0119 登録窓口での騒ぎ

 並んでいた最初の男は、俺たちが並ぶと同時に順番が来た。

窓口に行くと、すぐに登録が終わったようで、首に名刺ほどの大きさの木の板をぶらさげると、去っていった。

2番目の男も同様で、すぐに登録が終わり、去っていった。

だが、3番目の男には時間がかかっているようだった。

この男は並んでいる時からそわそわしたり、イライラとしていた様子だったが、ついに窓口で怒鳴りだした。

窓口のお姉さんと、大声でやり取りをしている。


「だから俺はそんな下っ端じゃなくて、もっと上の等級で登録するっつってんだろうが!」

「こちらも先ほどから説明している通り、初心者の方は十級から登録していただく事になっておりますので、そちらの登録でお願いいたします」

「なんでそんなペーペーから始めなきゃなんねんだよ!

 いいか?俺はな!村では一番の実力者で、レベルは26もあるんだぞ!

それがそんなペーペーの扱いで良い訳ないだろう!」


本人は村一番のレベルが自慢らしく、これ聞きよがしに周囲に聞こえるように、自分のレベルを得意げに吹聴しているが、その辺からは失笑が聞こえる。

そりゃそうだろ。

確かにレベル26もあれば、小さな村では一番かも知れない。

実際にサーマルの村ではコラージさんが村一番のレベルで23だったしね。

しかし、ロナバール辺りに来れば、そんなレベルの者は掃いて捨てるほどいる。

ましてやここは基本的に魔物との戦いを生業とする、迷宮探索者や魔物狩人のたまり場だ。

レベル26など、下っ端の方なのは、想像に難くない。

この男はそれがわからない井の中の蛙の上に、愚か者のようだ。

本人としては自慢するつもりだったのが、周囲の人間に笑われたのが気に障ったのだろう。

その男は周囲に怒鳴り散らす。


「ああん?なんだ?てめぇら?何を笑ってやがる!

俺をバカにすると承知しねえぞ?」


それを聞いて、周囲の男たちは、今度はドッ!と声を上げて笑い始める。

中には手を叩いたり、男を指差して笑う者までいる。

窓口にいた男は、完全におもちゃ扱いだ。

いらついた男が今にも周囲にいた男たちに飛びかかろうとする時に、受付にいたお姉さんの一人が、そばにやってきて話しかける。

俺と話したお姉さんだ。


「お客様?いかがされましたか?」

「ああん、なんだ?あんたはよ?」

「私、受付と、この玄関広間全体の責任者でございます、アレクシアと申します」

「おう、あんたがここのお偉いさんか?

 じゃあ、聞いてくれよ?

俺が登録を最低でも中級でしたいって言うのに、この姉ちゃんは聞いてくれねーんだよ」

「お客様は新規の登録でございますね?

 それでしたら基本的に登録は、仮登録の十級からになっております」

「そりゃレベルの低い奴だったらそうだろう?

だけど、俺はレベル26もあるんだぜ?

そんな下っ端の訳ないだろう?

本当は一級って所を、俺は遠慮深いから、中級の一番下でいいっつってんのに、この姉ちゃんは聞かねーんだ!

何とかしてくれよ!」

「お客様?残念ながら青銅等級ブロンズクラスの一番下の四級でも、レベルは50が必要で、その際には試験を受けていただく必要がございます。

残念ながらお客様をそのような等級で登録をする訳には参りません」

「そりゃちょっとレベルは足りないかも知れないけどよ、それ位はいいじゃねえかよ?

どうせすぐにそれ位にはなるだろうしさ」

「そういう訳には参りませんので」

「そんな事言ったって、俺は村の期待を一身に背負って来たんだぜ?

必ず冒険者になって名を上げて見せるってな!

それが一番下からのペーペーからじゃ、話しにならねーだろうが!」


どうやらこの男は村で啖呵を切って出てきてしまった手前、早く上級の冒険者になりたいようだ。

しかしそんな事を言っても、組合の方もそんな人間のたわごとを一々聞いてはいられないだろう。

案の定、受付のお姉さんに、やんわりと断られている。


「そうは申されても、こちらにはこちらの規則がございますので」

「何だよ!・・・そういや、あんたの首にかけているそれ、登録証だろ?

それ、何級なんだ?」

「憚りながら私、一級を所持しております」


それを横で聞いていた俺は驚く。

一級?一級って、確か上級者だよな?

受付の責任者って、そんな上級者がやっているんだ?

もっとも、こういう馬鹿な輩が、ちょくちょくやってくるのでは、確かにその位の人がいないと困るのかも知れないな。


「一級?

あんたみたいな姉ちゃんが一級を持っているなら、俺が一級をもらったっていいじゃないか?

それを四級でいいって言っているんだぜ?

なあ、いいだろう?」

「先ほども申しましたが、そのような事をお引き受けする訳には参りません。

御客様の場合は、十級から初めていただきます」

「はっ?

何でそんな下っ端から登録しなけりゃならねえんだよ?」

「御客様が全くの初心者だからでございます」


淡々と説明する受付のお姉さんに、男が切れ掛かる。


「だから初心者じゃねえーっつーの!

そもそもレベル26だったら本来の等級は何級よ?」

「それですと、該当する等級は七級ですね。

ただし、あくまでレベルだけで言えばですが」

「だったら何で十級からなんだよ!

四級がダメなら七級からだって構わないだろ!」

「七級で登録の場合、新規の場合はレベル30が必要です。

そして御客様の場合は、レベルに関わりなく十級登録で、なおかつ、初等訓練所に行っていただきます」

「はあ?初等訓練所?なんでよ?」

「御客様の場合は、初心者の心得がまったく無いからでございます。

そのような方の場合、十級で始めるだけでなく、組合員の心得や礼儀を学んでいただくために、必ず初等訓練所へ行っていただく事になっております」

「そんなもん行く必要はないって!」

「それはあなたが決める事ではありません。

当方で決める事です。

それが御嫌なら、どうぞお引取りください」

「は?何言っちゃってんの?

俺はここに登録に来たんだよ?

帰る訳ないでしょうが?」

「それでしたら十級登録と、初等訓練所への入所手続きをしてください」

「だからそんなモンはいいって!

早く中級で登録をしてくれよ!」


あくまでごねる男に対して、ついに受付の人が説得するのをあきらめたようだ。


「では、はっきり言いましょう。

あなたにはまだ組合員の資格がございません。

そして最低限の心得や礼儀、知識もございません。

これ以上ここに居座る気でしたら、他の方の御迷惑になりますので、実力で排除いたしますが、よろしいですか?」

「はあ?実力ぅ?

あんたが?面白い!やってもらおうじゃないの!」

「では、失礼して・・・」


受付のお姉さんはその男の手首をむんずと掴むと、そのまま強引にズルズルと入り口の方へと引っ張っていく。


「おわっ!?」


思わず男は抵抗するが、もちろん相手はビクともしない。


「そちらのお客様?

申し訳ございませんが、少々お待ちください」

「はい」


アレクシアさんは俺たちに笑顔で話しかけて、俺は思わず返事をする。

そのままズルズルと引きづられて行く男は、広間にいた連中の格好の笑いの種だ。


「どうした!どうした!小僧?

一級になるんじゃなかったのか?」

「そんなんじゃ一級どころか、十級だって勤まらんぞ?」

「青ナメクジと角ウサギを100回倒してから出直して来い!」

「おとなしく村に帰った方がいいんじゃないのか?」


周囲から冷やかされ、笑い者にされて、男は猛り狂う。


「なっ!テメエら!バカにしやがって!

放せ!おい!放せって言ってんだよ!

あだっ!いだだだっ!痛いって!

放せ!放せよ!」


そんな男の言葉に聞く耳も持たず、受付のお姉さんは、男を入り口まで引きづって行くと、扉を開けて、外にゴミでも放り出すようにポイッ!と男を投げ捨てる。


「登録不適格者です。

後の事は任せます」


外にいた衛兵の二人に、一言そう言うと、扉を閉めて、俺のいる窓口に戻ってくる。

外では男が暴れているようだが、衛兵の人たちにあっさりとあしらわれている様子だ。

衛兵の人たちに捕まりながらも、アレナックの透明な扉をドン!ドン!と叩いているが、特殊合金のアレナックはビクともしない。

あ?それで扉をアレナック製にしていたのね?

こんな事が年中ある訳か?

確かにガラス戸じゃあ、あんな事されたら割れちゃうもんなあ・・・

俺の所に戻ってきたアレクシアさんがニッコリと微笑んで、話しかけてくる。


「お客様、大変お騒がせいたしました。

お待たせして申し訳ございませんでした。

早速手続きをさせていただきますね。

皆さん、新規登録でよろしいのですね?」

「はい、この書類と大銀貨を提出すれば良いのですよね?」

「その通りでございます。

 書類を確認して、すぐに手続きをさせていただきますね」

「はい、お願いします」


そう言って俺は書類を渡す。

でも、こんな騒ぎの後なので、何か言われないか、ちょっと不安だけどね。

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