0137 噂話と勘違い

 2回目の盗賊たちを組合に引き渡すと、俺たちは3回目に出かける前に食事をする事にした。

周囲に目立たないようにフードを外して、ボンボンと御嬢様の姿になると、俺がミルキィに問いかける。


「そろそろ昼だから、次は軽く食べてから行こうか?」

「はい、そうですね」

「この格好でハイエストに出入りすると怪しいから、デパーチャーで良いかい?」

「ええ、もちろんです」


今の俺たちの姿は組合員でない。

そこらへんの金持ちのボンボンと箱入り御嬢様の格好なので、このままの姿でハイエストやマスタークラスに出入りするのは怪しいし、誰かに見られたら正体がばれてしまう可能性がある。

それに一応秘密捜査中で変装をしているので、周囲に登録証を見せる訳にもいかない。

その点、デパーチャーは誰でも利用できる一般食堂だ。

そこならどんな格好でも登録証がなくても、怪しまれる事はない。

エレノアがいれば別だが、俺程度の年齢の平人はたくさんいるし、獣人もそこそこの数がいるので、俺とミルキィだけならそれほど注目も集めない。

単なる平人と獣人の若いカップルだ。

俺たちは配膳所で食事を木の盆に乗せると、会計へと進む。


「二人一緒ね」

「あいよ、銀貨1枚と大銅貨2枚ね」


俺は二人分の金を払うと、空いている場所を探す。

幸いな事に席はかなり空いていたので、すぐに見つかる。


「あそこが空いているよ。

あそこに座ろう」

「ええ」


 空いている席に座ると、二人で食事を始める。

二人とも「ミクサード」と言われる、ここの一番人気の料理を頼んだ。

これは地球で言うならば、ピーナツバターのサンドイッチ、マッシュポテトのサンドイッチ、ハムサンドの3種を一つの皿に盛った、ミックスサンドセットだ。

それぞれが結構大きめなので、1セット食べればお腹一杯になる。

値段も1セットで大銅貨6枚と比較的安い。

さらに俺たちは組合員なので、組合員割引で半額になって、一人大銅貨3枚だ。

しかし今回は正体を隠しているから、登録証を見せる訳にはいかないので定価だ。

仕方がない。

俺たちはミクサードを食べながら、家から持ってきた水筒を開けて水を飲む。

ここの水は無料なのだが、ハイエストで使っているようなミネラルウオーターはともかく、大食堂の水は衛生的に少々怪しい。

事実、俺はここの水を飲んで一度腹を下した事がある。

どの道、他の外の水も怪しいので、俺は自分の家で濾過精製した水以外は極力外では飲まない事にしていた。

神様からもらったミスリル銀の魔法瓶型水筒を愛用していて、家を出る時はいつもこれに水を入れて持っていた。

ミルキィやエレノアにも薦めて、二人とも外へ行く時は、俺と同じ水筒を持っている。

俺たちは座った席で水筒を出して、ミクサードを食べ始めた。


俺とミルキィが食事をしていると、席の空いている正面に、3人組の若い男たちが座って食事を始める。

年齢は17・8歳といったところか?

三人は食事をしながら話し始める。


「やれやれ、ようやく今回のミッションも終わったな」

「ああ、二日も余計にかかるとは思わなかったがな」

「はは、腐るな、その分ちゃんと商隊から割り増し手当ては貰ったからいいじゃないか?」

「確かに大した魔物も出なかったからな、楽な護衛だった」

「しかし2週間は長かったな」

「ああ、おかげで迷宮で訓練する時間が無かったのは少々痛いな」


どうやらこの三人は、商隊護衛のミッションをしていたようだ。

三人とも白い陶器に●二つなので、六級だな。

しかし全員白い登録証の下半分に赤と青の線が両方入っている。

おや!珍しい!

これは説明書には載っていたが、滅多にいないと聞いた「双闘士そうとうし」だ!

するとこの三人は、かなり剣と魔法が使えるって事か?

しかしたかだか陶器ポッターの六級で堂々と「双闘士そうとうし」である事を周囲に見せびらかすのは、痛い行為なような気もする。

せめて陶器ポッターではなく、中級である青銅ブロンズの四級になってから赤と青の両方をつければ良いものを・・・

エレノアが赤と青の両方をつけたがる連中は、自信過剰な連中だと言っていたが、やはりそうなのか?

だが、これから伸びる連中が自分たちに自信を持たせるために、敢えてそうしている可能性もあるかもしれない。

俺がそんな事を考えながら食べながら聞き耳を立てていると、話の方向が変わる。


「そういえば聞いたか?

 何でも俺たちがいない間に、とんでもない新人が入ってきたらしいぞ?」

「とんでもない新人?」

「ああ、新規登録でいきなり上白銀等級ハイ・シルバークラスで登録して、次々とミッションをこなしている奴らがいるらしい」

「ほう?そいつらはどんなミッションをしていたんだ?」

「ゴブリン退治とか魔物蜂の撤去とか、色々とやっていたらしいぞ?」

「はあ?ゴブリン退治に蜂の巣の撤去?

 なんで上白銀ハイ・シルバーの連中が、そんなミッションをするんだ?」

「他にも金剛杉50本の伐採を二日で終えたとか聞いた」

「はあ?金剛杉50本を二日で?そんな事できる訳ないだろう?」

「そんな事言ったって、聞いた話では・・・」


両脇の二人がそんな会話をしていると、真ん中の男が決然と話し始める。


「お前ら、踊らされるな、いつもの事だ。

そういった噂を振りまいて、一般人を動揺させようと、誰かが下手な作り話を流しているだけだ。

うろたえるな!」


その男の言葉に両脇の二人は感心したようにうなずいて返事をする。


「さすが、リーダー!」

「へへ・・・そうだな。

白銀シルバーがそんなミッションを受ける訳はないし、きっと誰かの捏造した噂話だな」


どうやら俺たちの事を話しているらしいが、何か一言で俺たちの存在が作り話にされてしまったぞ?

ミルキィも話を聞いていたらしく、驚いている様子だ。

俺とミルキィがポカンとして話を聞いていると、その連中が話しかけてくる。


「おや、君たち?

 ひょっとしてこれから、登録をするのかい?」


3人組のリーダーらしき男が突然俺に話を振ってきたので、俺とミルキィが慌てて答える。


「え?ああ、その、僕も15歳になったんで、魔物退治でもしてみようかな~と・・・」

「わ、私も彼と一緒に魔物退治を・・」

「そうか?

 アースフィア広域総合組合員の道は厳しいぞ」

「そうそう、俺たちみたいな優秀な人材ならともかくな」

「素人にはちょっと厳しいかな?」

「はあ・・・」


う~ん、こう言っちゃ悪いが、正直それほど優秀な連中には見えないのだが?

この連中、何でこうも自信満々なのだろうか?

俺が不思議に思っていると、左側の人間が説明を始める。


「ああ、何しろ俺たちは全員正規の魔法士で、たったの1ヶ月で初等訓練所を出て、いきなり七級になったからな」


いや、魔法士はともかく、初等訓練所を出れば、全員が七級で登録できるのでは?

それに初等訓練所の訓練期間は全員1ヶ月だろう?

なぜそれをさも自分たちだけ特別かのように話す?

すると今度は右側の人間が話し始める。


「そして七級になって一ヶ月もしないうちに、俺たちは六級に昇級だ」


うん、六級のレベル制限は30だし、初等訓練所を出れば、全員そのレベルのはずだから六級までは初等訓練所さえちゃんと出ていれば、結構簡単になれるって聞いたよ?

むしろ1ヶ月もあれば、余裕でなれるんじゃないかな?

何でそれを自慢げに言うかな?


「しかもこのリーダーなんぞは、すでに魔道士補二級並みの腕前だ!」

「ふふふ・・・よせ、素人に自慢するのはよ」


う~ん・・・確かに魔道士補二級は、魔法士より数は少ないはずだが・・・

本人たちがそういうので俺はこの三人を鑑定してみた。

まずは真ん中のリーダーらしき男だ。


平人 男 17歳 レベル 31


才能 

知力20、魔力量32、魔法感覚35、体力28、力37、敏捷性38、格闘感覚33


う~ん、やはり数値が悪いとは言わないが、それほどの才能ではない。

むしろ知能が低くないか?

総合評価でも、せいぜいギリギリ中の上といった所だろう。

もちろん才能が全てではないが、この三人は何か勘違いをしているとしか思えないのだが?

他の二人も鑑定してみたが、真ん中の男よりは全てが低い。


「さすがリーダー!謙虚だぜ!」

「ああ、これで五級も余裕だな!」


意気上がる三人に俺は尋ねてみた。


「えーと、六級で赤と青の横線を両方つけているって事は「双闘士」ですよね?

私は双闘士を初めて見たのですが、やはり剣と魔法両方が相当使えるのですか?」


俺の質問にリーダーが感心したように答える。


「ほう?君は組合員の等級や職種がわかるのか?」

「はい、一応」

「しかし残念だったな。

俺たちは「双闘士」ではない!」

「え?」


登録証に赤と青の線を両方つけているんだから双闘士ではないのか?

驚いている俺に男が得意げに説明をする。


「俺は言うなれば「万能魔法戦士ばんのうまほうせんし」!

 いや、単純に「万能士ばんのうし」と呼んで欲しい!

 魔法が得意とか、戦士としての技量が高いとかではない。

双方共に極めるのだ!」

「さすがリーダー!」

「全くウチのリーダーのために、組合は実際に「万能士ばんのうし」という職種を考えるべきだよな」


何言っているんだ?

こいつら・・・?

あんなもん、ただの区分けで、そもそも自己申告だろうが?

大体両方極めるとか言っているが、こいつらまだ正規の魔道士にもなっていないだろうが?

そもそも単なる魔士の俺よりも魔法使えないじゃないか!

まあ、俺は反則だけどね・・・

一応、俺はこいつらに将来の事を聞いてみる。


「はあ・・すると、将来的にはレベル200とか300とかになって黄金等級ゴールド・クラスやアレナックを目指す訳で?」


俺がそう言うと、この連中は突然笑い始める。


「くっくっく」

「ははははっ!」

「よせ、お前たち、外部の人間で表面しか知らない人間なら当然の意見だ」


相手の言っている意味がわからずに俺は聞いた。


「え?どういう事です?」

「それはな、レベル250だの、300だのなんてのは、幻想だって事だよ」

「え?幻想?」

「そうさ、まあ、レベル200まで位なら実在するだろうがな。

 それ以上のレベルなんて物は存在しないのさ」


その説明に俺は驚いて質問する。


「え?でも黄金ゴールドの人はレベル200以上だし、アレナックやオリハルコンの人たちはそれ以上でしょ?」

「ははは・・・わかっていないな?坊やたちは」

「アレナックやオリハルコンなんてレベルは現実には存在しないんだよ。

 実際にはせいぜい黄金等級ゴールドクラスが一番上なんだ」


その説明で俺はますます意味がわからなくなる。


「え?どういう事です?」

「つまりな、さっきも言ったが、レベルなんて物はせいぜい200が上限で、それ以上なんて実際には存在しないのさ」


は?何言っているんだ?

この連中?

俺は余計にこの連中の言っている事がわからなくなってきた。


「え?だって、実際にアレナック等級の人は存在するし、組合長なんてゴルドハルコンですよ?」


俺は実際に組合長であるグレゴールさんに会って、鑑定までしたのだから間違いは無い。

俺がそういうと3人は肩を竦めて答える。


「そんな物は慰労とごまかしのために作られた虚構の等級なのさ。

 何も知らない下の連中を騙すためのな。

実際には組合長のレベルもせいぜい190程度なんだろうが、世間や下の者を誤魔化すためにそういう事にしている訳だ」

「そうそう、坊やたちは見事にその上層部の策略にはまっているって訳だ」

「真の迷宮探索者になるためには、俺たちみたいに真実を見極める人間にならないとだめだぞ?」

「ま、あんな馬鹿なシステムは無くなった方が良いがな。

 もっと現実を見据えた実力制にすべきだ」

「おいおい、それは困る。

俺たちが白銀シルバーになった時に、年を取ったら黄金ゴールドやアレナックにしてもらうんだからな」

「そうそう」

「それもそうだな」

「はははは・・・」


何を言っているんだ?こいつらは?

三人揃って頭がおかしいのか?

俺は不思議に思って聞いてみた。


「え?じゃあレベルが200以上の人間は実際には存在しないって事ですか?」

「その通り!

君たちもまともな迷宮探索者を目指すなら、噂に惑わされず、真偽を自分の目で見極めるようにならなきゃだめだぞ?」

「そうそう、作為的な情報に踊らされないようにな」

「さっきの新人がいきなり白銀等級シルバークラスで登録したなんて、その典型的な例だな」


ダメだ、こいつらただのアホだった!

う~む、こいつらは完全に情報に踊らされているな・・・

それも自分自身の脳内捏造した情報にだ。

俺は呆れて思わずミルキィと顔を見合わせた。

当然の事ながらミルキィも呆れている様子だ。

俺たちが呆れていると、さっさと食事の終わった3人組は立ち上がって出かけるようだ。


「さて、そろそろ行くとするか」

「そうだな、次のミッションが俺たちを待っている」

「ああ、君たちも登録するなら、ちゃんと真偽を見分けられる組合員になるんだぞ?」

「はあ・・・」


呆れた俺が適当に返事をすると、リーダーの男が名乗る。


「俺の名はリアム、この組合の将来を背負って立つ男だ。

君がここの組合員になるなら、覚えておいて損はないぞ?」

「俺の名はマイケル」

「俺の名はダニエルだ。覚えておけよ?」


うん、ごめん、3人とも3秒で忘れそうだ。

せめてまとめて組合3バカとして覚えておくよ。


「はい、ではさようなら」


俺が挨拶をすると、3人組はいなくなった。

俺とミルキィはその連中が離れると、二人で顔を見合わせて、思わず噴出した。


「あははは・・・驚いた!

あんな連中がいるんだねえ?」

「私も驚いたわ。

 あんな事を信じているなんて・・・」

「全くだね」

「あの人たちにシノブ君やエレノアさんのレベルを言ったらどう思うのかしら?」

「どうなのかねぇ?」


今の俺のレベルは286、エレノアに至っては687だ。

あの連中の言葉に従えば、俺とエレノアは存在しない事になる。


「はっはっは、全くあいつら、わかっちゃいないよな?

なあ、シノブ君、ミルキィ君?」


突然、横から声が聞こえて俺とミルキィは思わずそっちを見る。

いつの間にか俺の横には一人の男が座っていた!

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