0082 瞬間沸騰

 エレノアに例の娘を治療してもらった後、俺たちはそのままメディシナーで治療訓練をしていた。

その間、朝に宿を出る時はオフィーリアに変装して、無料診療所へ行き、宿に戻る時は、カーティフとオーレリーに戻る生活だ。

中々面倒だが仕方がない。

そして数日経った頃、来訪者が現れた。

俺たちが宿で夕飯を食べている時に、その来訪者は突然現れたのだった。


「ああ、やっと見つけた!カーティフさん!」


俺はその顔に見覚えがあった。

あれ?この人、確かあの母親だよな?

どうしたんだろう?

まさか娘の病気が再発した訳じゃないよな?


「おや?ルロフスさん、どうしました?」

「ずっと探していたんですよ!お礼をいいたくて!」

「お礼?それならこの間言っていただきましたから、わざわざこんな所までこなくとも?」

「あれがお礼だなんてとんでもない!

私はこれでもタヌーマの町では財産持ちの方でしてね。

娘を助けていただいたお礼は、キチンとさせていただきますぞ!」


そう言ってきたのは、あの父親ルロフスだった。


「それなら別にいらないと言ったはずです」

「いえいえ、それではわしの気持ちが収まりません。

どうかお礼を受け取ってください」

「そんな事よりも約束をキチンと守ってください。

あの事は誰にも話さないように!」


エレノアが厳しく言うと、途端にその夫婦の表情が曇る。

俺が驚いて問い詰める。


「まさか!誰かにしゃべったんじゃないでしょうね?」

「いや、それが・・その・・・」

「誰にしゃべったんですか?」


俺が問い詰めるより早く、そのルロフス夫婦の後ろからごつそうな男が出てきて、二人に話しかける。


「おう?こいつが、そのまじない師だか、天才医者だかか?」

「はい、そのう・・・」


その男の質問にルロフスさんがチラチラとこちらを見ながら決まり悪そうに答える。


「で、確か、奴隷の方だったな?」

「はい、そうです」

「よし、わかった!

おい!そこの奴隷、ちょっと俺と一緒に来い!」


そう言うが早いか、フードをかぶっているエレノアの腕を掴んで、強引に外へ連れて行こうとする。

もちろん俺が即座にその腕を掴んで、逆に相手を止める。


「待ってください!一体どういう事です?」

「あん?何だ、お前は?

俺は忙しいんだ!すっこんでろ!」

「何だも何もないでしょう!

いきなりやって来て、人を勝手に連れて行こうとするとはどういう了見です?」

「ああ、これはお前の奴隷か?

だったら後で礼はたんまりとしてやる!

とにかく今はこいつを借りていくぞ!

なんだったら俺が買ってやってもいい。

金貨千枚でどうだ?」


その態度に当然、俺は怒りがこみ上げてくる。

しかもたかだか金貨千枚で、俺のこの世で一番大切なエレノア様を売れだと?

許さんっ!!

エレノアに関する事は俺の沸点は恐ろしく低い。

しかも瞬間沸騰だ。

お前、今日は運がなかったな?

恨むなら自分を恨め!


「どういうつもりだと聞いているんだ!

お前!人の話を聞いているのか?」

「ああ?貴様、何様のつもり・・あだ、いだだだだだ」


俺は相手の腕を軽くひねってやった。

何しろ俺のレベルは今や200以上だ。

いっその事、折ってやっても良かったのだが、それは事情を聞いてからだ。

いつでもできる。

ふと思って相手のレベルを鑑定してみたが、レベル75。

なるほど偉そうにしているだけの事はある。

このレベルなら確かにそうそう逆らえる人間はいないだろう。

しかしレベル200を超える俺には無駄だ。

もっともその横にレベル685様がいるけど。


「何様のつもりはこっちのセリフだ!この屑野郎!」

「なっ!貴様!俺様の事を屑だと!

離しやがれ!何をする!」

「屑だから屑だと言ったまでだ!

貴様が俺の質問に答えれば離してやる!

離して欲しければとっとと答えろ!」

「な、何だと!あだだっだだ!」

「何ならもう少しひねってやろうか?」


そう言いながら俺は相手の腕をさらに捻り上げる。


「わ、わかった!話す!話すからやめてくれ!」


その言葉にやっと俺も手を離す。

男は手をプラプラさせて驚いている。


「で、どういう事だ?ちゃんと話せ!」


俺の激しい勢いに、相手も不承不承話し始める。


「それはだな、ここに何だか知らんが、どんな病気でも治せる天才のまじない師だか医者だかの奴隷がいると聞いてやってきたんだ」

「何でだ?」

「俺がその奴隷を連れて帰ろうと思ったからだ」

「はあ?何を言っているんだ、お前?馬鹿なのか?」

「馬鹿だと!貴様さっきから黙っていれば、一体どういうつもりだ!」


誰が黙っていたって?

やはり馬鹿なのか?

しかもエレノアを物扱いされて、俺の怒りは止まる所を知らない。


「馬鹿だから馬鹿だと言ったまでだ!

それと口の利き方に気をつけろよ?

また、なでて欲しいのか?」

「なっ!」


男が再び激高する所へ、ルロフスさんが出てくる。


「待ってください!私が話します!」


二人の間に割って入ってきた父親のルロフスに言われて俺も止まる。


「・・・伺いましょう」


ようやくこれで話が進みそうだ。

俺も落ち着いて話を聞く。


「実は大変申し上げにくい事ですが、数日前に、うちの娘があなた様たちに治療していただいた時、私は信じていなかったのです」

「はあ・・・」


まあ、それは知っていたけどね。


「何しろ、突然道端で妻が声をかけられて、完全治療魔法術でしか治らないと言われている娘の治療をただで治すと言われても正直信じられませんでした」


まあ、それも無理はない。

かなり胡散臭かっただろうしな~


「しかし、妻がせっかく来てもらったのだし、その時は藁をも掴む思いでしたし、ただならやらせてみても良い、そんな気持ちでした」

「それで?」

「あなた方が治ったと言っても、娘は眠ったままでしたし、その時はまったくわからなかったのです。

しかし翌日に娘が目を覚まして、元気に起きて私たちに声をかけてきた時には飛び上がるほど驚きました」

「ふんふん」


ちゃんと娘は元気になった訳だ。

それを聞いて俺は安心した。


「念のために町の医者に診せた所、完全に娘の病気が治っていると言われて、本当に驚きました。

そしてその時になって、我々は気づいたのです。

私はあなたたちに何と無礼で失礼な事をしてしまったのだろうと・・・

何しろどんな医者にも見離された娘をあっという間に治していただいたのに、ロクに礼もしないどころか、疑ってすらいたんですからね」

「本当に申し訳ありませんでした。

改めて御礼をもうしまして・・・」


父親に続いて母親のルロフス夫人も俺に謝る。


「まあ、それはいいですから、話の続きを」

「ええ、しかし、あなたと約束していましたから、私たちはこの事は誰にも言ってはいけない、秘密にしておくのだ!と、妻だけでなく、娘にも使用人にも奴隷にも硬く言いつけておいたのです」

「それで?」

「しかし、娘が元気になった事だけは隠せません。

うちの娘がついこの間まで重い病でベッドに臥せっていたのに、突然元気になって跳ね回っていれば、周囲はどうしても不思議に思うでしょう」


あちゃ~そう言われてみれば、そうだ、そこまで考えてなかったな~。

相変わらずこういう時の俺の考えって、浅いな~

俺は自分の浅はかさを改めて呪った。


「そうしてこのゴロウザさんが・・・この方は町の実力者なのですが、この方の息子さんも、以前からやはり重い病に臥せっておりまして、うちの娘がどうして元気になったのか聞かれたのです」

「しかし、誰にもお話しないという約束でしたよね?」


エレノアの厳しい追及に父親がうなずく。


「はい、もちろん、私もそれを言って、良い医者にかかったおかげだ、とだけ言って、訳あって、その人の事は話せないと説明したのです」


ふんふん、一応約束をがんばったのね?


「しかし、このゴロウザさんは納得しなかったのです。

なぜ話さないのか?自分の娘だけ助かればそれでいいのか?

と私を責め立てたのです」


まあ、それはこの人の気持ちもわからないではないな・・・屑とまで言ってごめんな。

俺は心の中でちょっと謝った。


「しかし、この人は最後には、どうしても教えないのならば、私の娘をどうにかしてやるとまで言い始めたのです」


ここに至って俺の怒りが再度湧き上がった。

前言撤回!やはりこいつは屑決定だ!

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