0086 エレノアの話すメディシナーの歴史 3
さらにエレノアの話は続く。
「そして世間にはPTMでは不可能な3つの事が、公式に大きく宣伝されました」
「3つの事?」
「はい、遺伝的な病気、老齢による物、そして死者を蘇らす事の3つです。
この3つはPTMでも不可能なのだと強く宣伝したのです。
そうしないとそういった者達が殺到するからです」
「ははあ」
確かにそれは大々的に宣伝をした方がよさそうだ。
さもないと、いくらでも勘違いした輩が押し寄せてきそうだ。
「特に老齢による物、つまり若返らせろと言う者と、死者を生き返らせようとする者、この二つはどんなに不可能だと言っても納得しない者が続出しました」
「え?なんで?」
俺はまたもや不思議に思ってエレノアに尋ねた。
やる方が出来ないと言っているのに、なぜそこまで納得しないのだろうかと?
「それは治療士たちが、どんなにそんな事は不可能だと説明しても、そう言った連中は信じないからです。
彼らはPTM術者が本当は出来るのに出来ないふりをしていると思い込んでいて、自分たちに対して治療士が差別をしていると喧伝したからです。
彼らはその事で実際に裁判すら起こしました。
つまり自分の希望する死者をPTMで蘇らせる事が出来るのに、それをしないのは差別で許せないと」
「ええ~~っ!?」
これには俺も心底驚いた。
人の思い込みは酷い時は何を言っても無駄だというのは知ってはいたが、そこまで思い込みが酷い連中がいたのかと驚愕した。
もっとも21世紀の地球でも、いくら論理的な説明をしても「アポロは月に着陸していない!」と、納得しないで、そんな事は不可能だとわめいている連中は、こういった連中と同じなのだろうなとも思ったりもした。
そして俺は昔聞いた話を思い出していた。
かつて日本から南米へ移民した南米移民に「勝ち組」という集団がいた。
これは太平洋戦争以前に、日本から南米へ移民した人々のうち、日本が敗戦したにも関わらず、「日本は勝った」と信じ込んでいる人々の事だ。
彼らはどんなに説明しても、日本が負けた事を信じずに、「神の国である日本が、戦争で負ける訳がない、日本は勝っている」と信じ込んでいた、一種の狂信者だ。
この連中がどれほど信じていたかと言うと、それこそ現実に負けた日本から来た人の説明を聞いても信じず、日本のラジオ短波放送で敗戦の報を聞いても、連合国側の策略として信じなかったほどだ。
そして、実際に自分たちの仲間が日本へ行って、負けた状況を見てきて、それを南米に戻って来て、事細かに説明しても信じずに、「それは米英がわざわざ作った、どこかのロケ地のような場所に行かされて、そこで嘘を信じ込まされたのだ」と言う始末だった。
これはまさにアポロが月へ着陸しても「それはハリウッドのスタジオで撮影したのだ」というのと同じ理屈で、もはや何がどうなろうと信じない状態だった。
挙句の果てに「勝ち組」たちが昭和40年代になり、高度成長期を経て復興した日本を訪れた際には「負けた国がこんなに発展しているはずが無い。やはり日本は勝ったのだ」とまで言う始末だった。
PTMで死人を蘇らせる事が可能だと信じ込んでいる連中は、こういった連中と同じで、どう説明しても信じないのだろう。
こういった連中には理屈が通用しないので、対応には恐ろしく困る。
何しろこちらがどんなに論理的に説明をしても、それを理解しないし、信じないくせに、明らかにおかしな自分の理論は、さも得意げに展開するのだ。
何を言っても「そんなはずはない!この状況や条件で、こんな事になるはずがない!」と言って、何を言っても、こちらの言う事が通じないし、聞く耳も持たない。
とにかく一人よがりな持論を展開して、自分の理論を押し付ける事しか、考えられないのだ。
そしてこちらがあきれ返って、返答をしなければ、自分たちが正しい事を言っているので、返事が出来ないのだと、まるで鬼の首でも取ったように周囲に吹聴する、誠に困った存在なのだ。
そしてそういった連中が、最終的に裁判に持ち込んだのだろう。
「もちろんそういった裁判で医療側が負ける事はありませんが、それでもそのような裁判を行う事自体だけで、時間、人材、財政と様々な医療側の負担になります。
そこで、魔法協会が各国に働きかけた結果、今ではアムダール帝国を初め、PTM関係の診療が行われている場所では、PTMの抗議に関する裁判を受けない法律が出来たほどです。
さらにそれでも「国と魔法協会の陰謀だ!」などと言って、騒ぎ立てる人間がいたので「PTM騒乱罪」という罪状が出来て、PTMに関して騒ぎを起こした人間は逮捕されるようになりました。
こういった、言わば狂的信仰のような物は今でも残っていて、彼らは一般には「反PTM信者」と言われています」
「うへえ!」
こりゃまさに「月面着陸は米国の陰謀だ!」という連中と同じだ。
時代や場所が変わっても、人間のそういう変な所は変わんないなだなあ・・と、俺は変な部分に感心した。
全くこういった連中には、全員にオルドリンパンチを食らわせてやりたい!
しかし、そこまでの事態になるとは、このPTMという魔法は本当に凄い魔法だ。
だが、順番に経緯を聞くと、納得もする。
「ええ、そしてもう一つの改革はガレノスの高弟だった一人が、PTMを実行可能なジャベックを開発した事です」
「え?その人って、最初の三人の一人?」
「はい、その一人は長命だったので、まだその時に生きていたのです」
「へえ」
「その高弟が作ったジャベックは一回PTMを使うと、次の日まる1日は魔力の蓄積をしなければなりませんでしたが、それでもそれは画期的だったので、みんなは大喜びでした」
「そりゃそうでしょ」
それほど価値のある魔法だ。
たとえ2日に一回しか使えなくとも、使えるゴーレムがいるというだけで全然違うはずだ。
「はい、そのために彼女は何年もかかって何体もジャベックを作製し、その数は10体にもなりました」
「10体も?凄い!」
「はい、しかし、そのジャベックは複雑すぎて、ゴーレム作製を得意とする彼女以外には作製できなかったのです」
「そうなんだ」
「ええ、何しろそれはPTMを使える上で、高等な魔法ジャベックを作る技能の両方を必要としたので、他の人間たちには無理だったのです」
「なるほど・・・」
ただでさえ世界に10人いるかいないかの術と、さらに高等魔法ジャベックの両方を使える術者など確かにそうそういる訳がない。
一人でもいた事に驚き、感謝すべきだろう。
「しかし、やがて彼女は別の問題があり、メディシナーを去らねばならなくなりました。
彼女はそのような場合の事を考えていて、かねてより、PTMが可能なアイザックを作り始めていました」
「アイザックを?」
アイザックを作るのは相当難しいと、エトワールさんからも聞いている。
PTMを使えるアイザックを作るのは一体どれほど難しいのか、俺にはとても想像できない。
「はい、少しずつ作るのに何年もかかり、一体だけでしたが、何とかそれを作製するのに成功しました。
彼女はすべてをパラケルス・メディシナーとそのアイザックに任せ、メディシナーを去りました。
そのアイザックとジャベックたちは、今でもここで働いているはずです」
「そうなんだ・・・」
「こういった経緯もあって、このメディシナーでは、治療魔法、特に完全治療魔法の扱いは非常に特殊で微妙な物となっていったのです」
エレノアの長い話は終わった。
しかしこれほど凄絶な話とは思わなかった。
俺はエレノアに礼を言った。
「うん、よくわかったよ。
エレノア、説明してくれてありがとう」
「いいえ、御主人様に理解していただいて、私も幸いです」
今回の騒ぎと、このエレノアの説明で、俺はPTMという魔法がいかに貴重で、とてつもない騒ぎを起こす可能性の高い魔法だという事を改めて思い知った。
仇や疎かにこの魔法を扱ってはいけないのだという事もよくわかった。
俺は今後この魔法の扱いは、慎重の上にも慎重を重ねようと心に誓った。
今にして思えば、知らなかったとはいえ、単純にエレノアにこの魔法を使わせようとした自分の馬鹿さ加減が悔やまれる。
「やれやれ、本当に自分がいかに馬鹿なことをしていたか良くわかったよ。
でもこれでやっと僕たちも本来の治療訓練に戻れるね」
話を聞いた後、一応、ホッと一安心して話す俺に、エレノアは疑問を投げかける。
「そうでしょうか?」
「え?」
そして俺の考えは、またしてもまだ浅はかだった事が翌日になって判明したのだ。
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