0087 エレノアの休暇願い
翌日は休日だった。
起きて宿で朝食を食べていると、俺たちに話しかけてくる老人がいた。
まったく知らない、見たこともない老人だった。
「あの~カーティフさんとオーレリーさんと言うのはあなた方でしょうか?」
「???そうだけど?」
「実はわしは以前から難しいリューマチに悩まされていて、あんた方に頼めば、あっさりと治してくれると聞いてきたんだが・・・」
「え?そんな事を誰に?」
「はあ、隣のばあさんが、昨日ここで騒ぎがあった時に話を聞いていて、あんたがただったら、何でもどんな病気でも治してくれるって聞いて・・・」
それを聞いて俺はしまった!と思った。
そういえば昨日はゴロウザたちとやりあった時に散々そういった話をしていたんだっけ。
あの内容を聞いていれば、周囲の人間がそう考えても不思議はない。
俺はまたしても自分の浅はかさを呪ったが、ここはとぼけるしかない。
「い、いや、そんな事はないですよ?」
「そうですか?そりゃ失礼しました」
だが、それで終わりではなかった。
次から次へと似たような事を言う人々が宿にやってきたのだ。
中には涙を流して懇願する人や、治してもらえないとわかると、怒り出して暴れる人間もいる始末だ。
俺はそういった人たちをなだめすかして何とか退散してもらった。
それもこれも自業自得なので仕方がない。
「エレノアはこうなる事がわかっていたの?」
「はい、これに近い状態になるであろう事は予測していました」
「そうか・・・」
エレノアはこうなる事を最初から知っていて、俺に実地で覚えさせるためにPTMも使ってくれたんだろうな・・・
確かにこんな経験をしたら、もう二度と軽率な事をしないように考えるようになるよ・・・
そんな事を考えながら俺は訪ねて来た人たちに、否定と断りの返事をしていた。
だが、そのうちの何人目かの話を聞くと、突然、エレノアの表情が変わった。
その老人は、俺たちが断りを入れると、残念そうに呟いたのだ。
「やれやれ、やはりだめですか・・・クジは1枚が金貨1枚もするから手が出ないし、おとなしく順番を待つしかありませんのう」
その言葉を聞いた瞬間、エレノアが呼び止めた。
「待ってください、今何と言いました?」
「は?おとなしく順番を待つしかないと」
「いえ、その前です」
「クジが金貨1枚の事ですかいのう?」
「そのクジと言うのは、PTM抽選券の事ですか?」
「そうですじゃ」
「そのクジの金額は銀貨1枚ではないのですか?」
「はあ、確かに5年前までは銀貨1枚でした」
「5年前まで?なぜ金貨1枚になったのですか?」
金貨1枚といえば、銀貨1枚の100倍の金額だ。
いきなり相場がそこまで上がるとは確かに驚きだ。
「はあ、何でもここの一番偉い人の命令だそうで」
「一番偉い人?パラケルス・メディシナーですか?」
「いえ、10年ほど前に、そのお孫さんに当主が代わりまして、わしが聞いた話では、そのお孫さん、ソクラス・メディシナー様の命令だとか」
「そうですか・・・ありがとうございます」
その会話を聞いていた俺は不思議に思ってエレノアに聞いた。
「どうしたの?オーレリー」
「御主人様、どうやらオーレリーはエレノアに戻らなければならなくなったかも知れません」
「え?一体どうして?」
俺が不思議そうにすると、突然エレノアが俺に申し出をする。
「御主人様にお願いがございます」
「お願い?」
エレノアがお願いとは珍しいので俺は驚いた。
「誠に勝手ながら、私に3日間、いえ、1週間のお暇をいただけないでしょうか?」
「え?」
「どうかお願いいたします」
「それはどういう事なの?」
「申し訳ありませんが、説明しにくい事でございます」
「説明もなしに大切な君に休暇はあげられないな」
当然の事ながらこの様子では休むための休暇どころではない。
何かの決意を秘めているのがわかる。
「・・・少なくとも、ここではお話できません」
「では部屋に行こう」
部屋に着いた俺が、エレノアに再度尋ねる。
「それで?どういう事なの?」
「少々お待ちください」
そう言うとエレノアはフードを取ると、なにやら呪文を唱える。
内容からすると、空気を遮断する呪文のようだ。
「これで私達の話が誰かに漏れる心配はございません」
そこまでしなければならない内容なのか?
俺はこれまでの事もあるので、心して聞く用意をする。
「うん、とても重要な話な事はよくわかったよ。
それでどういう事なの?」
「実は私、以前お話した事がある通り、かつてこの町にいた事がございます。
その時はこの町の中央治療院で魔法治療士をしておりました」
中央治療院・・・それはこのメディシナーでも最高峰と言われる治療院だ。
ここメディシナーでは治療都市と言うだけあって治療院もいくつもある。
俺たちが働いている無料治療診療所もその一つだ。
しかし中央治療院というのはその一番上に位置し、そこで治療するのは相当難しい治療とPTMでなければ治せない治療に限る。
そこで治療をしてもらうには、他の高等治療院で、そこの魔法治療士に許可証をもらわなければ診察してもらえないような場所なのだ。
そこで働いていたからにはエレノアは相当魔法治療士としての地位が高かった事になるが、考えてみればエレノアはPTMが出来るのだからそれは当然と言えた。
「そこで働いていた者として、あのクジの話は聞き逃せません。
本来銀貨1枚であるべき物が金貨1枚になるなど、余程の事です。
その原因を究明し、それが悪しき原因ならば、それを実行した者を追求し、処断せねばなりません」
エレノアの話はよくわかる。
しかし、それはエレノアがしなければならない事なのだろうか?
「それはわかるけど、それはエレノアがやらなければならない事なの?」
「はい」
「このメディシナーにだって、他にたくさん治療士もいるし、エレノアも僕があの親子を治そうとした時に我々は手出しすべきではないと言っていたのに、それはエレノアがしなくてはならない事なの?」
「はい、誠に申しあげにくい事ではあるのですが・・・」
不治の病の子をPTMで治す事さえ、あれほど問題にしたエレノアだ。
しかし、この話はそれどころではない、状況からして、メディシナーの運営その物にすら関わる、大事になりそうな話だ。
おそらくエレノアには俺が想像も出来ない事情があるのだろう。
俺はもうこれ以上追及しない事にした。
これ以上聞いてもエレノアを苦しめるだけだと思ったからだ。
「わかった、もうこれ以上その事の内容は聞かないけど、別の事で聞きたい事がある」
「何でしょう?」
「今からエレノアがやろうとしている事に僕は役に立たないの?」
「え?」
俺の質問の意図をわからずにエレノアは驚いた様子だ。
「もしこれからエレノアがやろうとしている事に、僕が役に立つなら、一緒にそれをやらせてよ」
「それは・・・」
エレノアは答えにくそうだ。
ここは強引に迫ろうと俺は思った。
「じゃあ、まず質問。
これからエレノアのやろうとしている事に僕は役に立つの?立たないの?
ハイか、イイエで答えて!」
「それはおそらく・・・いえ、必ず御主人様は役に立つと思います」
やはり思ったとおりだ。
しかもこれほど、その答えを渋るという事は、まず間違いなく俺に迷惑をかけたくないと思っているのだろう。
「じゃあ、決定!
そのエレノアがやろうとしている事に僕も手伝わせる事」
この俺の決定にエレノアが即座に反対する。
「いけません!
そのような危険な事に御主人様を巻き込むわけには・・」
そこまで言って、エレノアはしまった!という表情をした。
その通りだ!
俺は初めてエレノアから一本取れた気がする。
「や~っぱり、一人で何か危険な事件を解決しようとしていたんだ?
それに僕を巻き込まないように一人で休暇を取って何とかしようとしていたんだね?」
「それは・・・」
図星だったと見えて、エレノアは押し黙る。
「ねえ、エレノア、僕はまだそんなに頼りない?
いつか言ったと思うけど、僕はエレノアが困っている時は助けたいと思っていたんだ。
もしそれが今なら手伝わせてよ?」
おそらく自惚れではなく、俺はこの件に関してはかなり役立つのだろう。
それはエレノアの反応からして明らかだ。
もし俺がそんなに役に立たないのであれば、エレノアは即座に俺の参加を却下しただろう。
それを迷っているという事は、逆に俺が加わればかなり事が楽に進むのは間違いないだろう。
ただエレノアは俺に迷惑がかかるのを恐れているだけなのだ。
「しかしこれは純粋に私の個人的な問題ですし、ましてや奴隷の分際で、御主人様をそのような事に巻き込むなど出来ません!」
「ふ~ん、そうなんだ?
僕はエレノアの事を一番大切な人だと思っていたけど、エレノアにとってはやっぱり僕はただの弟子で他人なんだ?
いいですよ?
他人で役立たずな半人前の弟子は、この宿で泣きながら奴隷が帰るのを待ってますよ?」
俺がすねて見せると、エレノアがため息をついて答える。
「わかりました。
では御主人様にも手伝っていただきます」
「やった!」
「でも手伝っていただくからには、こき使わせていただきますよ?
この件が終わるまでは私が指示を出させていただいて、御主人様には私の指示通り動いていただきます」
「もちろんさ!そうこなくちゃ!」
こうして俺もエレノアの手伝いをする事となった。
一体エレノアはこれからどうするつもりなのだろうか?
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