3 指輪を磨いて魔力アップ

 ガンガン!ガンガン!俺は狂ったように牢獄の鉄扉を叩いた。反応はない。

 ガンガンガンガンガンガンガン!もっとだ!


 重い音がして、とうとう鉄扉が開かれた。二人の牢番のうち片方が、恐い顔をして入ってきた。さすがにダークエルフ、とんでもねえ体格だ。少し緊張する。

 俺は左手で、侮辱的なハンドサインを作って見せた。ちょっと口に出せないような意味だ。案の定、牢番の顔が怒りに曇った。

「この野郎…。"待遇改善"をお望みのようだなぁ?歯を食いしばれよ!」

 牢番はトゲトゲの戦棍メイスを振り回して跳びかかってきた。


 俺はすかさず牢番に右手をかざす。さぁオベタルよ、力をくれ!そう念じて親指のルビーを叩いた。

「グァアアアァァ!!」

 牢番は絶叫し、仰向けにドサッと倒れた。胸から上が火の玉でこんがり焼かれている。


「おい、どうしたァ!?なんだこの野…グァアアアァァ!!」

 駆けつけたもう一人も始末した。こりゃすげえ。


 こうして俺は呆気なく氷の塔を脱出した。外に出ると見渡す限り雪原だ。俺は牢番の体から防寒着と厚いブーツをはぎとった。ずいぶんブカブカだがこの際しょうがない。


「南にずっと行くと町があるんだ。少し遠いけど頑張ろう!」

 モローグの案内で、俺は雪中の厳しい旅をはじめた。牢番の交代が来るまでにできるだけ遠くに離れ、少しでも早く逃げなきゃならない。

 倒した牢番のポーチから奪った保存食で腹を満たし、火術で雪を溶かして小さな部屋を作って休みながら、南へ進んだ。モローグが持ってきてくれた指輪がルビーで良かった。そうじゃなかったら凍え死んでたぜ。


 そして三日後。へとへとになりながら、ようやく町に着いた。牢番からはぎとった金で宿屋におさまり、寝まくった。

 翌日は町で慎重に聞き取りをした。声が出ないので身振り手振りや筆談に頼ることになり、えらく時間がかかったが、町人は気さくでいろいろ教えてくれた。どうやら北に氷の牢獄があることは誰も知らないらしい。冥王ダーク・ロードの秘密施設のようだ。


 この町まで捜索の手が伸びている気配もないので、俺は安心して次の仕事─指輪集めに取りかかった。

 町には雑貨屋があって、アクセサリーも豊富に置いてある。だが問題は、金だ。左手の分を揃えるにはかなり金がかかるし、モローグの言ってた腕輪にしてもそうだ。困った。こんなときは…。


「稼がなきゃね~。」モローグが念話テレパシーで言った。

 大魔術師は霊体の自由さで、俺と一緒に行動したり、しばらく姿を消したりとせわしない。だが仲間がいるのはだいぶ心強い。

「そうだな。こんなときは魔物狩りで金稼ぎと相場が決まってる。」

「やっぱりそうだよね。あたしの時も一緒。今は右手の火術しかないけど、コツコツやろうね~。」


 そうしてしばらく金稼ぎの生活が続いた。

 ルビーを叩いて火炎を放ち、そこいらの魔物を蹴散らして角やら皮やら戦利品を獲る。売れるものを何も落とさない時もあるし、失敗して消し炭にしちまうこともあった。なぜか魔物が金貨を落とすこともあった。世界の七不思議のひとつだ。


 しばらく魔術を放つとマナが枯渇して疲れ切ってしまうから、飯を食って宿屋で寝る。その繰り返しだ。俺はだんだんと指輪魔術の感覚に慣れてきたし、朝に出かけて行っては戦利品を担いで戻ってくる口のきけない俺に、町の人も慣れてきた。


 ある日、雑貨屋を覗いていると、主人が声をかけてきた。

「あんた、その指輪だが、磨いてやったほうがいいんじゃねえか?料金、安くしとくよ。」

 そういわれればそうだ。指輪はずっと黒ずんだままだ。俺は頷き、主人に指輪をあずけた。

 小一時間で、指輪はピカピカに輝いて戻ってきた。俺は着飾るために嵌めてるわけじゃないが、まぁ気分だけでも上がるってもんだ。


 と思ったが、それが大きな思い違いだった。狩りに出て、デビル・ウルフに向けて右手をかざしルビーを叩くと、白く輝く銀の表面をいつもよりまばゆい光が走った。小指の指輪も激しく脈動し、より激しい火炎が噴き出したのだ。デビル・ウルフは盛大に吹っ飛んだ。

「ワ~オ…大発見!」モローグがあんぐり口を開けた。「磨いてやると威力もあがるんだねえ。オベタル神は金属を愛するから…丁寧に扱うと心が伝わるのかもね~。」


 こうして指輪魔術の極意をもうひとつ掴んだ俺たちは、金稼ぎの効率も加速した。


 そして遂に迎えたこの日、俺は溜まった金を持って雑貨屋に突撃した。モローグと相談しながら─ちなみに霊体の魔術師は俺にしか見えていない─左手用の指輪をいくつも買い込んだ。

 ちょうど良い宝玉付きのものはエメラルドしかなかったため、左手は必然的に電術に決まった。

 さらにモローグの勧めで腕輪も買った。金額的に左右ひとつずつしか買えなかったが、腕輪を嵌めることでマナの消費が抑えられるらしい。

 稼いだ大金をほとんど雑貨屋につぎ込んだため、主人はずいぶん嬉しそうだった。


 稼いだ金で服装も整え、魔術師としてふさわしい装いをした俺は、この町に別れを告げた。

「ショーキ、頑張ったね~。」すっかり俺の師匠におさまったモローグは嬉しそうだ。「次の目標は、ここから南西に向かって川を二つ越えた先にある鍛冶神殿ヤデム・エリムだよ。」


「ヤデム・エリムか。鍛冶神ヤデムのお膝元、戦士が加護を求めて来る都市だな。」

「そう。元来あたしたち魔術師には縁のない土地だけど、今は違う。キミに必要なのは今や魔導書じゃなくて、指輪なんだからね。腕のいい職人が待ってるよ!」


 道中、ピカピカに磨かれた指輪は素晴らしい威力を発揮した。俺は右手の火炎と左手の電撃を使いこなし、魔物や野盗を倒していった。

 腕輪の効果も、少しだが感じた。若干マナの消耗が和らいだのだ。

 モローグによれば、腕輪の力というのもマナの消耗緩和だけでなく、威力のさらなる増幅や、エレメントの反転など、様々らしい。

 さらに金属や宝玉のペンダントでもオベタルの力を引き出せるとのこと。だが、その辺りの詳細は古文書のさらなる調査が必要だとモローグは言った。なにしろ古い神だから、資料があまり無いそうだ。


 オベタル神についてさらに調査を進め、指輪魔術の可能性を広げるのも俺たちの重要な仕事だ。前途は長いがやる気は十分。

 いっぱしの魔術師に戻った俺は、意気揚々と足を踏み出した。


 やってやるぜ!

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