0081 PTM(完全治療魔法)
次の自由日になって、あの場所に一人で行ってみると、やはりまだ母親はいた。
娘のために諦め切れずに頼み込んでいたのだ。
エレノアは用心深く、自分はその場にいない方が良いと言って、宿で待機している。
俺は母親に近寄って話してみた。
「もしもし、あなたはここで何をしているのですか?」
「私の娘が病気になっているので、ここで頼んでいるのです」
どうやら格好をかなり変えている上に、エレノアもいないので、先日の人間とは気づかないらしい。
俺は一安心した。
「ふむ、それならば私が治療してみましょうか?」
「え?しかし、今までどんな御医者様にも見離されて、ここしか頼る場所がないのでございます」
「しかし、物は試しといいますからね、私の方法を一回試してはいかがですか?
もちろん成功しても費用はいただきません」
あからさまに胡散臭くはあるが、娘のために藁をもつかみたい気持ちだったのか、母親が俺の話に応じる。
「はあ、もし娘が助かるのでしたら、うちはいささか財産にも余裕はございますので、金貨の御支払いをしても良いくらいですが・・・」
「いえ、そのような物はいりません。
ただ御約束を一つだけして欲しいのです」
「約束?何でしょう?」
「例え私の治療で、娘さんが治っても、決してその事を誰にも話さないという事です」
「はあ、もちろん、娘の命が助かるのでしたら、そのような約束は簡単な事ですが・・」
「では、約束しましたよ?」
「はい、お願いいたします」
こうして俺とエレノアはこの母親の家に行き、娘を治す事となった。
町外れで、母親と待ち合わせ、エレノアと共に、娘の待つ町へ向かう。
馬車でタヌーマの街に着くと母親が家に案内する。
「ここがうちでございます。
申し遅れましたが、私はルロフスという者でございます。
夫はこの家の主でございます」
「ほう・・・」
これは家というよりも御屋敷だ。
ロナバールの俺の家よりも大きい。
確かにこの家はかなり裕福のようだ。
家についた俺達は主人をはじめ、家の者たちに紹介される。
「私の名はカーティフ、この奴隷はオーレリーと申します。
実はこのオーレリーが娘さんを治療できるかと思いまして、こちらに伺ったわけでして」
「はあ・・・」
俺の胡散臭い挨拶に主人が疑い顔だ。
まあ、そりゃそうだろうな。
どこの医者でも魔法治療士でも治せない病気を、そこらへんの変な若造と、顔も見せない奴隷に治せると言われたら普通は疑うだろう。
「あんたたちが?本当かね?」
「ええ、どうやって治すのか、その方法は秘密で申し上げられませんが、おそらく治せると思いますよ。
もちろん御代はいりません」
「代金も?本当に治せるのかね?」
「御疑いになるのは御自由ですが、我々もそれほど暇ではありません。
こうしてせっかく機会があって、お会いした訳ですが、不要とあらば、このまま退散させていただきます。
そして二度とお声はかけません」
正直これで追い返されるならそれはそれで良い。
自分でわざわざ隣町まで来ておいて何だが、相手に追い返されるならこちらもあきらめられるし、言っちゃ悪いが、俺の良心も痛まない。
親の反対を押し切ってまで、無理やり娘を治すつもりはない。
しかし俺がそっけない態度を取ると、さすがに父親の態度が変化した。
「いやいや、待ってくれ!
確かにせっかく来てくれたんだ。
ただちょっと妻と相談したい。
それ位は待ってくれるかな?」
「その程度はよろしいですが、手短にお願いいたします。
治療には時間がかかりますし、こちらも暇と言うわけでもありませんので」
「わかった。ちょっと待ってくれ」
主人と母親は奥に引っ込むと、話し合っているようだ。
最初は聞こえなかったが、段々と声が荒いできて、こちらまで聞こえてくる。
「だから、あんなのは胡散臭いと何回も言っているだろう!」
「それはわかります。
でも本当だとしたら、うちの子は助かるんですよ?
それにただなんです、別にお金を取る訳じゃないんだし、物は試しでやらせてみても良いじゃありませんか?」
「そこがまた胡散臭いと言うんだ!
どの医者にも魔法治療士にも匙を投げられて、もうあの子が助かるのは、メディシナーの完全治療魔法しかないんだぞ!
それもまだ順番は2年以上先なんだ!
それをその辺の流れ者がただで治せるなんて・・・」
「だからですよ!そこまであの子が持つかどうか・・・」
「わかった・・・お前がそこまで言うならやらせてみよう」
その後は声が聞こえなくなった。
それからしばらくすると二人は出てきて俺達に挨拶した。
「やあ、待たせてすみませんな。
では娘の治療をお願いする事にいたします」
ニコニコと笑顔で主人が俺に話す。
う~ん、この主人中々身代わりが早いな。
まあ、でも詐欺師か何かと疑われて追い返されるよりはましか。
「承知しました。では、早速始めましょう」
その俺の言葉に主人が驚く。
「え?もうできるのですか?何か道具とかは?」
「はい、大丈夫です。道具も全て用意してあります。
ただ、この治療は極秘の方法ですので、治療している間は皆さんは部屋の外に出ていていただく必要があります。
その時間は数時間はかかりますが、よろしいですね?」
「そりゃその程度、別にかまいませんが・・・」
「では、早速治療を行いますので、娘さん以外は部屋の外に出てください」
「はい」
部屋から家の人間がゾロゾロと出て行くと、俺がエレノアに話す。
「オーレリー、全員出て行ったぞ、大丈夫だ」
「わかりました、では・・・」
エレノアが睡眠魔法をかけると、娘はあっさりと眠る。
これでどんな魔法を使ったか、いや、どんな方法で治ったかは、誰にもわからないはずだ。
さらに念のために誰も入って来れないように結界魔法を張る。
そうした後に、エレノアは複雑な長い呪文を唱え始める。
これほど長い呪文を聞くのは初めてだ。
やがてそれが終了すると、子供の体は全体が輝き、光に包まれる。
「終わったの?」
「はい、終わりました。
この子は目が覚めたら元気になっているでしょう。
しかし治療時間をごまかすために、もう少しはこの部屋にいましょう」
「わかった」
俺たちはしばらくその部屋にいたが、やがて数時間後にエレノアが俺に告げる。
「そろそろよろしいでしょう」
「では終わったと知らせるか」
エレノアが結界魔法を解き、俺は親を呼ぶと、治療が終わった事を告げる。
「終わりました、これで娘さんは元気になる事でしょう」
あまりにあっけなく終わったのが信じられないのか、主人がキョトンとした顔で俺に尋ねる。
「あの・・・本当にこれで・・?」
「はい、大丈夫なはずです、うちの奴隷の秘術は成功しました。
しかし約束は決して忘れないでくださいよ?」
「はい、それはもう・・・あの、ありがとうございました」
「ありがとうございました、あの、お礼の方は本当に?」
「いりません、謝礼が欲しくてした訳ではありませんので。
但し、くどいようですが、誰にも話さない約束だけは必ず守ってください」
「はい・・・」
狐か狸に化かされたように夫婦はキョトンとしたままで、お座なりに礼を言った。
まあ、確かにこれじゃ治ったのか、どうかわからないわな。
しかし俺としては一人の少女の命を救えたので満足だ。
別に頭をペコペコ下げてもらいたくて助けた訳じゃない。
こうして俺、じゃなかった、エレノアが人助けをして、俺も満足だった。
「では、これで失礼します。
娘さんが元気になったら、おいしい物でも食べさせて、体力をつけてあげてください」
「はい・・・」
こうして俺たちはルロフス家を辞去し、メディシナーの宿に戻った。
俺がエレノアに感謝して話す。
「ありがとう、エレノア!おかげであの親子も救われたよ!」
「いいえ、これも御主人様のおやさしさです」
「そんな事ないよ、僕のわがままを聞いてくれたエレノアのお陰だよ!
じゃあ、これからどうする?
宿も元の宿に戻して訓練を続けるかい?」
「いえ、できれば宿はこのままにして、名前も今のまましばらくは、いえ、少なくと今回メディシナーのこの宿にいる間は、カーティフとオーレリーにしておいてください。
街中でも決して私をエレノアとはお呼びしないように注意してください。
無料治療所に行く時は、少々面倒ですが、途中で変装を解いて、オフィーリアに戻りましょう」
「うん?それは別に構わないけど?」
一体、どういう事か、その時の俺にはわからなかった。
エレノアはずいぶん用心深いなと思っただけだった。
しかし、数日後に俺は自分の愚かさを思い知るのだった。
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