0518 デニケンのあがき

 臨時理事会は続行された。

しかしここでデニケンが叫び声を上げる。


「待ってくれ!

こんな物は無効だ!

あの3匹の猫どもはユーリウスに金で雇われてこんな事をしでかしたのだ!

これはおかしい!」


しかしノーベル理事長は首を横に振って、ため息をつきながら答える。


「ケット・シーがそんな俗世の事に興味などないのはあなたも御承知でしょう?

しかも彼らは自分に正直です。

確かにケット・シーとて金銭、食料、その他の様々な報酬で雇われる事はあります。

しかし仮にそれで彼らを雇う事はあっても、それによって彼らが答えを変えるとは思えません。

ましてやケット・シーの皆さんを猫扱いするとは何事ですか?

その表現だけでもあなたの品性と性格が疑われる発言となりますよ?」

「そ、それは・・・」


ノーベル理事長の指摘にデニケンは反論出来ない。


「それにいくら無効だと言っても無駄ですよ?

元々今回のコルプト・ユージャンとは何の効力もないのです。

あなたには何の罰金も罰則も生じません。

それで一体何を無効にしようと言うのですか?」

「うう・・」


確かにノーベル理事長の言う通りだ。

ペロンたちはあくまで自分たちの好き嫌いを言っただけで、何も罪の事など言及はしていない。

しかし何の証拠もないものの、これでデニケンは完全に極悪人扱いだ。

デニケンがそれを無効にしたいのもわかる。

だがこれは厳然たる事実であって、今更どうしようもない。

仮に「はい、では何もなかった事にしましょう」と言った所で、ここにいる誰もが今の事は記憶している。

デニケンが何も言えなくなった所でノーベル理事長は議事を進める。


「ではこの件に関してはよろしいですね?

さて、それでは議会を続けさせていただきます。

 今回の議題ですが、デニケン氏よりの要請により、我がノーザンシティはアムダール帝国より離脱し、独立をするという物です。

この議題に関して理事の皆さんの意見をお聞きしたい」


前もって聞いていた者が多かったものの、この議題を聞いた瞬間、当然の事ながら議事堂内はざわめき、動揺が走った。

一人の理事が立ち上がり、意見を述べる。


「冗談ではない!私は反対だ!

そんな事をして何の利益がある!」


別の理事たちも同様に発言する。


「私もだ!

独立した所で全方位を敵に囲まれるだけだ!

デニケン理事は一体何を考えているのか?」


あちこちから「全くだ!」「同感!」などという理事たちの声が聞こえる。

どうやらデニケンの味方は一人もいないようだ。

確かユーリウスさんの話では何人かの派閥理事がいた筈だが、あの「コルプト・ユージャント」の後では味方する気も失せたのだろう。

理事たちが騒ぐ中、ノーベル理事長がカン!カン!と木の小槌ガベルを叩き、発言する。


「静粛に!これに関しては発案者のデニケン氏より説明があります。

皆さんご清聴ください」


ノーベル理事長に促されたデニケンが立ち上がり演説を始める。


「賢明なるノーザンシティの運営理事会の理事諸君!

諸君らも知っての通り、我がノーザンシティでは人工魔石の収入やジャベックの収入にて大いに潤っている!

しかしその一部を税としてアムダール帝国そのものに徴収をされている!

これは帝国による悪辣な搾取だ!

そのために私は独立をし、このノーザンシティをさらに発展させたいと考えている!

これはそのための独立だ!

各理事にはそれを考慮されたい!」


そう言ってデニケンは着席するが、理事たちは収まらない。


「馬鹿馬鹿しい!

確かに帝国への納税は少なからずある。

しかし独立し、その結果根本的に軍事的に孤立したらどうすると言うのだ?

帝国への納税など比較にならないほどの軍事費がかかるぞ?

しかも関税とてかけられてしまう!

それが一体どれほど財政を圧迫すると思っているのだ!」

「そうだ!帝国への納税など、そう言った事に比べれば微々たる物だ!」

「全くだ!帝国自治領として認めさせるというならともかく、完全な独立など話にならん!」

「それに我がノーザンシティは半ば自治領も同然だ。

それは帝国も認めている!

今更独立などしても、百害あって一理なしだ!」

「然り!」


理事たちは大反対だ。

デニケンの味方は一人もいない。

騒然とする議事堂に再びノーベル理事長がカン!カンと木の小槌ガベルを叩き、発言する。


「皆さん、静粛に!

それではこの案に対する議決を行います。

本案に賛成の方は挙手をお願いします」


上がった手はデニケンの物だけだった。

それで周囲を見渡したデニケンは数人を見て驚いて叫ぶ。


「なっ!貴様ら!裏切るのか!」


しかしその理事たちは後ろめたそうにうつむいて答えない。

どうやら俺の予想通り、先ほどのコルプト・ユージャントによって、デニケン派閥だった理事も味方するのを考え直したようだ。

ノーベル理事長が議事を進行する。


「では反対の方、挙手を願います」


数十人いる理事たちが、三人ほどを除いて全員の手が上がった。

数えるまでもなく、否決だ。


「反対多数。

それではこの案は否決となり却下されました」


ほう・・と議事堂に安堵の息が流れる。

どうやら全員がノーザンシティ独立などというバカげた事が回避できてホッと一安心しているようだ。

しかしここでデニケンが突然笑い始める。


「ふっ!ふふふ・・・

この馬鹿どもめが!」

「どうしましたか?デニケン理事?」

「この馬鹿どもめがと言ったのさ!

聞こえなかったのか?この間抜けめ!」


そのデニケンの言葉にノーベル理事長が眉をひそめて答える。


「デニケン理事?

ここは正式な話し合いの場ですぞ?

不穏な発言は慎んでください」

「うるさいっ!

ふん、俺の言う事を聞いていれば、お前たちも生き永らえたものを・・

こうなれば予定通り、事を運ぶまでだ!」

「一体、どういう事です?」

「それはこういう事さ!

さあっ!者ども!予定通り、この理事の連中から片付けてしまえ!」


デニケンは勢いよく立ち上がって大声で叫ぶが、何もそれに対する返事はなく、議場内はシン・・・と静まり返っている。

その事を明らかに驚いているデニケンが再度大声を上げる。


「なっ!おい!どうした!者ども!

さっさとこいつらを片付けろ!」


しかしそれでも何の反応もない。

焦ったデニケンが叫び声を上げる。


「一体、これはどういう事だ!」


そこへキイ・・と議事堂の部屋の扉が開いて一人の老人が数人を伴って入ってくる。

俺もその中の一人だ。

その老人がポツリと発言する。


「どういう事も何も、お前さんの計画は失敗したんじゃよ」

「なにっ!?」

「ノーザンシティを独立させて魔王軍とやらに売り飛ばし、自分がその首座に着く。

独立させるのを失敗すればクーデターを起こし、ノーザンシティを我が物にする。

全く馬鹿な計画を立てたもんだ!

お前さんの用意した部下どもは全員、外で寝ているぞ?

これからやろうとした事を全て白状してな!

ふん・・・全くまたお前の顔を見る事になろうとはな・・・」


その入って来た老人の顔を見て、デニケンが愕然とする。


「なっ!バッカン師匠!」

「ふん、もうお前は破門した。

わしはお前の師匠でも何でもないわい!

しかしこのまま放っておくのも目覚めが悪いのでな。

お前の本来の師匠であるフィルマンの奴は亡くなってしまったし、誰かがお前の不始末の責任を取らねばなるまい?

だからこうしてわしがけじめをつけに来た訳だ。」

「なっ!何だと!?」


デニケンが驚いていると、もう一人が進み出て話しかける。


「そうですね?

そういう意味でボクもけじめをつけに来ました」


その歩み出た少年を見て、再びデニケンが愕然とする。

それはここ数年、自分が探して見つからなかった人物・・・

シャルル・クロンハイムだ!

もちろん今のシャルルはフレイジオではなく、眼鏡をはずし、髪も金髪に戻している。

ついに見つけたシャルルを目の前にしてデニケンが大きく叫ぶ!


「貴様!シャルル!

 一体、今までどこにいたのだ!」

「ええ、縁があって、こちらのバッカン氏の弟子となって自分を鍛えていましたよ」

「なっ!貴様がバッカンの弟子だと!?」

「ほっ!その通りさ、こいつはお前さんと違って中々見込みはあるし、わしも気に入っておるよ。

これほど気に入った弟子はシモン以来だな?

お前さんのようなクズとは比較にならん」


バッカンさんの言葉にデニケンは顔をゆがめて叫ぶ。


「くっ!クズだとぉ!」


どうやらデニケンはシモンさんと比較されたのが相当堪えた様子だ。

しかしバッカンさんがさらにデニケンを煽る。


「ああ、お前さんはシャルルやシモンに比べればクズも同然だ」


その言葉にデニケンは全身をワナワナと振わせて叫び始める。


「くっ!!シモン!シモン!シモン!

どいつもこいつもシモン!

何故だ!何故あいつを認めて、この俺を認めねぇ!」


おや?こいつ、何だかどっかの暗殺拳の偽物伝承者みたいになってきたぞ?


「俺は天才だぁ!どんな魔法でも誰よりも早く習得する事が出来る!」

「ええ、父もあなたは魔法を習得するのは早いと言ってましたね」

「当然だ!俺は天才なんだからな!」

「ほっ、その天才様がずいぶんとシモンには劣等感を抱いていたようじゃの?」


バッカンさんの言葉に今度はデニケンはあざ笑うような感じで話し始める。


「はっ!劣等感だと?

馬鹿を言うな!

俺が奴に劣等感など感じる訳がないだろう!

ただどいつもこいつもあいつを俺よりも上だと言うから腹が立っただけだ!

しかもあいつはポッと出の風来坊のくせに、アンジェリカの奴も俺よりもあいつを選びやがった!

本来は俺があいつと結婚するはずだったんだ!」


アンジェリカと言うのは確かシャルルの母親の名前だ。

なるほど、デニケンの奴はシャルルの父親であるシモンさんにその人を取られた恨みもあるという事か?


「その事は私も父から聞いています。

最初は祖父母は母とあなたを結婚させるつもりだったと。

しかし父と知り合ってからは母は父に惹かれ結婚に至ったと聞いています。

それを祖父母も認めていたとね。

それはそこにいらっしゃる御爺様からも聞いているので間違いありません。

そうですね?御爺様?」


そう言いながらシャルルは自分の祖父であるノーベル理事長の方を向く。

そしてその言葉にノーベル理事長がうなずいて答える。


「うむ、その通りだ。

シャルル、久しぶりだな?

無事で何よりだ。

元気だったか?」

「はい、御挨拶が遅れて申し訳ございません」

「いや、それは良い。

今までの事は後でゆっくりと聞こう。

今はそれどころではないからな?」

「はい、ありがとうございます。

さて、デニケンさん?

それで一体どういう事なのですか?

まさかあなたは母を取られた恨みだけで、父を殺したのですか?」


そのシャルルの質問にデニケンはどこか得意げに答える。


「はっ?殺した?シモンの奴をか?

そんな事は俺はしてないぞ?

単にあいつが邪魔だったから追い払っただけだ」


デニケンの説明にシャルルが再び怪訝そうに聞く。


「追い払った?どういう事です?」


再度のシャルルの質問に今度はデニケンが忌々しそうに答える。


「ふんっ!

あいつはいつでも俺の後ろさえついてくればよかったんだよ!

俺より先を歩いちゃいけないんだよ!あいつは!

そしたらあんなマネをしなくともすんだのに・・・

そしたら二人で世界を乗っ取る事だってできたんだ・・」

「あんなマネ?一体父に何をしたんです?」

「はっ!あいつが酔いつぶれた時に俺は外泊証明書と偽って、奴隷契約書を渡してサインさせてやったのさ!

そして売り飛ばしてやったのさ!」


おいおい!今度はこいつ、どっかの親友を裏切ったパイロットみたいな事を言い始めたぞ?

何だよ?外泊証明書って・・・


「そうですか?それで父を・・・」


今の話からすると、デニケンは奴隷として売り飛ばしてからシモンさんを殺害したという事か?

どうやらやはりシモンさんを何らかの方法で殺したのはデニケンのようだ。


「ふん!どちらにしろお前たちはこれで終わりだ!

貴様らなんぞ!俺一人で十分よ!

喰らえ!グランダ・フラーモ!」


デニケンが上級火炎呪文を唱える。

なるほど、これほどの上級呪文を唱えられるとは確かにデニケンは魔法使いとしては優秀だ。

しかしデニケンが呪文を唱えても火炎は発生しない。


「なっ!これは一体?

グランダ・グラツィーオ!」


デニケンは上級氷結呪文を唱えるが、やはりそれは発動しない。

慌てたデニケンは三度呪文を唱える。


「アニーミ・ツェント・エスト!」


今度はタロス呪文を唱えるがやはり不発だ。

一体のタロスも発生はしない。


「何故だ!何故魔法が使えない!

これは一体?」


慌てふためくデニケンにバッカンさんが静かに呟く。


「無駄だ、デニケン。

今わしは自分の半径30メルに「マギア・レジーニ」を展開している。

お前にもこの意味はわかるだろう?」

「なにっ?」


バッカンさんの言葉にデニケンは激しく動揺する。

どうやらこれでデニケンは打つ手なしになったようだ。

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