AFTER WEEK DAY3-13 花田
「流石にそれは無理があるのでは?一応数万人が死んでいるのですよ」
長野はキーボードを連打し続けながらにして俺の方を見ている。顎を上げた表情はいわゆるドヤ顔というやつだ。なんだよ上司の俺に向かってプロの夜勤が物申すと。
「数百人くらいに同じメールだとかリンク先に無理矢理誘導するプログラムが仕込まれたリンクアドレスを送ることならボットでできるということですね」
「ああそういうこと」
ボットね。SNSなどで定期の通知や同じ記事を再送信する行動をプログラムしておけば自動で情報を発信できる類のものか。情報発信のオートメーション以外にもゲームの非人間のプレイヤーとして参加するキャラクターやアバターのプログラムにも応用されているものだが一応クロックイズヘッドでは禁止にしている業務事項だったから発想することができなかった。烏丸は長野の言葉で少し理解を深めたようだ。そして勉強になったと言わんばかりに数回頷いた。
「無動明神という動画配信者のことはご存知ですか?」
長野がキーボードを打つ手を止めた。この夜勤の男は何かしらを知っているらしい。先ほど俺に提示してきた警察とは共有できない情報のこともあるから烏丸が語る動画配信者とは確実に繋がりがある。
「ああ、暴露系ブランチューバーの。存じております。ですがそれが何か」
長野は今までキレの良い感じだったのにやけにあっさりとした返事だな。烏丸は胸の内ポケットから折り畳まれたA4用紙を取り出してため息をついた。暴露系というキーワードは迷惑系と類似したカテゴリーだから悪い印象でもあるのだろうか。この刑事がスマホで動画を見る習慣があるとは到底思えない。
「まず数人の実行犯がいるという想定に基づいて我々が議論して推測した仮説を述べます。シーイングスケアリー。すなわちリンクを触ってしまうと画面に映った強烈な光と催眠効果によって突発的な発作を催す映像を送りつける攻撃を不特定多数の人間にむけて試す場合。狙った攻撃を円滑に行うためにはサーバーやウェブ、攻撃対象者の端末にデータ履歴を残さずに凶器とも言える映像を見せる必要性があります。当然のことではありますが攻撃対象者が死亡した場合、噂を流したり体感した危険性に関する情報を世間に流布する可能性はゼロになりますよね。その前提に基けば履歴さえ消してしまえば犯行グループは継続して攻撃を繰り返すことが出来るということになります」
待てよ。かなり非現実的な話だよな。単純な疑問ではあるが言葉を選ぶために俺は一呼吸おいた。そして烏丸が話を続ける前に割って入った。
「データや個人情報を盗むというようなサイバー攻撃ではなく。特定の人間に精神的かつ肉体的なダメージを与えるサイバー攻撃ということになりますよね。犯人側のメリットはあることは想像に容易いですが。画面を見なければ良いのだから攻撃がうまくいくとは限らないですよね」
烏丸は急に口を閉じて顎を引いてから舌打ちをした。これまで関わってきたなかで一番きつそうな表情を見せている。その引き攣った顔は心中で何かのトラウマと対峙しているようにも見えた。
「個人情報を利用して画面を見させる。としたらどうでしょうか花田さん。もしあなたの恋人や家族が暴力を受けているだとかあるいは誰かに暴力を振るっている画像が画面に映っていたらどうでしょうか。あるいは自分の知られたくない秘密だとか犯罪の証拠だとか」
そうとするならば卑劣かつ残忍としか言いようがない。犯罪歴のある人間ならまだしも神谷や城島、内村がそのような映像を見ていたらという想像が脳裏に浮かんだ。震える手を前に組んで烏丸を睨みつけてから答えた。
「あなたもシーイングスケアリーを見た時に目を離せない何かが画面に映っていたのですか?」
烏丸は天井を見上げてから。「うーん」と唸った。
「いえ何も見えなかったです。先週も申し上げた通り映像を長く見るのが苦手なのですよ。ですが今日の深夜に自殺体で発見された男のパソコンには娘とその友人がいじめられっ子を囲っている写真が映し出されていました」
「いじめていたのは被害者の娘、そして三人に腕を回されたいじめられっ子が画面の向こう側からこちらを睨みつけている写真でした。娘さんはすでに被害者とは別居していたようです。いじめられっ子は自殺していたことが確認できました」
長野のキーボードを打つ手が止まった。そのやり方ならかなりの確率で映像を見せる攻撃が実行できるのは確かだ。それをAIが実行していたのだろうか。あるいは犯人たちが嫌がらせついでに人の精神を追い込んでいたのか。烏丸は腕を組んでからまたため息をついた。
「シーイングスケアリーのプログラム自体はAIが開発したのかもしれません。それは光とサブリミナル効果を組み合わせたAIの映像作品とも言えるでしょう。おそらく犯人たちはその自動生成された映像を見た人間が実際に死ぬか否かを何度も試し、効果があるとわかった段階で趣向を変え、特定の富裕層やIT社員、ネットを仕事にしている人間をターゲットにして攻撃を繰り返していると思われます」
長野はカチャカチャとキーボードの連打を再開した。
「仮にその犯人グループが実在するとして。精神と肉体にダメージを与えるサイバー攻撃を行う彼らの動機や目的はなんですか?」
烏丸は頷いた。
「それはまだわかっていません。今のところは法に触れないタイプの無差別殺人を行っているとしか言いようがないといったところです」
よくSNSでいじめられて自殺した芸能人のニュースや個性的な生き方をする人間を侮辱するイメージがシーイングスケアリーと重なった。コロナウイルスのような病原菌とは違い人間に近い。そんな感覚を覚えた。
「それで?無動明神という男は何か関わりがあるのでしょうか」
長野が烏丸の方を見て質問をした。
「先週のウォッチングスパイダーが数万人を殺害した事件の後にわかったことなのですが。ウォッチングスパイダー自体のデータ履歴などは世界中のサーバーで確認できていたとのことです。ですが全てが破損しておりもう一度映像を再生することは不可能でした。要するにこれまでは死んだ人間しか見てないものを確認することができなかったのです」
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