0088 メディシナーの事情
俺はエレノアに今後の方針を聞いた。
「それで?まずはどうする?」
「まずは町のその辺で聞き込みをして、その後で所長に状況を聞いてみましょう」
「うん、そうだね」
現在、俺たちの上司で、第三無料診療所所長であるレオニーさんは、フルネームがレオニー・メディシナーだ。
その名前からしてメディシナー家の一員である確率は高い。
それならば今回の一件も何か知っている確率は高いだろう。
それから俺たちは宿屋の主人に聞いてみたり、街に出て、あちこちの店などに行ってメディシナーの現状を聞いて回った。
その結果、エレノアはある程度の事情を把握した様子だ。
翌日、我々がレオニー所長にその事を聞いてみる事となった。
朝のうちにレオニー所長に重要な話がある事を、副所長兼秘書であるドロシーさんに伝えておいて話を通してもらった。
夕方に仕事が終わった後で、二人そろってレオニー所長に面会してエレノアが質問をする。
ドロシーさんは俺たちを所長室に案内して、そのまま話を聞くようだ。
「レオニー所長、伺いたい事がございます」
「ええ、聞いているわ。
あなたたちが私に話とは珍しいわね」
「出きれば所長お一人にお話をしたいのですが?」
「このドロシーはあなたも知っている通り、ここの副所長で、私のもっとも信頼する人物です。
安心して話してください」
「はい、承知いたしました。
実はお話と言うのは完全治療魔法のクジの事でございます。
先日、ある人物から以前は銀貨1枚だったのに、今は金貨1枚になったと伺いました。
どうしてそのような事になったのでしょう?」
そのエレノアの質問に、レオニー所長はドロシー副所長と顔を見合わせて、表情を暗くする。
「・・・その事ね」
レオニーさんは話しにくそうに話しを始める。
「あなたたちは、ここメディシナーでは最高評議会という物があって、重要な事は全てそこで決められているのを知っているかしら?」
「はい、評議会の存在は知っています」
それは俺もエレノアから聞いて知っていた。
ここメディシナーではメディシナー最高評議会という物があって、重要な事は全てその議会で決められるそうだ。
文字通り、最高の権限を持ち、法の変更や、メディシナー運営は元より、場合によっては重罪人の死刑の判決なども出すらしい。
評議員はPTM術者のみで構成されていて、それ以外の者は評議員になる資格はないらしい。
「そこで5年前にクジの金額をあげるべしという議案が出たのよ。
もちろん長年の決まりで金額を上げないという意見もあったのだけど、結局は値上げ派が勝って、現在の金貨1枚の値段になってしまったの」
「理由は?当然値上げには理由があるはずですよね。
一体どういった理由で値上げになったのですか?」
「それは・・・医療施設の増設と言う理由よ」
「医療施設の増設?
しかし、ここはPTMの競りや金貨1千枚の治療費などで、大幅に潤っているはずですよね?
そのおかげでこういった無料治療施設を運営できているはずです」
「その通りよ、詳しいわね」
そう、本来魔法治療士など、人件費が激しくかかるものなのに、それで無料診療所などをいくつも運営できているのは、その潤沢な運営費のおかげなのだ。
「それなのに、なぜPTM抽選券の金額を百倍に上げるなどという必要のない事になったのですか?」
「それは・・・評議会の中で色々とゴタゴタがあってね。
何しろ無料診療所など金の無駄だから閉鎖しろという意見もあった位なのよ」
その説明にエレノアは驚いたように問いただす。
「無料診療所を閉鎖?
それは始祖ガレノス様の意思に背く事では?
そのような事を言い出す人が最高評議会にいるのですか?」
エレノアの質問にレオニーさんの答えは歯切れが悪い。
「・・・いいえ、正確に言えば・・・最高評議会にはいないわ。
多分ね・・・」
「現在評議会のメンバーは何人で、構成はどうなっているのですか?」
「現時点での評議員登録者数は6人で、最高評議長はメディシナー一族の最長老である、パラケルス・メディシナーです。
しかしあなたも御存知だと思いますが、残りの人の名前を言う訳には参りません。
ただし6人のうち、一人は不在で、ここ80年以上行方不明です。
その方も亡くなっていないのは確認済です」
最高評議会評議員はすなわちPTM術者だ。
最高評議長の名前は知れ渡っているからともかくとして、残りの評議員の名前は秘匿されているために言えないだろう。
「なるほど、その評議員の誰が値上げを言い始めたのですか?」
エレノアの質問にレオニーさんが苦しそうに答える。
「評議員の中には・・・いません」
「え?評議員が誰も議案を出していないのに、なぜそんな議案が発生したのですか?」
「それは現在、「監督者」という役割の者がいて、その人間が発案したのです」
「監督者?その人間に議決権があるのですか?」
「いいえ、監督者は市民の代表として、あくまで議案を出したり、意見を述べるだけで、評議会における議決権はありません」
「議決権が無い?
それでなぜ金貨1枚と言う議案が通ったのですか?」
「申し訳ありませんが、それは言えません」
「なるほど、では質問を変えましょう。
現在そこまでメディシナーが金銭に関する事で運営に困っている訳がないですね?
それなのに医療施設増設を理由に、PTM抽選券の値段を上げた、それは一体どういう事なのですか?」
「残念ながらこれ以上詳しい事は、関係者でない方にお話する事は出来ません」
レオニー所長の言葉にエレノアもうなずき、話を変える。
「なるほど、わかりました。
それではまた別の事を伺いたいのですが、あなたの名前はレオニー・メディシナーですが、メディシナー一族とはどういった関係ですか?」
「私は現メディシナー最高評議会議長のパラケルス・メディシナーの曾孫で、現メディシナー家当主ソクラス・メディシナーの娘でもあります」
「では、最高評議会の一員ではなくとも、何らかの形でメディシナーの運営には関わってらっしゃいますね?」
「はい、私は最高評議会の下部組織、メディシナー高等運営委員会の委員として名を連ねております」
「なるほど、ではおそらくあなたは「PTM許可士」の資格をお持ちですね?」
エレノアの指摘にレオニーさんがギョッとして驚く。
「あなたはそこまでメディシナーの内情を御存知なのですか?
どうか、その事は他言無用に願います」
「はい、それは十分承知しております。
どうか御安心ください。
しかし、その委員会の委員として、現状をどうお考えですか?」
「それは・・・ここで私の意見は言えません。
ただ私がメディシナーの現状を憂いている事だけは言っておきましょう」
「言えない?これはメディシナー運営の全体と今後の行く末に関わる事です。
それを運営委員の方が言えないというのはおかしいのではないですか?」
エレノアの厳しい追求に、ついにレオニーさんが音をあげたように答える。
「あなたの言う事はわかりますし、それも当然だと思います。
しかし私はこれでもメディシナー家の一員で、高等運営委員会の委員として、この治療都市の運営の一端を担っています。
おいそれと正体不明の人に、これ以上の内部事情を明かす訳にも参りません」
そのレオニーさんの言葉にエレノアもうなずいて話す。
「わかりました。それももっともだと思います。
私もここから先は、個人的に非常に秘匿しておきたい話になります。
私の御主人様にも部屋から退出していただきますので、そちらもレオニー所長お一人になっていただけないでしょうか?」
そのエレノアの言葉にレオニーさんとドロシーさんが顔を見合わせるが、ドロシーさんが首を横に振ると、レオニーさんが話し始める。
「先ほども話しましたが、ここにいるドロシーは初等魔法学校時代からの私の親友で、私も同然です。
彼女がここにいても、私が二人いるのだと考えて話していただいて結構です」
「承知いたしました。
それでは私も御主人様にはここにいていただきましょう」
そのエレノアの言葉に俺も安心する。
どうやら俺だけ仲間はずれにされて、話を進められる事はなさそうだ。
エレノアは一体これから何を話すつもりなのだろうか?
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