AFTER WEEK DAY 3-14 花田

 終始無言だった鈴井が組んだ両手をテーブルの上に乗せた。


「私たちの見たウォッチングスパイダーが見せてくる映像は何度か再生することが可能でしたよ。データを消去しなければ効果が薄くなる新しい形のサイバー攻撃なのであれば不自然なのではないでしょうか」


 鈴井が刑事の話を真面目に聞いていたとは心外だ。鈴井は死亡したクロックイズヘッドの社員の死に際を二回見たこともあるし朝早くから身なりを整えていることもあるから遊びに来ているわけではなさそうだ。動画配信の中で短時間のニュースコーナーを受け持っているから集中するモードに切り替わっている。烏丸は何度か頷いた。「察しがいいな」


「ウォッチングスパイダーはシーイングスケアリーの効果を実証するための試運転だったと、こちらでは推測しています。多くのやり方を試して最も確実に映像を見た人間を殺害できる構成を探っていたのだと思います。ではどのようにして検証結果を確認するか。それに関してはあなたたちクロックイズヘッドと同じように世界で起きた怪現象ともいうべき事象に対してそれを問題視して調べた人間が多くいたことが関わってくると思われます」


 鈴井は右手で口を覆った。俺はすかさずフォローに入った。


「要するに被害を受けた人間の知人や警察組織の人間が調べたことやネットの噂を確認したことだとか、ありとあらゆるウェブ履歴を閲覧して効果がある人間と効果がない人間を判別してデータを積み重ねていたと。俺たちが必死で調べていたこともパソコンの中にメモしたりした場合ウォッチングスパイダーの効果実証の材料になっていたということですか?」


 長野はマイクの充電を確認した。藍田はスマホを確認している。


「いくらオートボットを使っていてもそれは規模が大きすぎるのでは。全てをチェックするのに相当な時間がかかる」


 長野に続けて藍田が吠える準備をしている。いいぞメジャーなマスコミに負けず劣らずの勢いで頑張れ。


「もしかして巨大なビッグデータを管理する企業が関わっているとか?ドラマとか映画ではよく見ますよね」


 烏丸は腕時計を確認した。「映画ね」


「少し違います。現在シーイングスケアリーを世界のネットに拡散している組織はやはり数十人ほどのようです。日本を担当しているのは恐らく五名ほどだと思われます」


「どういうことだ?」長野はキーボードから手を離して腕を組んだ。そこまで調べがついているのか。要するに。


「限られた人数のグループが、AIの作った映像を拡散させた上で半年間試運転をしたと。そして効果のある人間を確認してから映像の構成と拡散のやり方を決めて、計画を練り直してから現在殺人行為を実行しているということになりますよね」


「はい。実はウォッチングスパイダーの被害が全くない地域がいくつかあったのです。この情報は公開していただいても構いません。九州全域と東北全域での被害は微小なものでした。人口の少ない都市及びIT企業や大きな資金が動く会社の重役が自殺や不審死をしているだけで。都市部から離れた街では噂すら立っていないことが確認できています。ニュースで流れていることは関東と関西でだけ起きている変わった出来事だと思われていると言うことについては各自で調べていただきたいと思っています」


 一連の呪いの映像事件は蔓延するウイルスのようなものではなくピンポイントでターゲットに危害を加えるテロのためのデモンストレーションだったということになる。情報の絶対数が少ない田舎町などでは影響が少なかったのか。後で調べてみよう。神谷と城島、内村は実験台にされたということになる。他の社員に映像について調べさせることは危険性が高かった。


 長野はふうーと息を吐いて一息ついてから身を乗り出した。


「なら映像を見る人間。新手のサイバー攻撃のターゲットは犯人グループの計画で決められているということですよね」


 烏丸はスーツの襟を直した。どうやら今から向かうべき場所があるようだ。そんな気配がした。


「実行犯の情報については話すことはできません。それについては事後報告させていただきます。話をまとめるとウォッチングスパイダーの事件は最初の被害が起きてから事態が明るみになるまでに半年ほどの期間がありました。様々な演出の映像を見た人々の突発型後発性光過敏性症候群の症状は幻覚症状や急激に進行する焦燥感があり。死なない人間もいれば、普通では想像もつかないやり方で自殺を遂げる人間もいました」


「また、症状がある状態で数週間生きた末に精神と肉体の限界を迎えて死んだ人間もいたと思われます」


 俺の目の前で舌を噛み切って自殺した桜庭という刑事は相当な酩酊状態を抱えたまま一人で事件の捜査をしていたようだ。幻覚と幻聴は推理や疑念と混ざり合って霊的なものに苛まれているように思わせてしまうのかもしれない。手帳に書かれていた桜庭の心の叫びはどこまでが現実だったのだろうか。


「付け加えると共通するタイプのカサカサとした音がする幻聴があると思われるのですが生存者の証言はまだ足りていないのが現状です。視界が黄色く染まる症状はこちらにいる山野さんも体感していたようです。恐らく視界から入ってくる強烈な光が網膜や三半規管などに影響をもたらすのだと思われます」



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