当にこの指輪は一体何なんだろうね。まさか噂みたいに身につけたら死んじゃうなんてことは……」
「いや、さすがにそれは大丈夫だと思うけれど……。むしろ体の調子はいいぐらいだしな。さっき犬に噛まれた傷だって治りかけてるくらいだぜ……」
「えっ!? 」
びっくりしたささは祐一の手と足の傷を覗き込んだ。
「本当だ……。傷がどこだかわからないや! 大した傷じゃなくてよかったぁ」
「いや、噛まれた傷は結構深かったはずなんだ。それがこんなに早く治るなんておかしいよ。多分、指輪を身につけると体の機能が強化されてるんじゃないかな」
「そういえば殴られた頬っぺたも、もうあんまり痛く無いかも……」
そう言ってささは自分の頬を撫でた。まだ少し腫れていたけれど、痛みは全く無くなっていた。
「なっ! 噂通り指輪をつけると怪我の治りが早くなるんだよ」
祐一が少し笑って言った。やけにさわやかな笑顔だった。
ささは今日だけで祐一の色々な表情を見た。こんな風に話すまでは冷たいヤツだと思っていたけれど、仲良くなってみると祐一は意外に表情豊かだ。笑顔だけでもかなりのバリエーションがあることにささは気付いた。
「そう言えばさ。さっき走った時、少し足も早くなってた気がしたんだ……」
「ああ、俺も力が強くなってた。多分、指輪を持つ事で身体の能力が上がってるだろうな」
「なるほど、やっぱり魔法の指輪だね、便利! 指輪をつけただけで魔法が使えて足が早くなるなんてさ」
「ただ魔法は1つの指輪に一種類だけだけどな」
「やっぱりそうなんだ。チャーム以外にも魔法が使えればもっといいのに……」
「たぶん他の指輪を見つけたら、その指輪の魔法も追加で使えるんじゃない? 」
「ふーん、なるほどね。確かにそれなら他の指輪を集めたくなるね」
「それにさっきの指輪の声でさ。確か残りの指輪を集めろって言ってたよな。そうしたら願いが叶うって」
「うん。噂だと呪いの指輪は8個あるらしいよね」
「ああ、本当かどうかはわからないけど……、少なくとも今ここに2つあるから残りは6個か……」
「ねぇ! これから2人で指輪を集めない? 」
「俺も今、同じ事を考えてた! 他の指輪にも魔法があるだろうし、もし他にも指輪を見つけた人間がいれば、相手もこっちの指輪を狙ってくるだろうからさ。戦うならチームの方が有利だよな」
「そうそう! それにさ、なんでも願いが叶う指輪を集めるなんてさ、すごくワクワクするじゃん! 」
「ああ、そうだな!! 」
2人はすっかり盛り上がってバスを降りると塾のあるビルへ入っていく。
「でもさ。祐一がバインドの魔法を使うたびに、その反動で誰かを好きになるのはやっかいだよね」
「ああ、本当に困ってるよ、この呪い。せめてさ、どうせなら可愛い娘がいるところで呪いが発動してくれたらなぁ……」
「ふーん、例えば? 」
「うーん、例えば……、2組の福原詩織とか?」
「あっ! わかる! 福原さんはかわいいよね。やっはりわかってるじゃん。てっきり祐一はブス専かと思ってたよ! 」
「いや、ジャイ子の時は指輪の呪いで……、って、あれ? お前、福原の事好きなの? 」
「えっ? あっ、い、いや別に……、好きじゃないけど……。大体、祐一こそ、掃除の時間に福原さんのこと見てたじゃん。そっちはどうなんだよ? 」
「おっ! 噂をすれば……」
「あっ、話をそらした! 」
「違うって! 前見て、ほら! 」
2人の少し前を噂の福原詩織が1人で歩いていた。ちょうど塾のあるビルに入るところだ。話が聞こえていたらマズイと思った2人は急に黙り込んだ。3人はビルの一階エレベーター前で立ち止まる。フロアには3人だけ。気まずい沈黙。なせが福原詩織はエレベーターのボタンを押さなかった。
そして彼女は突然、振り返った。
福原詩織はその猫のように大きな瞳から涙を流していた。
「えっ!? 」
「あれ!? 」
ささと祐一の頬にもいつのまにか涙が伝っている。
塾の入っているビルは、壁一面がガラス張りになっていて、室内にはたっぷりと西日が射していた。他に人のいないエレベーターホールで、小学生3人はオレンジ色に照らされたお互いの泣き顔を呆然と見つめ合う。
ささと祐一は自然と福原詩織の手に目を落とす。そこには銀の指輪がキラリと光っていた。
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