0079 緊急石化治療

 いくつか失敗もあったが、俺も随分と診療所の生活に慣れてきた。

無茶な事を言ってくる患者のあしらいも手馴れてきて、最近は我ながら順調だ。


ある日、俺とエレノアがいつものように治療をしていると、突然ステファニーさんと、ルーベンさんが治療室に入ってきた。


「シノブ治療士、オフィーリア治療士、急いで所長室へ行ってください。

所長がお二人を緊急にお呼びです。

ここは私とルーベン治療士でみますから」

「おう、何だか詳しい事は俺たちも知らないが、急な用事らしいから早く行ってくれ!

ここは任せな!」

「わかりました、お願いします」


俺とエレノアが所長室へ行くと、そこには所長と副所長たちの3人が待っていた。


「待っていましたよ、二人とも」

「どうしたんですか?」

「実は南西のコカトリスの巣窟で、コカトリスが大量発生したのです。

それが集団で南東へ移動しました。

折悪しくその南東の草原で、初等魔法学校の生徒たちが課外実習をしていたのです。

引率していた教師たちは急いで引き上げさせたのですが、それでも相当被害が出た様子です。

現在確認されているだけでも50人以上の石化被害者が出ている様子です。

すでに魔法協会から派遣された討伐隊により、コカトリスは全滅しましたが、現場から被害者たちが続々と運ばれています。

被害者を一箇所に集めて治療するために、第五無料診療所が治療場所に指定されました。

現在第五から各診療所へ応援を頼んでいます。

石化解除のために、各診療所からは最低でも副所長クラスを一人は応援に欲しいと言って来ています。

うちも私とライトン副所長で即座に応援に駆けつけようとしたのですが・・・」

「俺が止めたのさ」


オーベルさんがニヤリと笑って答える。


「え、何故です?」

「石化解除なら、うちには俺たちよりも、よほどうってつけの治療士がいるってね」


オーベルさんの言葉にレオニーさんがうなずいて答える。


「確かに言われてみればその通りで、私とオーベルが二人で行くよりも、オフィーリアさん一人の方がよほど現場で役に立つでしょう。

そこへシノブさんも加われば、二人で五人分以上の働きになるはずです」

「そういうこった。

役立たずな俺たちは、君たちの代わりにこっちの患者の面倒を見るから、現場の方には君たちが行って、うちの名を轟かせてきてくれ」


オーベルさんの言葉にドロシー副所長が抗議する。


「オーベル!あなたはともかく、所長を役立たずとは失礼です!」

「いえ、構いません。

私とオーベルが行っても、この御二人より役に立たないのは事実ですから。

うちとしても流石にそれ以上の人間を割く訳にはいかないので、御二人にお願いします」

「わかりました」

「では、すでに表に第五から馬車が迎えに来ていますから、急いで行ってください」

「はい、わかりました、オフィーリア、行こう」

「はい、かしこまりました」


俺たちが馬車に乗ると、馬車は即座に急いで走り出し、五分ほどで第五無料診療所へ到着する。

入り口には案内の人がいて俺たちを迎える。


「応援の方ですか?」

「はい、第三診療所から来た者です」

「お待ちしておりました、こちらへどうぞ」

「所長、第三の方から応援が参りました!」

「おう!レオニー嬢ちゃんの所か?

助かったぜ!来たのは誰だ?」


第五診療所の所長らしい人の問いに俺たちが答える。


「臨時治療士のシノブ・ホウジョウです」

「同じく臨時治療士のオフィーリアと申します」

「ああ~ん?臨時治療士だあ?ふざけてんのか?

今回応援に頼んだのは石化解除だぞ?」

「大丈夫です。我々は石化解除が出来ますので、レオニー所長に言われて来ました」

「石化解除が出来る?

まあ、それならいいが、それじゃ早速、こっちに来てやってくれ!」


大ホールのような場所へ行くと、そこは彫刻展覧会のようになっていた。

石、石、石・・・何十もの石像が並べられている。

おいおい!本当にどんだけ石像があるんだよ!

これが全て人間かと思うと驚きだ。


「運んできた奴から順にベッドに寝かせている。

片っ端から解除していってくれ」

「承知しました。

では早速こちらの三人から始めましょう」


エレノアの言葉に所長がいぶかしがる。


「三人?どういうこった?」

「御覧になればわかります。

御主人様、そちらの方をお願いします」

「わかった」


俺が石化解除を始めると、エレノアもすぐに解除を始める。

以前、レオニー所長たちに見せたように二人同時にだ。

それを見た第五診療所所長が驚きの声を上げる。


「何っ?高速石化解除で、しかも二人同時にだと?」


所長が驚いている間にもエレノアは最初の二人の解除を終わり、次の患者の石化解除を始める。


「終わりました。次に行きます」

「もう終わっただと?そんな馬鹿な?」


驚いて、エレノアの作業を見つめる第五所長の前で、再びエレノアは石化解除を二人同時に終える。


「次です」


さらにエレノアが3組目の石化解除を終わる頃に、俺もようやく一人目の解除を終える。

エレノアに比べればまだまだだが、俺も第三無料診療所での修行の結果、相当石化解除の速度も上がった。

今やレオニー所長よりも早くなった位だ。


「こちらも終わりました。次に行きます」

「何ぃ?こっちも、もう終わっただと?」


驚く所長に、第五の関係者らしい人物が、声をかける。


「所長!所長も早く石化解除を!」

「おう、そうだった、驚いてつい忘れる所だったぜ」


俺たちが石化解除をしている間にも、石化患者は次々と運ばれてくる。

まるで野戦病院だ。

もっともここは「緊急の第五」だ。

これほどの規模ではないにしろ、いつもこんな感じのようだ。

しかし各診療所の応援もやってきて、石化解除もはかどった。

そしてどこの応援で来た人間もエレノアの石化解除を見て驚いていた。

しかし、それに刺激されてか、争う様に全員が石化解除を行った結果、被害者の数にも関わらず、予想よりもはるかに短い時間で全員の治療が終わった。


応援に来た全員が応接室に通されて、第五所長自らが労をねぎらう。


「皆さんのおかげで想像以上に短い時間で全員の治療を終えました。

感謝しますぞ」

「何の何の、今回の殊勲者は第三のお二人ですよ」

「確かに第三の御二人、それもオフィーリアさんでしたかな?

彼女の石化解除には驚いた!」

「恐れ入ります」

「何と言っても高速石化解除で、しかも二人同時!

我々の六倍から八倍の速度で、二人を同時ですから実質十二倍以上の速さで石化を解除していた訳ですからな!

この目で見ていなければ、信じられないほどです」

「ははは・・全くだよ、俺は最初来た時にふざけてんのかと思って怒ったぜ?

あそこは粒よりが揃っているのに、何だって臨時治療士なんぞ寄越したのかって」

「粒より?」


俺の疑問に第五所長がうなずいて答える。


「ああ、あんたんとこの所長と副所長たちは、3人とも魔法高等学校を揃って首席、次席、三席で卒業した有名人だ」

「そうだったんですか?」


いかにも優秀そうなレオニー所長や、真面目で勤勉なドロシー副所長はともかく、頭は良いけど、のほほんとしたオーベル副所長もそんなに優秀な人だったとは、ちょっと意外だ。

それにしても首席で高等魔法学校を卒業とは、レオニー所長はさすがだなと思った。


「ああ、だから今回は大きな戦力になると思って期待して応援を頼んだんだ。

だが、それで来たのが、こう言っちゃ悪いが、得体の知れない女と、まだ中等学校に通ってそうなガキ、おっと失礼・・・少年と来たもんだ。

俺は舐めてんのかと思ったぜ。

ところがどうだ?

その臨時治療士二人が、あのエリート3人組より優秀ときてやがる!

俺は夢でもみているのかと思ったね?

全くお前さんたちは大したモンだ。

第三を辞めて、うちに来て欲しいくらいだぜ!」

「ははは、それは何もオイゲン所長だけじゃありませんよ」

「全くです。

私も駆けつけたら二人同時に石化解除をしている人がいるのを見て、たまげましたよ。

うちに欲しいくらいです」

「全く、第三にはとんでもない隠し玉がいましたな!」

「あの3人だけでもとんでもないのに、こんな人たちまでいるとは・・・」

「そういえば、この御二人はあのジャベックを開発した人なのではないですかな?」

「ああ、ホウジョウ式ジャベックか?」


ホウジョウ式ジャベックだって?

俺の開発した行列整理用ジャベックは、もうそんなに話題になっているのか?


「ええ、それです」

「はい、確かにホウジョウ式行列整理ジャベックは私が考案した物です」

「やはり!こんな二人がいるとは本当に第三が羨ましい」

「しかし、この二人を送り込んできたのは、レオニー所長ではありませんな?」

「そうだな、あの真面目御嬢様所長はこんな事は考え付かん。

要請を受けたら、自分で来ようとするだろう」

「ドロシーはレオニー以上の堅物だ。

こんな事を思いつくのはオーベルの野郎に間違いないな。

そうだろう?ホウジョウ治療士?」

「はい、レオニー所長は最初、御自分でこちらに来ようとしていたらしいのですが、オーベル副所長が止めて、私達を派遣しました」

「やっぱり!あのガキの考えそうなこった!」

「私達の度肝を抜いて驚かせたかったんでしょうな」

「まんまと奴の思惑通りになったのが、ちょいと悔しいぜ!」

「ははは、私はこんな滅多に見れない技が見れて感激しましたよ」

「そう言えば、確か最近第三にはケット・シーの治療士がいるとか聞きましたが?」

「そうそう、それもオーベル君が採用したとレオニー所長が言っていましたね」

「はっ!全くあんにゃろうは、変わった事や人の度肝を抜く事には目が無いからな!」

「そうですね、私もその場に居合わせましたが、オーベル副所長は大喜びで採用していましたね」

「ははっ、まあ、ケット・シーは幸運を招くと言いますからな」

「確かに!うちにも来たら是非採用したいですな!」



こうして無事に石化解除の件も終わり、俺たちは第三無料診療所へと帰った。

どうやら俺たちは五つある無料診療所で、そこそこ有名人になったらしい。

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