AFTER WEEK DAY 3-12 花田

 烏丸が放った言葉は藍田の質問の答えになっていない。藍田は怪訝な表情を浮かべて会議室のテーブルをコンコンと叩いてから何かいいたげな顔をしている。だがまだ口を挟むタイミングではないと判断したのだろう。それを知ってか知らぬかとも言える憮然とした態度で烏丸は話を続けた。この刑事は何時間の睡眠でこの一週間を過ごしてきたのだろうか。メンタルが太すぎて困ることはないのだろうか。警察の仕事ではコミュニケーション能力は必要だが空気を読む必要はあまりないのかもしれない。


「ここで導き出された我々の回答を述べると」


 烏丸は隣にいる痩せ型の刑事、小原の方を伺った。その男はほうれい線を歪めてから。烏丸に耳打ちをした。呪いの映像の正体は光過敏性発作を起こす害悪だった。そしてその発作は特定の人間を死に至らしめる。コロナ渦で発生したもう一つのウイルスとも言えるだろう。それを淡々と語っていた烏丸も限られた時間で根を詰めて捜査をしていたようだ。おそらくまだシーイングスケアリーの問題を解決するための準備ができていない状態なのだ。俺たちに情報提供をして協力を仰いでいるということはポータルサイトクロックイズヘッドには重要な任務があるのかもしれない。


「ああ、そうだったな。大体は理解できるのだが。訳がわからない」


「突発性後発型光過敏性症候群という病名を脳外科と精神科の優秀なスタッフたちが名付けた。まだこれは正式な名称ではないからそこは配慮してほしい」


「私はあまり詳しくないのだが。ゲームを長時間プレイしている人間が発狂したりする、コンテンツ。があるらしい、それが楽しさだったり忍耐力や人間らしさが見えるのが達成感や共有感をもたらすと。皆様はそう言うのには詳しいはずなのですが」


 藍田はテーブルを拳でトンと叩いた。ゲーム配信の楽しみは人それぞれだが三十代の俺は年に数回見る程度で話に追いついていけない。


「要するに普段から激しい光の点滅を見ている人間がさらに強い光を見ると発作が起きる、と言うことですか」


 自分でも理解していないものを説明していた中年の刑事は何かを振り払うように両手を叩いた。


「そう、その通り。アナフィラキシーショックのように身体に症状が起きるものを考えてみればわかると思うのですが」


 長野がキーボードを連打しながらに答えた。


「常に強いディスプレイの光を浴びているか。あるいは日頃から集中して画面を注視している人間がシーイングスケアリーの生成した強い光の点滅をみると発作が起きてしまうと言うことですね」


 そんな迷惑なものをAIが作ったのか…嫌な話だ。俺は頭の中に浮かんだ言葉を今、発することができなかった。確かドゥーグル本社のテロ事件で自殺した男が大学時代に行った実験では自殺願望のある男を観察することから始まり。調べるうちに統計データを積み重ねて安楽な精神状態を生み出すきっかけになるものを見つけた。それは自殺サイトや死について語るホームページに繋がるリンクの紹介だったはずだ。これからの時代、人間の生活を支えていくことになるAIが「特定のユーザーは死んだ方がマシ」と回答を出したとでも言うのだろうか。SF映画でロボットを操って核爆弾を世界中に飛び散らすコンピューターよりかも劣悪かつ邪悪で悪質に思えてくる。


 烏丸は俺の部下の理解が早いことに合点が言ったようだ。隣の小原もメガネを直して頷いている。


「そして光の点滅の間に挿入されるインターネットの履歴や動画を見てしまった当人の生活している地域の画像がサブリミナル効果を生み出している。そうだよな小原」


 小原は天井を眺めてからため息をついた。やはり烏丸だけでは説明が足りないようだ。


 「皆さんもご存知のウィキと呼ばれるものにも解説があるのですが。1957年に市場調査業者のジェームズヴィカリーと言う人物がニュージャージー州フォートリーの映画館で映画「ピクニック」をみた観客に対して3,000分の一秒ずつ五分ごとに「コカコーラを飲め」と「ポップコーンを食べろ」と言う文字が書かれた画像を映画のスクリーンに紛れ込ませる実験を行ったと言う話があります。それによってコカコーラとポップコーンの売り上げが上がったと言う研究結果が出ているようです。他にも日本ではアニメーションの放映中に後にテロを起こした宗教団体の長やギャグ漫画のキャラクターをワンフレーム挿入するだとか、攻撃の意味を持つ「ATTACK」や戦争の「WAR」の文字などを映像の中に紛れ込ませるといったようなことが実際にあったようです。テレビ局が悪ふざけで行ったということもありどれもオカルトじみた遊びの範疇でしかなくサブリミナル効果の立証に至っていないとされています」


 きっと端的にわかりやすく説明しているのだろうけど情報量が多い。だが不思議と理解できた。この話を聞いて生じたモヤモヤとした不快感を俺は心の中に閉じ込めておきたくなかった。先週も刑事たちからサブリミナル効果について聞いていた。


「光とサブリミナル効果を合わせると発作が起きると言うのですか?AIが人に対してそれを生み出したとは思えないな。実際に死んだ人間がいるのは確かですよ。うちの社員も三人死んだ。害のある高度で悪質なプログラムを誰かが拡散しているのではないですか?」


 烏丸と小原は顔を見合わせた。そして相槌を打った後「私はこれで失礼します」と言った木下は会議室を出た。


「やはり、勘が良いですね。先週あなたたちクロックイズヘッドの皆様が東京のマップを使ってウォッチングスパイダーの被害状況を時系列順にまとめていましたよね。殉職した木下を引き継いだ小原が報告を受けて気づいたことになるのですが」


 隣の鈴井がテーブルに乗せた腕を組んだ。長野はキーボードを打つ手を止めた。藍田が生唾を飲む音が聞こえた。


「ウォッチングスパイダーとシーイングスケアリーと呼ばれるプログラムが世界中に蔓延しているのは確かです。ですがインターネットやサーバーの中にしかいないはずのウイルスやプログラムがどこに潜んでいるかが判明していないのです」


「一連の事件を海外の警察や国防機関が調べているはずなのですが。なかなか情報が集まらないようなのです。サーバーの中に潜んだプログラムなのであれば見つかるはずなのです。なぜ見つからないのか。おそらくなのですがこのプログラムは数人から数十人の人間が手作業で拡散していると思われます」


 そのやり方ならすぐに足がつくはずだ。相当なハッキング技術が必要になるし数万人を殺すために一人一人手作業で個人のインターネット環境に侵入することなどあり得ない。




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