0123 特別応接室「ハイエスト」

 昇降機で五階に案内されて、特別応接室とやらに向かう。

五階で降りると、一階の喧騒が嘘のように静かだ。

広く絨毯が敷かれた廊下を少々歩くと、“特別応接室 ハイエスト”と書かれた部屋へと入る。


 想像通り、特別応接室は数少ない高レベル保持者向けなだけあって、中々豪華なつくりだ。

もちろん、一階の玄関広間大食堂のように広くはなく、四人がけのテーブルが広い間隔で、6つ置いてある程度だ。

ちょうど高級ホテルのラウンジか、空港の特別待合室のようだ。

部屋の中には大きなシャンデリアがあって、壁や柱も豪華な造りだ。

壁なんか金箔の上にコルクが張ってあるぞ?

うわっ!しかも壁に何か鹿みたいな動物の頭の剥製が飾ってあるよ!

こんな部屋が本当にあるんだなあ・・・

俺たちが入った時は、ちょうど誰も利用者がいなく、貸切状態だった。

テーブルや椅子なども素晴らしく、ソファはフカフカのようだ。

俺たちがグレゴールさんの後に続いて入ると、メイドの格好をした女性が挨拶をする。


「いらっしゃいませ、特別応接室“ハイエスト”へようこそ」


その女性にグレゴールさんが俺たちの説明をする。


「やあ、アイヴィー。

こちらの三人はたった今、新規登録した方々で、こちらの二人は白銀(シルバー)で、そちらの獣人の御嬢さんは一級に合格した。

これから登録証を作成するので、それまではこちらで待っていただく事となった。

よろしくお願いしたい」

「新規で、白銀(シルバー)と一級でございますか?

それは素晴らしいですね?

かしこまりました」

「ではよろしく頼む」

「はい」

「それでは皆さん、登録証が出来上がり次第、お持ちいたしますので、それまではこちらでお待ちください」

「はい、よろしくお願いします」


俺たちがそう言うと、グレゴールさんが、ふと何かを思い出したようにアイヴィーと呼んだ女性に尋ねる。


「そういえば、ここにも「初心者の心得」はあったかな?」

「はい、ございますよ」


そう言うと、女性が棚から何やらパンフレットのような物を取り出して、グレゴールさんに渡す。


「皆さんの場合、あまり意味はありませんが、一応こちらもお渡ししておきましょう」


そう言うと、グレゴールさんは「初心者の心得」という物を俺たちに渡す。


「新規登録の方には、必ずお渡しするようになっておりますのでね」

「わかりました」


グレゴールさんは軽く会釈すると、部屋から出て行った。

俺たちだけになると、女性が話し始める。


「皆様、改めて御挨拶させていただきます。

私、この特別応接室担当のアイヴィーと申します。

何か御用向きは私にお申し付けください」

「はい、よろしくお願いいたします」

「当、特別応接室は特別等級の方と、その御仲間の専用の御食事場所兼休憩室となっております。

こちらでは御食事、御飲み物全てが無料となっておりますので、御自由に御注文ください」

「え?全て無料なんですか?」

「はい、さようでございます」


食事も飲み物も全て無料とは驚いた。

しかし、俺はさほど腹は減っていない。


「僕はさっき家で食べてきたからお腹は空いてないな。

 飲み物だけで良いよ」

「私も同様でございます」

「はい、私もです」

「では飲み物だけで良いです」

「はい、ではこちらがお品書きになっております」


アイヴィーさんがメニューを持ってくる。

レモネードやワインに混ざって、グリーンティーというのがある。

これはまさか緑茶なのだろうか?


「おや?このグリーンティーというのは?」

「それは東の国から取り寄せた、いわゆる「本物の茶の葉」を乾燥させて、それに湯を注いで作るお飲み物でございます。

渋みと苦味が効いたエメラルドグリーンの色をした熱いお飲み物でございます。

御要望とあれば冷たくもいたします」


話を聞いた限りでは、どうやら本当に緑茶のようだ。

俺はこの世界に来てから日本茶というか、緑茶という物を飲んだ事がなかった。

そもそもこの世界でも「茶」と名乗る物はあるのだが、それは緑茶でも紅茶でもなく、俺の知らない植物を乾燥させて湯を注いだ物だ。

これは日本でも「茶外茶」と言われる物で、いわゆる「茶」ではなかった。

おそらくタンポポ茶とか、麦茶やハーブ茶の類で、「茶の葉」を使った物ではない。

だからてっきりこの世界には緑茶はない物だと思っていたのだ。

もしこれが本当に緑茶ならば飲んでみたい。


「ではそのグリーンティーをください」

「では私もそれで」

「私もお願いします」

「ボクもそれで良いですニャ」


四人ともグリーンティーを頼んだ。


運ばれてきた物は、ティーカップに入った緑茶だった。

見た感じも匂いも緑茶だ。

味はどうなのだろうかと俺は一口飲んでみた。

おおっ!完全に緑茶だ!

この世界にも日本茶はあったのか!


「これは・・・!

本当に日本茶、いや緑茶だね」

「ええ、そうですね。

この辺では珍しいです。

御主人様は緑茶を飲んだ事があるのですか?」

「ああ、僕の故郷では水と同じくらい普通の飲み物だったからね」

「緑茶が水並みに普通?

 それは大変珍しいですね」

「うん、そうだろうね」


俺がうなずくと、ミルキィも驚いたように話す。


「私はグリーンティーというのは初めていただきました」

「ああ、これは饅頭やせんべいと合うんだよねぇ・・・」

「確かにあの小豆と砂糖で作った菓子や、醤油味の米のクラッカーには合いそうですね」

「そうですね」


これがどこで手に入るのか気になった俺は、アイヴィーさんに聞いてみた。


「これはどこで売っているんですか?」

「ロナバールで東の国の食料品を売っている店ならば扱っている場合がございます。

ただ、聞いた限りでは、かなり高価なようです」

「なるほど」


確かに昔は地球でも緑茶は高級品だったらしいからなあ・・・

三国志でも凄く高級品扱いだし、欧米に輸出されるようになってからも、貴族や金持ちの飲み物だったらしいしね。

でもうちにも置いておきたいから、今度どこかで探してみるか?

多少高くても緑茶は欲しい。

やはり、饅頭やせんべいには緑茶だ。


それにしてもここは特別応接室と言うだけあって、中々気持ちの良い部屋だ。

しかし今の利用者は俺たちだけだ。

ここの利用者は、普段からそんなに少ないのだろうか?


「ここはとても雰囲気の良い部屋ですが、利用者は少ないようですね?

いつもこんな感じなのですか?」

「はい、やはり特級登録者となりますと、数が少ないので、利用される方は少ないです。

それに特級の方が全員ここを利用される訳でもないですし」

「そんなに特級の人は少ないのですか?」

「はい、現在全アースフィアで登録されている組合員数は50万人前後といわれておりますが、そのうちで、一級は約800名前後、特級は675名です。

お客様で677名になるはずです」

「50万人中、677人?

そんなに少ないのですか?」


エレノアに一級は全体の1%もいないし、特級は全部の等級を合わせても、一級よりも少ないと聞いてはいたが、それ以上に少ないようだ。


「はい、もちろん、その全ての方がロナバールにいる訳ではございません。

こちらを根拠地にされている方は約百名ほどですね。

またその皆さんが全員こちらを利用されているのではなく、好みで「デパ―チャー」や「マスタークラス」を利用されている方もいらしゃいます。

こちらを利用されている皆さんも、毎日いらしている訳ではないので、1日に利用する方は2,3人、多い日でも5,6人といった所です」

「なるほど。

しかし、こういった部屋は、全ての組合支部に用意されているのですか?」


俺はそんなに利用者が少ないのに、全ての支部にこんな部屋があるのかと思って聞いてみた。


「いえ、特別応接室があるのは、ここ以外ではアムダルンとマジェストンだけですね。

特級保持者の皆さんが主に活動しているのは、その3箇所に集中しておりますので、その3箇所だけに特別応接室がございます。

他の場所では、スラールやメディシナーのように、大きな支部なら「マスタークラス」と同じ部屋はありますが、残念ながら特別応接室はございません。

さらに小さい支部では、一般と中・上級を合わせた2種類しかないと伺っております」


やはり、全ての支部にこんな部屋がある訳ではないようだ。

まあ、こんな贅沢な施設をあちこちには作っていられないよな?


俺は感心して、改めてこの贅沢な作りの部屋を見回す。

すると、部屋の隅に、他のテーブルとは違った、かなり小さめなテーブルと椅子が置かれているのに気がついた。

それは子供用にしても小さく、ちょうどうちにあるペロン用の椅子と机のようなので、俺は気になって、アイヴィーさんに聞いてみた。


「あの小さなテーブルと椅子は何のためにあるのですか?」

「あれはここを利用する常連の方で、御一人、人間で無い方がいらっしゃって、その方のための専用席なのです」


え?人間じゃない?

それって、もしかしたら・・・


「ひょっとして、それはバロンですか?」

「ええ、その通りです。

 皆様はバロン様とお知り合いですか?」

「はい、このペロンはバロンと友人同士なのです」

「まあ、そうなのですか?」


やはりバロンはここの登録者だったのか!

しかも特級保持者だったとは凄いな。

俺はアイヴィーさんの話しに納得すると、緑茶を飲みながら「初心者の心得」と「一般規約」を読み始めた。

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