0089 エレノアの秘密

 エレノアの言葉にレオニー所長も安全を保証するように話す。


「ええ、どうぞ何でも安心して話してください」

「では、先ほどの内部事情の話の続きですが、もし私があなたの納得する人物であれば、これ以上の事を話していただけますか?」

「納得する人物?」


突然のエレノアの意外な言葉にレオニーさんがいぶかしがる。


「ええ、今までの話で、あなたがこのメディシナーの将来を憂いているのはわかりました。

しかし、私がこのメディシナーの運営や行く先を、あなた以上に憂いている人物だとわかれば、私を手伝っていただけますか?」


そのエレノアの言葉を聞いて俺は驚いた。

え?いくらなんでもそこまで言って良いの?

相手は何と言っても、このメディシナーを代表する一族の一人で、しかも始祖ガレノス直系で、現最高評議会議長の曾孫だという。

その人よりメディシナーの状況を憂いている人物なんて言って大丈夫なのだろうか?


「私以上にこの状況を憂いている人物?」


案の定、レオニー所長は胡散臭がっている。

当然だろう。

メディシナー一族は、このメディシナーその物を運営している一族と聞く。

その一族以上に、このメディシナーに関与している人間がいるとは考えにくい。

副所長であるドロシーさんの表情も、最初は驚いた様子だったが、今は疑心暗鬼の表情だ。

しかしエレノアは自信満々、と言うか、さも当然といった感じで、淡々とそれを言い放つ。


「はい、その通りです。

嘘偽りは申しません」


エレノアの言葉にレオニーさんではなく、ドロシーさんが思わず声を上げる。


「あなたは誰に物を言っているか、わかっているのですか?

この方はこの無料診療所の所長であるだけでなく、現メディシナー当主の御息女であり、最高評議会議長の曾孫でもあらせるのですよ?

それ以上にメディシナーの現状を憂いている者など・・・」


そのドロシー副所長の抗議に、エレノアは静かに、しかし力強く反論する。


「だからこそです。

パラケルスの曾孫であり、メディシナー一族の直系であるからこそ、私は聞いているのです」

「なっ!?」


エレノアの迫力にドロシーさんは無言になり、口をパクパクとさせる。


「いいわ、ドロシー・・・この人はどうやら本気のようよ」

「その通りです」


そのさも当然と言わんばかりのエレノアの態度に、驚き半分、呆れ半分、といった感じでレオニーさんが返事をする。


「わかったわ、あなたがこの私、メディシナー家の一族である、このレオニー・メディシナー以上に現状を嘆いて悲しんでいる人物であると私が認めれば、あなたに内部事情も話し、協力もしましょう」


レオニーの言葉にエレノアがうなずいて、話を再開する。


「ではあなたに、まずいくつか質問をしたいのですが、あなたは中央治療院で働いていた事はあるのですね?」

「ええ、そうですよ?」

「では、ガレノス様やパラケルスの顔などは、よく御存知ですね?」


レオニーさんはエレノアがガレノスはともかく、先ほどに続き、またもやパラケルスの事を呼び捨てにしたのを少々気にした様子だったが、返事をする。


「え?ええ、ガレノス様はもちろんお会いした事はありませんが、パラケルスは私の曽祖父ですから、もちろんよく知ってますよ。

子供の頃から会っていますし、今でも普通に会いますからね。

それにガレノス様はこのメディシナーでは三高弟の方たちと共に、あちこちに肖像画や胸像が飾ってありますからね。

それが何か?」

「では、ガレノス三高弟の顔なども当然知っていると?」

「はい、そうです。

もちろん実際に御会いした事はありませんから、ガレノス様同様、肖像画や胸像でですが・・・」

「ドロシー副所長もですか?」


エレノアの質問にドロシー副所長も戸惑ったように答える。


「ええ、私もパラケルス最高評議長には御会いした事がございますし、ガレノス様や三高弟の方々の肖像や胸像は、メディシナーの魔法学校にも飾られていますから、よく存じております。

メディシナーの魔法学校の教科書にも姿絵は載っていますし・・・」

「わかりました。

では私は今からあなた方に私の顔と、ある物を2つお見せします。

しかしそれで私の事が誰かわかっても、決して口には出さないでください」


エレノアの言葉に二人がキョトンとした感じで返事をする。


「あなたの顔を?」

「口に出すなと?」

「ええ、この場だけではなく、当分の間です。

私はまだ事情があって、この御主人様には私の素性を知られたくはないのです。

ですが、私が正体を現せば、あなた方は私の素性を知るでしょうから、それを声に出して欲しくないし、決してそれをしばらくの間は、こちらの御主人様に教えて欲しくないのです。

御約束できますか?」


厳しい口調で約束を切り出すエレノアに、レオニーさんは緊張した面持ちで質問をする。


「もし、約束できないと言えば?」

「私はあなた方とは協力せず、このまま分かれて別の方法で、この事態を収束させます。

僭越ながら私にはその力があると考えておりますので」

「あなたが?旅の治療士であるあなたが、たった一人で、この事態を収束させると?」


エレノアの言葉にレオニーさんは愕然とする。

ドロシーさんも驚き顔だ。

そりゃそうだろう、メディシナー家の一員であるこの人が、何やら行き詰っているらしい現状を、訳のわからん旅の風来坊みたいな怪しい人物が解決すると言ったら、普通は驚くし、信じられないだろう。

そばで聞いている俺だって驚きだ。

驚くレオニーさんにエレノアが力強く説明をする。


「一人ではありません。

今の私には優秀で頼もしい弟子がおります。

二人で力を合わせれば、必ずやこの嘆かわしい事態の修復は可能と確信しています。

ただ、あなた方の協力を得られれば、より事態は容易で安全に推移して収束すると予想しているので、こうして相談と協力を依頼しているのです」


そのエレノアの言葉に俺は思わず胸を張る。

例え方便や社交辞令であったとしても、エレノアに優秀で頼もしい弟子と言われたのは嬉しい。

もし俺に尻尾があれば、自慢げにパタパタと振っている所だ。

得意げな俺を見てレオニーさんは当惑顔だ。


「あなたは私と過去に会った事がある方なのですか?」

「いいえ、私はあなたと会ったのは、ここで会ったのが初めてです。

しかし、おそらく、いえ、確実にあなたは私の事を知っているでしょう」


会うのが初めてなのに、レオニーさんがエレノアの事を知っている?

何だか謎かけのようだが、俺もなんだか段々と興奮してきた。

一体エレノアは何者なのだろうか?

エレノアの言葉にレオニーさんも困ったような表情で話す。


「正直、私も現状を打破できなくて非常に困っているのです。

もしあなたがこの状況を良い方向へ導けるという事であれば、むしろ私から協力を申し出たいほどなのですが・・・」

「ただの旅の臨時治療士で、しかも奴隷女である私が信じられないのは承知しております。

しかし、私はここで働いていた数週間の間で、あなたが優秀で誠実な方である事はわかりました。

ですから今回、私はあなたに相談もし、正体を明かす気にもなったのです。

そして、あなた方が私の正体を知れば、私の言葉に納得していただけるのは保証いたします」


そのエレノアの言葉でレオニーさんは覚悟を決めた様子だった。


「わかりました。

あなたの正体を知っても決して誰にも・・・

そこのシノブさんにも漏らしたりはいたしません。

お約束いたします」

「本当ですね?

私の正体が誰であってもですね?

現時点で私の正体が周囲に知られると、私は非常に行動が取りにくくなります。

ですから、その点は強くお願いいたします」


エレノアがくどい位に念を押して問いただす。

そのエレノアの言葉にレオニーさんは少々怯んだ様子だったが、気を取り直して、はっきりと返事をする。


「はい、メディシナーの家の誇りにかけて誓います。

あなたの正体が例え誰であっても決して誰にも口外しない事をお約束します。

そこのシノブさんにもです」

「ドロシー副所長もよろしいですか?」

「はい、レオニー様がお決めになった事に異存はございません。

私も口が裂けてもあなたの事を誰にも話さない事を、レオニー様の前で誓います」

「わかりました。

それでは御二人とも、私の顔を見てください」


そう言ってエレノアはフードを取る。

いつものエレノアの美しい顔だが、今日のエレノアは、その表情にどこか神々しさを感じるほどだ。


「幻惑魔法も解いてあります。

これが私の素顔です。

いかがですか?」


レオニーさんとドロシーさんは最初、何かを思い出しそうだが、思い出せないといった表情だった。

しかし、やがて二人で顔を見合わせると、ハッと何かに気づいたらしく、二人で体をガクガクと振るわせ、震えた声で話し始める。


「エルフ・・?まさか!まさか・・・あなたは・・・!」

「そ、そんな事が・・・!」


震える二人に対してエレノアが、手に持った何かの印を見せる。


「そしてこれを御覧ください」


それを見たレオニーさんが目を見張る。


「それはガレ・・」


レオニーさんは思わず何かを叫びそうになるが、自分の両手で自分の口を塞ぐ。


「そしてもう一つ、これです」


もう一つの称号印を見せると、またもやレオニーさんは無言でうなずく。

その後で抑えきれないように話し始める。


「あなたは!あなた様は・・・!」


そこまで言ったレオニーさんに対してエレノアがそっと自分の口に人差し指を当てる。

レオニーさんはその動作で驚きながらも無言でコクコクとうなずく。

ドロシーさんも驚きのあまり声も出ない様子だ。


「いかがですか?

私が何者か、わかっていただけましたか?」


レオニーさんとドロシーさんは無言でうなずき、エレノアに近づくとその手を取る。

しかしその顔には涙が溢れ、泣き声で訴える。


「よくぞ・・・よくぞ、ここに戻って来てくださいました!

感謝します!本当にありがとうございます!」


レオニーさんがそう言うと、ドロシーさんも同様に涙声で話す。


「お待ちしておりました!

本当に、本当に・・・永い、永い間・・・」


その様子は、まるで生き別れた親か、自分の信仰する女神にでも会ったかのようだ。


「御二人にわかっていただけて良かったです」


そう言って静かにたたずむエレノアに対して、レオニーさんがバッ!と片膝を折り、その場に跪く。


「申し訳ございませんでした!

知らなかったとはいえ、あなた様にこのような無礼をしてしまうとは!

どうかお許しください!」


ドロシーさんも、レオニーさんに習って、エレノアの前に跪いている。


「私も先ほどからの無礼な言葉の数々、どうかお許しください!」


さっきからの急展開に俺は全くついていってない。

何?どうしたの?

うちのエレノアさんは一体何者なの?

何かをレオニーさんたちに見せていたら、突然相手がひれ伏したけど、葵の御紋の印籠でも見せたの?

うちの奴隷は、実は天下の副将軍か何かなの?


「・・・御主人様、今は気になるでしょうが、いずれ私の正体もお話しする時がきます。

それまで、どうか私の正体を探らないでください。お願いします」


どこか寂しげに話すエレノアに俺はうなずいて答える。


「うん、大丈夫だよ。

僕はオフィーリアを信じているからね」

「ありがとうございます。御主人様」


そう言ったエレノアはなぜかどこか辛そうだった。

俺に正体を知られるのがそんなに嫌なのだろうか?

そんなに嫌なら、別にずっと話さないでいても俺は全く構わないのだが・・・

不思議に思う俺に、レオニーさんが勢いよく話す。


「そうですとも!シノブさん!

この方について行けば間違いはありません!

何しろこの方は・・・」

「レオニーさん!」


エレノアが大声で叱責すると、レオニーが縮こまる。


「申し訳ございません。

失言する所でございました。

グリ・・オフィーリア様」


おや?何か今この人、エレノアでもオフィーリアでもない名前を言いかかったな?

本当にうちの奴隷は一体何者なのだろうか?

気になるは気になるが、詮索するのはやめよう。


「ここにいる間はオフィーリアでかまいません。

様もつけないでください。

あなた方は私の上司なのですから」

「承知いたしました」

「では、私の事に納得していただいて、今後は協力をしていただけますね?」


そのエレノアの言葉に、今度は先ほどとはうって変わって、レオニーさんが協力的に話し出す。


「はい、もちろんです!

あなた様の頼みであれば、何でも御協力させていただきますとも」

「何でも申し付けください!

今までの無礼の謝罪にどんな事でもお引き受けいたします!」


ドロシーさんも先ほどとは違い、恐ろしいまでに協力的だ。


「ではまずは内情の続きを教えてください。

どうやらメディシナーの現状が、かなり悪いのは想像がついております」

「はい・・・それでは恥ずかしながら・・・」


こうしてレオニーさんは改めてメディシナーの事情を話し始めた。

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