2 指輪魔術の基本理念

「よ~し、それじゃ始めるか~!」

 俺の食事が終わると、大魔術師モローグは勢い込んだ。霊体になってしまった彼女はずいぶん恨めしそうに食べ物を見ていたが、まぁこの食事は羨まない方がいいと思った。安定してまずいからだ。


 正直モローグの話は眉唾物だと思ったが、せっかくだからちゃんと聞いてみることにした。どうせここで一生やることもないし、話し相手の存在だけでも有難いもんだ。


「まずオベタル神だけどね、古い古い坑道の神で、金属や宝玉が大好きなのよ。オベタルは金属の声を聴くことができるから、術者は金属の声を届ける必要がある。」

「金属の声?鉄をガンガン叩くとか?」

「いやー、そこが本題。この指輪なのよ。」


 俺は古びた指輪をいくつか手に取ってみた。すっかり黒ずんでいるが、銀の指輪らしい。細いもの、幅広のもの、ねじれたもの、透かし彫りが施されたもの、動物をかたどったもの、台座にルビーが嵌められたもの。様々だ。

「これをね…あたしは触れないからキミちょっと片方の手に嵌めてみて。まずルビーのは親指に。で、この大きな文字が彫ってあるのを小指に。あとは自由だよ。できるだけいっぱい嵌めてね。」


 俺は言われたとおりに右手に指輪を嵌めた。できるだけと言われたので、全部の指に、入る指には二つ、ガチャガチャと嵌めた。手が重い。

「じゃあこれで火術が使えるはずだから、やってみようか~。」

「これで!?」

「そう。これでオベタル神は答えてくれるはずだよ。さぁ、オベタルを想って、手をかざしながら親指のルビーを叩いてみて。」


「こうかな?」

 俺は指輪だらけの右手を伸ばすと、わけのわからぬまま左手でルビーをこつんと叩いた。その瞬間、ルビーがカッと輝き、赤い光が隣り合うすべての指輪を瞬時に駆けめぐった。そして光が小指に達したその時…大きな火の玉が俺の右手から勢いよく噴き出した。唖然。

 ただ悲しいことには手を向けた方向が悪く、俺の寝具が火炎をもろに喰らって灰になった。


「ワ~オ…」モローグに目をやると、彼女はあんぐりと口を開けて俺以上に驚いている。「ほんとだったんだね~。すごいね~。」

「アンタも半信半疑だったのか!?」俺はあきれた。

「あたしはこの体じゃ試せないからさ~。まぁこれで計画がうまくいきそうだよ。古文書によると、親指の宝玉でまず魔術のエレメントが変わるんだって。ルビーなら火炎、サファイアは冷気、エメラルドは電撃、ダイアモンドが防壁、って感じみたい。他にもいろいろあるみたいよ。」


 俺は右手の親指で輝くルビーをじっと見つめた。

「じゃあもし、この左手の方にサファイアをつけたら…」

「そう、それぞれ火術と冷術が使えるね。逆に両手とも同じ宝玉にすると高威力の魔術が使えるみたい。」

「それ以外の指は?」

「人差指、中指、薬指は威力や効果の増幅だよ。だからとりあえず間に合わせでもいっぱい嵌めておいた方が得。もちろん特別製の指輪ならなお良いし、特殊な働きをするものもあるみたい。今回は大したものは集められなかったけどね~。」

「小指は?」

「小指の指輪は、集めた祈りをオベタル神に届ける役目。古代文字が彫ってあるでしょ、これはオベタルを表すものなんだって。これを手に入れるのが一番大変だったのよ。キミなら自分で文字を掘って作っても大丈夫。あたしは霊体だからね…。」


「そうか…。それにしても、これは…すごいな。」

 俺はいたく感動していた。なぜってこの俺が、声を失った俺が、また魔術を使えたんだから。魔術師ショーキは完全に死んだわけじゃない!


「すごいよね~。」俺の顔が輝くのを見て、モローグは晴れやかな笑みを浮かべた。「あたしもびっくりしたよ。長年魔術師をやってきて、たくさんの神々のことを学んだし、弟子にもいろんなことを教えてきたけど…こんな魔術があったなんて思いもしなかった。」


「これならいけるかもな…。だけど、もっと指輪が必要だよな。さっきの火の玉じゃ力不足だし、マナの消費もすごい。力がどっと抜けたぜ。」

「そうそう。左手にも必要だし、冥王ダーク・ロードを相手にするなら指輪ももっと強いのが要る。あと、マナの消費は腕輪で賄うみたいなんだけど…まぁ、つづきはここから出てからだね。牢番を倒して、ささっと逃げちゃおう!」


「そうだな。ここに未練は何もねえ。ちょうど寝具もなくなったし。」

 俺は灰の山を一瞥すると、クロークをかぶって階下に降りて行った。指輪だらけの右手を握りしめながら。


 やってやるぜ!

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