0136 囮捜査

 俺たちは武器をミスリルの短剣とナイフ、服装を高価な旅人風の服にして、背袋を一つ背負い込む格好にした。

そしていかにも初心者ではあるが、金持ちのボンボンと、箱入りの御嬢様というような、装飾品過剰な出で立ちで、馬車に乗り込んでいた。

俺の見た目は元々そういう感じだったし、ミルキィも元々清楚な御嬢様という感じなので、服装を整えると、二人ともいかにもなカップルに仕立てあがった。

もちろん上白銀等級ハイ・シルバークラスや、一級の登録証は隠している。

これで見た目は、若く世間知らずで金持ちそうな恋人同士だ。

馬車の中で、ミルキィが俺に抱きつきながら甘ったるい言葉で話しかける。


「うふふ・・・ねえ、シノブ君、私達本当にこれから森に魔物退治に行くのよね?」

「ああ、そうだよ、どれだけ魔物が倒せるか楽しみだね」


この辺は演技というよりも、二人ともかなり本気だ。

おそらく、周囲から見れば、イラつくほどのバカップルだろう。

日本の電車の中で、大衆の目もわきまえず、イチャイチャとするバカップルのような感じだ。

しかし、ミルキィの方は、人前で堂々と俺とイチャつけるので、むしろ喜んでいるようすだ。

奴隷の首輪をうまくスカーフで隠しているので、ミルキィも奴隷には見えない。

元々が品の良い御嬢様風なので、どう見ても、世間知らずな良い所の御嬢様だ。

俺たちが馬車の中でイチャつきながら話していると、隣に座っていた温和そうな紳士が話しかけてくる。


「おや、お兄さんたちは森に魔物退治に行くのですか?」

「はい、そうです!

僕も15歳になったので、森で魔物を退治してみたいと思いまして」

「ええ、私も彼が魔物退治に行くのならついていこうと思って」


そう言って、いかにも世間知らずで、金持ちの若い恋人同士といった感じで、俺たちは抱きしめ合う。

そんな俺たちに、男はうなずきながら話す。


「なるほど、御二人とも中々勇ましいですな」

「ええ、僕が魔物退治に出かけると言ったら、パパがこれを僕に買ってくれたんです!」


そう言って俺はピカピカの新品のミスリルの短剣を自慢げに見せる。

柄には派手な装飾もついていて、いかにも高級品と言う感じだ。

事実ミスリルの短剣としては値段も高く、金貨3枚分もした。


「えい!やっ!

これで魔物をたくさん退治して見せますよ!」


俺が馬車の中で、少々短剣を振ってポーズをとって見せると、ミルキィがうっとりとした表情で話しかける。


「素敵だわ、シノブ君、私もお父様からこれをいただいたのよ?」


そう言ってミルキィがきれいな装飾が施され、柄には赤、青、緑、黄、紫と5色の宝石がちりばめられたミスリルナイフを見せる。

これはわざわざ高級武器店に行って探した一品物だ。

こちらは宝石がついている分、俺のミスリル短剣よりもさらに高く、金貨12枚分もした。

いかにも良家の御嬢様の護身用ナイフといった感じだ。

ミルキィの事を、盗賊が狙いたくなる金持ちの御嬢様にするために、少々張り込みすぎてしまった位だ。

しかし、それを見た男の目がキラリと光るのを俺は見逃さなかった。

どうやら張り込んだ甲斐はあったかも知れない。


「ほほう?これは中々良い品物ですな?」

「ええ、お父様が、私が彼と魔物退治に行くならと、わざわざ買ってくださったの。

とても良い物だそうよ」


ミルキィがいかにも良家の御嬢様風に、金持ちの親が買ってくれたので、自分は値段なんて知りませんといった調子で答える。

ミルキィの言葉に、男も感心したようにうなずいて答える。


「なるほど、なるほど」


馬車が終点の森の入り口につくと、男は俺たちに挨拶をして別れる。


「それでは、私は一足先に森に行きます。

御二人とも、魔物をたくさん退治できると良いですね」

「はい、ありがとうございます」


男は俺たちの前から早足で去っていった。

こうして男と別れた俺たちは森の中を歩き始めた。



俺はミスリルの短剣を素人のようにブンブンと振り回しながら、ミルキィと共に森の中を歩いていた。

もちろん念のために状態異常回復の指輪は二人とも装備している。


「さあ、これから冒険の旅に出よう!

僕たちは冒険者として名を上げるんだ!」

「でも、シノブ君、私怖いわ!

本当にこんな魔物だらけな場所を歩いて大丈夫かしら?」

「大丈夫~任せておけ~

僕は強いんだ!あっはっは~」


棒読みのような猿芝居をしながら森を五分もうろついていると、突然バラバラと行く手をさえぎる集団が出てくる。

その数に俺はギョッとして驚いた!

数えてみると、何と12人だ!

たかだか初心者の二人組を襲う盗賊の一団にしては数が多すぎる。

それほど腕に自信がないのだろうか?

そもそもこの数では、一人辺りの分け前は少なすぎるのではないだろうか?

日給で換算しても、どこかで薪割りでもした方が稼ぎが良くないか?

それともミルキィと俺の短剣が、よほど高く売れると思ったのか?

確かに二人の装備をすべて売れば金貨12枚以上にはなるだろうし、一人頭の稼ぎは薪割よりは良い稼ぎにはなるか?

俺は他人事ながらそんな事を考えていた。

そしてあまりにも盗賊の数が多いので、俺は困った。

もちろん勝てないからではない。

一人にも逃げられないようにするにはどうすれば良いか迷ったからだ。

もし一人でも逃がせば、囮捜査が他の盗賊たちにばれてしまう。

そうなったらもう囮捜査が出来なくなってしまう。

とりあえず俺は全員を逃がさないように猿芝居を続ける。


「な、なんですか?あなた方は?」

「よお?兄ちゃん、可愛い彼女と魔物退治に出かけてきたところ、すまねえなあ?」

「何です?」

「まずは身包み全ていただこうか?」

「身包み?そんなのいやですよ」

「そうはいかねえんだよ、お兄さん」


そう言って前に出てきたのは、あの馬車の中で話していた男だった。

分かり易いほどに予想通りで助かる。


「あれ?あなたはさっきの?」


俺はいかにも意外で驚いたという感じで声を出す。


「まったくまあ、馬鹿な金持ちのボンボンと、頭と尻の軽い娘が、よくこんな場所に来る気になったな?

しかもたった二人でとは・・・親も馬鹿なのか?」


あ、頭と尻の軽い娘と言われて、ミルキィがちょっとムッとしている。


「これから僕たちをどうするつもりですか?」


震えて身を寄せ合って抱きしめあう俺たちに、いらついたように男が説明する。


「はん、そんな事もわからねえのか?全く鈍い奴だ!

お前たちはこれから身包み剥がれて奴隷として売られるんだよ!」

「そんなのはいやです!やめてください!」

「うるせえ!

いいか?てめえら!

とっとと自分で装備を全部はずせ!

そうすれば痛い目だけは会わせないでやる!

まったく馬車の中からいちゃこらいちゃこらしやがって、いらつくヤローどもだ!」

「勘弁してください!見逃してください!」


俺が懇願しても、当然の事ながら男は俺の頼みは聞かない。

盗賊たちは俺たちを囲み、ジリジリと近づいてくる。


「アホか!

それで見逃していたら盗賊なんてやってられねえんだよ!」


男は自分で盗賊である事を自白した。

この時点で、この男が完全に盗賊だという事になったので、俺も本来の仕事を始める。


「そうか?

では仕方がない・・・モルファルミィ・アローゼ」


俺が呪文を唱えると、盗賊全員を含んだ範囲が壁に覆われる。

あのグレイモン伯爵や魔物蜂を閉じ込めた、エレノア直伝の防壁呪文だ。

これで一人も逃がす心配はない。

いきなり真っ暗な闇の中に閉じ込められた盗賊たちが動揺する。


「な、なんだ?これは?」

「一体、何が起こった?」


慌てる盗賊たちに対して、逆に俺はホッとする。


「やれやれ・・・これで一安心だ・・・ルーモ」


真っ暗な防壁の中で、俺の呪文の明かりが灯る。

馬車の男が叫ぶ。


「貴様!一体これは何のまねだ?」

「お前たちこそ鈍いな?

わからないのか?

我々はお前たちみたいな盗賊どもを捕まえに来た組合の特別捜査官だよ」

「なんだと!」


暗闇の中で魔法の光りが灯る下、俺が隠していた上白銀等級(ハイ・シルバークラス)の登録証を見せて首にかけると、ミルキィも同じく一級の登録証を出して首にかける。

途端に盗賊たちが騒ぎ始める。


「げっ!こいつら組合の連中だ!」

「しかも上白銀(ハイ・シルバー)と一級だとぅ?」

「そんな馬鹿な!」

「こんな若造と小娘がか?」

「え?ハイ・シルバーってなんだ?」

「それ、美味いのか?」


盗賊たちは俺とミルキィが二人とも上級組合員だった事に驚くが、中には全く意味がわかっていない盗賊もいるようだ。

動揺する盗賊たちに俺が言い放つ。


「今度は俺たちの番だ。

お前らにもう逃げ場は無い。

おとなしく捕まるなら痛い目には会わないぞ?どうだ?」

「やかましい!おい!お前ら!

相手は若造がたったの二人だ!

やっちまえ!」

「へい、親分!」


どうやらこの馬車の中の男がこいつらの頭だったようだ。

襲い掛かってくる男たちに俺たちも対応する。


「ミルキィ!

骨の2・3本は折ってもいいが、足は折らないようにな!

数が多いから歩けなくなると、運ぶのが面倒になる」

「承知しました」

「しゃらくさい!」


男たちは俺たちに戦いを挑むが、所詮レベルが違いすぎる。

俺は短い木剣を出すと、相手のあばらや腕を打ち、盗賊たちをなぎ倒し始める。

ミルキィは素手のまま、素早い動きで、次々と盗賊たちを倒して行く。

30秒もかからず、男たちは全滅して、地面にのた打ち回る結果となる。

二人ともかなり手加減をしているので、全員あざや擦り傷程度ですんでいる。


「な、なんだ・・・この二人・・・」

「強すぎる・・・・」

「こいつら、初心者のガキじゃないのか?」


ピクピクと地面で動く盗賊たちを俺とミルキィは漏れがないか確認する。

よし!

間違いなく12人いる。


「さて、では捕縛するか」

「はい」


俺たちは捕縛しようとするが、まだ抵抗しようとする盗賊たちもいる。


「やろう!

 このまま捕まってたまるか!」


何人かが抵抗をするが、今度は俺とミルキィは、容赦なくそんな奴の、あばらか腕を折って行く。

腕を折られて変な角度に曲がった盗賊が大声でわめく。


「うっぎゃ~!腕が!骨がぁっ!」

「いいか!お前ら!

さっきは多少手加減してやったが、暴れるなら容赦はしないぞ?

今度こそ骨の2・3本折られるのは覚悟しろ!」


何人か骨を折られてのたうち回る姿を見ると、流石に残りの盗賊たちもおとなしくなる。

周囲は防御壁に囲まれて逃げられないし、暴れれば俺とミルキィに骨を折られるので、仕方なく縄に繋がれる。


全員を数珠繋ぎにすると、俺とミルキィは、周囲から正体を隠すために、エレノアのようにフードを被る。

この連中を俺たちが捕まえているのを見られたら、あっと言う間に噂が広まって、次の盗賊たちが俺たちを襲わなくなるからだ。


「エスティンギ」


俺の呪文と共に、防壁が解除される。


「いいか!お前ら!

言っておくが、逃げようとしたら次は頭を吹っ飛ばすからな!

こんな風にだ!」


俺は呪文の詠唱もせず、近くにあった大木を吹っ飛ばす。

大木はバキバキと折れて、炎に包まれる。

無詠唱の呪文すら言葉に出さない心象呪文だ。

これは相当レベルが高くないと出来ないので、盗賊たちも驚く。


「こいつ、詠唱どころか、呪文も唱えずに魔法を使いやがった・・・」

「あれを当てられたら・・・・」

「俺とお前たちの差がわかったか?

逃げようとしたら今のを後ろからかましてやるからな!」


俺が恫喝すると、今度は盗賊たちも素直に従う。


「へ~い・・・」


散々俺たちにやられた盗賊たちは、もはや抵抗する気持ちもなくなったらしく、おとなしく返事をする。

初心者狙いの盗賊たちなので、さほど根性も座ってないようだ。


「さて、これだけの人数を歩いて連れて行くと目立つし、時間もかかるな・・・

馬車にも乗り切らないし、仕方がない・・・」


俺は集団航空魔法を唱えると、組合前まで盗賊どもを空から運ぶ。

これでどの道、盗賊たちは逃げられなくなった。


俺たちは組合の前に着陸すると、盗賊たちをゾロゾロと組合の中に連れて入る。

中に入ると受付で、アレクシアさんに盗賊たちを引き渡す。


「やあ、見事に引っかかりましたよ」

「まあ、早いですね?

あれからまだ1時間も経っていませんよ?」

「ええ、ですからもう一度行ってきますよ」

「ありがとうございます。

ではまた無料馬車券をお渡ししますね」


こうして俺とミルキィは、もう一度森に囮捜査に出かけた。

俺とミルキィは、よほど鴨に見えたらしく、森へ行くと、またもやすぐに盗賊が引っかかって来た。

俺たちはその盗賊を捕まえると、再び組合に連れて行った。

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