0080 驚異の完全治療魔法
こうして俺とエレノアは臨時魔法治療士として忙しい日々を送っていた。
そんなある日、俺たちが宿から働いている無料診療所までの行く途中、道端で大声で頼んでいる母親らしき人間がいた。
「お願いでございます!どうかうちの子を助けてやってください!」
「ですから、何度も説明しているように、それは無理なのです」
「どうか!どうか、そこを曲げて!」
「無理な物は無理なのです!御引取りください。
いくらここに居ても無駄ですよ」
そう言うと、その家の者はピシャリと門を閉めた。
「お・お・お~~」
俺はそれを見ていて可哀想になってきた。
「あれは一体何なんのかな?」
「おそらくは母親が子供の治療を断られたのです」
いつになくエレノアの返事は冷たい。
「え?そうなの?助けてあげないの?」
「はい、この町ではよくある事です」
「え?だって、あそこは治療魔道士の家なんでしょ?どうして助けてあげないの?」
「それはまあ、お金がないとか、魔法治療士の都合がつかないとか、その他にも色々理由がありますね」
「そうなんだ・・・」
それで俺は一応納得はしたが、釈然としない物は残った。
診療所からの帰り道、驚いた事に、まだその母親はそこにうずくまっていた。
気になった俺は、その女性に話を聞いてみた。
「どうしたんですか?」
「あなたは?」
「いえ、単なる通りがかりの者ですが、先ほどもここで見かけたので、どうしたのかと思いまして」
「そうですか・・・醜態を晒し、心配までしていただいて、申し訳ございません。
実は私はこの近くのタヌーマという町に住む者ですが、娘が難しい病気にかかってしまいまして、その治療にお願いにあがっていたのですが、断られてしまって、途方にくれている所なのです」
「治療に?どうして治療してもらえないのですか?」
「本日の治療は終わってしまったのです」
「ならば明日来れば良いじゃありませんか?」
「いえ、明日来ても同じなのです」
「なぜですか?」
「ここメディシナーでは重病の患者は治療する順番が決まっていて、私の娘の順番はずっと後なのです。しかし、娘の命がそれまで持つかどうかわかりません。
それでここに直接きてお願いをしていたのですが、どうしても受け付けていただけません」
「他の所へ頼みに行ってはいかがですか?」
「実は娘の治療をするのは非常に難しく、その治療ができる魔法治療士はこのメディシナーでも全部で5人ほどしかいないらしいのです。
しかもそれがどなたかなのかはわかりません。
しかし、はっきりとはわからないのですが、どうもここがその治療が出来る方の御屋敷らしいので・・・
御迷惑と知りながらこうしてお願いに上がっているのです」
「そうだったのですか・・・」
「お騒がせして申し訳ございません、一応また明日にお願いにあがってみます」
「いえ、大変でしょうが、気をつけてください」
「はい、ありがとうございます」
宿に帰って俺はエレノアに聞いてみた。
「ねえ、さっきの人は、どうして他の医者にかかろうとしないんだろう?」
「おそらく、あの女性の娘は「完全治療魔法術」すなわち「ペルフェクタ・テラピオ・マギア」でないと治らない、難しい病気なのでしょう」
「完全治療魔法術?」
その魔法には聞き覚えがあるぞ?
それって確か、神様に聞いた凄い魔法だよな?
一生の間にその術者にも会えないかもしれないとか、会えてもその魔法を使ってもらえるかどうかは別だとか説明された、幻みたいな存在の治療魔法だったはずだ。
「はい、略してPTMとも言われ、回復治療魔法で、もっとも高度で難しい魔法です」
「え?PTM?
それって、この間、どっか遠くから来た若い患者がやってくれって喚いていたアレ?
アレって、そんなに難しいんだ?」
あの時の患者も、やってもらっただけで自慢できるみたいな事を言っていたし、たしか神様も、それが使える人間は、全アースフィア世界でも、それこそ10人いるか、いないか、みたいな事を言っていたしね?
「ええ、そうです。
どうやら先ほどの話からすると、この町にはそれを使える魔法治療士は現在5人しかいないようですね。
昔はもう少しいたのですが・・・もっとも5人いれば多いほうですね。
PTMが使える魔道士は世界でも数えるほどしかおりませんから」
「そんなに少ないんだ?」
「ええ、何しろ非常に高度な魔法ですから、その魔法を使える術者が常駐している場所は、ここと帝都とマジェストンしかございません。
そこでもほんの数人で、ここが一番多いでしょう」
「・・・ひょっとして、エレノアはそれを使えるの?」
このスーパーエルフなら、もしやと思って俺は聞いてみた。
「はい、僭越ながら・・・」
そんな高度な魔法も使えるとは!
さすがエレノア!
おれたちにできない事を平然とやってのけるッ!
そこにシビれる!あこがれるゥ~!
「え?じゃあ、さっきの人を・・・」
俺が全てを言い終わらないうちに、驚くほど激しい勢いでエレノアがとめる。
「いけません!」
「えっ?」
そのエレノアの激しい言葉に俺は驚いた。
あまりの事にビクッ!として固まったほどだ。
エレノアがこれほど激しく俺を止めたのは、これが初めてだ。
「先ほどの親子を助けろとおっしゃるのでしょう?」
「うん、そうだよ、だって可哀想じゃないか?」
「御主人様の御気持ちはわかりますし、とても御優しいのはわかりますが、それはなりません!
私がその魔法を使える事も、決して誰にも話してはなりません!」
「どうして?」
誰にも話してはいけないのはわかるが、どうして助けてはいけないのだろうか?
「この町には、この町の掟があるのです。
それを余所者の我々が破ってはいけません」
「え?だって人を治すだけだよ?
それがいけないの?」
俺にとって人を治療するという事は、もっとも優先すべき基本的な事と思われたので、それを質問してみた。
しかしエレノアは驚くべき返事をする。
「はい、いけません」
そのエレノアの言葉に俺は心底驚いて聞いた。
「どうして?」
俺自身、人どころか、馬がかわいそうで、馬の治療を魔法でした事すらある。
確かにこの間はケット・シーを治療してしまって、治療所が大変な事になってしまって反省したが、今度は人間なのだ。
そりゃ無制限に患者の治療が出来ないのはペロンの時の事で俺にもわかる。
しかし、俺は知ってしまったのだし、エレノアが治せるのならば、見てみぬふりをするのもかわいそうだ。
いくら何でも人間を見捨てるとはあまりにもかわいそうだと考えて聞いてみた。
「だって今度は猫でも犬でもないんだよ?
人間なんだよ?
助けて当然じゃないの?」
「人間だからこそです」
「え?どういう事?」
俺にはエレノアが言っている意味がわからなかった。
犬猫ではなく、人間だからこそってどういう意味だろう?
「ただの回復治療魔法ならば、どうという事はないでしょう。
しかしあの子に使うのは「PTM」すなわち「完全治療魔法術」なのです。
それが大きな問題となります」
「問題?どうして?」
「仮に私がそれを治したとします。
その後で、どうなると思いますか?」
「え?娘の病気が治って、あの母親も喜ぶと思うよ?」
「もちろん、それはその通りです。
私が言っているのは、その後です」
「え?その後?何が起こるの?
また娘の病気が再発するとか?」
「それは大丈夫です。
起こるのは別の事です」
「何が起こるの?」
「完全治療魔法術というのは、先ほども説明した通り、世界に数えるほどしかいない、とても高度な魔法です」
「うん、それをエレノアは使えるんだよね?
本当に凄いと思うよ」
俺は素直に感心して言った。
「ありがとうございます。
しかしその魔法の使い手は、ほんの数人と限られているのに、その呪文でしか治らない病気の人は何千人、何万人といます。
どうなりますか?」
「あ・・・」
ことここに至って、馬鹿な俺にもようやく理解できた。
そう、そんな少人数で、そんな膨大な数に対応ができる訳がないのだ。
その結果どうなるか?
順番争い、脅迫、賄賂・・・その他、確かに俺には想像もつかない事が起きそうだ。
犬ならばキャインと泣くだけで終わりだ。
しかし人間はそうはいかない、自分がその治療をして貰えなければどうなるか?
妬み、嫉妬、恐怖、怒り・・・確かに何をするかわからない。
場合によっては、それこそ逆恨みで、その魔法治療士を殺しかねないだろう。
まさにエレノアが言った通り、人間だからこそだ。
それはわかる。
それでも俺は知ってしまったからには、あの母親の力になってやりたいと思った。
しかしそんな俺にエレノアは言い含めるように話し続ける。
「おわかりいただけましたね?」
「うん、でも・・・」
「いけません!」
俺が何かを言おうとすると、またもやエレノアがピシャリと俺を止める。
しかし俺は話の続きを始める。
「うん、エレノアが言う事はわかるし、当然だと思うけど・・・
僕にはやっぱりさっきの人たちが可哀想で・・・」
「それは私にもわかります。
しかし例えば、もしあの母親の娘を私が治したとして、御主人様は、あの母親にいくら請求なさるおつもりですか?」
エレノアの突然の質問に俺は再び驚いた。
「え?いくらって・・」
当然の事ながら俺は善意のつもりだったので、金など取るつもりなどなかった。
考えてみれば自分では何もしないくせに、人には世界でも一握りしか出来ない、極めて高度な魔法を使わせておいて善意とはお笑いだが、エレノアに言われるまで、俺はそんな簡単な事すら考えていなかったのだ。
やはり、俺は馬鹿だ。
「PTMの相場は最低でも金貨百枚程度から始まって、場合によっては二千枚以上にもなります。
しかも、それですら待ち期間はこのメディシナーでも1年はざらです。
ここでの順番待ちを飛び越えて治療すると言うのであれば、金貨三千枚以上になっても不思議ではありません。
御主人様はそれをあの母親に請求できますか?
あの母親は果たしてそれを支払えるでしょうか?」
金貨三千枚って・・・どこのブラックジャックだ?
俺はそんな悪どい事をするつもりはないが、エレノアの言う事は全て正しい。
確かに一年も待ってやっと治療してもらえるものを、そこら辺の流れ者がホイッとやっちゃあいけないよなあ・・・
しかもそれをやれば、誰かの稼ぎを最低でも金貨100枚分は奪い取る事にもなるのだ。
ううむ・・・聞けば聞くほど、考えれば考えるほどに、エレノアは正しい。
さすが伊達に500歳を超えていないな。
自分が浅はかなのがよくわかる。
「それに一番の問題は、ここにPTMが使える魔道士がいるとわかれば、大変な騒ぎになります。
御主人様のご命令とあらば、もちろん逆らう気はございませんが、私にはおすすめできません」
エレノアがここまで言うからには、確かに大変な事態になるに違いない。
しかしあきらめきれない俺はさらに提案をしてみた。
「うん、そうか・・・じゃあさ、こうしたらどうかな?
あの人たちにこっそり、エレノアがその魔法を使える事を話して、その娘が治っても絶対に僕たちの存在を言わないように約束させるんだ、それならどうだろう?」
つまりさしあたって、こっそりとこの母子だけを助けて、大勢の人が知ったり、噂が広まらないようにすれば良いだろうと考えたのだ。
その俺の提案に、エレノアは首を横に振って答える。
「それでも私はおすすめできません。
そもそもその母娘が我々との約束を守る保証が、どこにもありません」
え?そこまで疑う?
確かに噂が広まらないように慎重に事を運ぶべきだとは思うが、今日のエレノアはいつになく厳しいなあ・・・
「そうかなあ?
娘の命を助けてもらえるんだよ?
約束くらい守ると思うけどなあ?」
そう話す俺に対して、エレノアは子供に諭すように辛抱強く、俺に説明をする。
「大変失礼な言い様で申し訳ございませんが、御主人様はまだ御若く、残念ながらまだ世間という物をお分かりになってない部分もございます。
憚りながらエレノアは御主人様の事が心配でたまらないのです」
う~ん、俺を心配してくれるのはよくわかるんだけどなあ・・・
俺はエレノアの忠告は聞き入れたいが、この母子を助けてあげたいとも思う。
両方を満足させる方法は何かないだろうか?
だが、これほど、頑強なエレノアは初めてだ。
しかし御若いと言われても、一応、俺はこれでも前世で40年以上生きてきた記憶がある。
そりゃまあ、もちろん俺の10倍を超えた五百年以上も生きている人には負けるけどね。
それでも多少なりとも世間という物を知っているつもりだ。
そう考えると、俺はなんとなく意地になってしまった。
「では、こうしたらどうだろう?
魔法を使って治すとは言わないで、方法は説明しない。
だから何で治ったのかは相手にはわからないだろう。
母親にはもちろん、他の誰にも魔法を使う所は見せないし、娘の方は治療魔法を使う前に眠らせてしまおう。
その上で絶対誰にも話さないという約束をさせて、もし話したら今後、仮に娘が他の病気になっても、二度と治療をしないというのはどうだろう?」
これならば周囲にエレノアの能力が漏れないで、母子を助ける事が出来るのではないだろうか?
俺の一生懸命な説明に、エレノアがどうやら折れたらしい。
「・・・承知いたしました。
御主人様がそれほどおっしゃるのであればやってみましょう」
「え?本当?」
「ええ、エレノアは嘘は申しません」
「やったー、ありがとう!エレノア」
喜ぶ俺にエレノアが釘を刺す。
「ただし、もういくつか条件がございます」
「何?」
「まずは宿を変える事、もう少し質の高い宿にして、宿帳を記入するような宿に泊まり変えます。
そしてそこでは、さらに私は別の偽名で宿帳に登録し、御主人様も偽名で登録してください。
服も今の服ではない物に着替えてください。
それこそ誰が見ても我々とわからないほどに。
私も格好を変えます。
もちろん、その親子と会う時は、その偽名で会っていただきます。
それを御約束ください」
「うん、構わないよ」
つまり変装して身分を偽れという事だな?
それほど用心するとは驚きだが、エレノアに無理を言っているのだ。
それ位はもちろん、御安い御用だ。
俺は早速、服を変えて宿を引き払うと、別の宿に変えた。
(え~と、偽名か・・・何にしようかな?)
偽名と考えて、俺は昔の好きな小説の作品からカーティフとオーレリーにしておいた。
両方ともそれぞれの小説で、主人公が名乗っていた偽名だ。
俺は宿帳に流れるような字でカーティフと奴隷のオーレリーと書いて、投宿する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます