AFTER WEEK DAY 3-11 花田

八月二十八日 午前五時 警察病院 会議室 花田直哉


 警察病院に入ってから職員に案内されたのはベッドのある入院部屋ではなく中心をテーブルで囲んだ小さな会議室だった。部屋では車椅子に座った山野が一人でいたが手で「よっ」と合図をするだけで再開の挨拶を済ませた。振り返ると続けて藍田がお辞儀をして長野は頷いていた。


 そのすぐ後から入ってきたのは刑事烏丸と知らない男だった。後から鈴井がドアから入ってきた。見たところ警察官の二人はパソコンやスマホは手に持っていないようだ。


「ああ、どうぞ花田さん、長野さん。藍田さん。あと鈴井さん。椅子に腰掛けてください。パジャマでも問題ないですよ」


 最後に烏丸が付け加えた言葉を聞いた俺は恥ずかしい気持ちを抑えるためにゴホンと咳き込んでから一番近くの入り口前の椅子に座った。鈴井の姿を見ると一点物にみえる体にフィットした白い襟の黒いワンピースにハイヒール姿だった。とてもじゃないが早朝にお見舞いに来ているとは思えない程洒落た格好をしている。そして俺の隣に座るやいなや。「ブフッ」っとひと笑いした。俺は安っぽいトートバッグからハンディカメラとレコーダーを取り出して机の上に置いた。


「花田さん風邪がまだ治っていないみたいですね。ハハハ。お疲れ様です。葬式でコロナに感染したんですか?」


 無表情で向かいの席に座った長野に対して藍田も口元を手で隠して笑いを堪えている。俺はムスッとした表情で答えた。


「陰性だった。こんな朝早くにスーツを着たくなかったんだよ。自分の会社のニュースすら見れないくらい忙しかったんだ。葬式三連チャンはきつかったぞ。まあ死んだ三人の家族に挨拶ができたし、怒鳴られるようなこともトラブルもなかった」


 鈴井はふうとため息をついてから緩くウェーブのかかった茶色の髪を整えた。


「それはよかったです。一度は三人のお墓参りに行こうかと思っています。後で霊園の場所を教えてください」


 正面の長野と藍田は三脚スタンドを立ててビデオカメラを取り付けている。刑事たちは準備を待っているようだ。


「わかった。とりあえずネットサーフィンだとか、SNSの怪しいサイトは触らない方が良さそうだ。ウォッチングスパイダーは人が使用することができるようになったみたいだな。AIがウォッチングスパイダーを拡散することはできなくなったようだがまた別の形で増殖しているとついさっき聞いた。人づたいで詐欺メールの形で蔓延したらえらいことになるぞ」


 俺はハンディカメラの電源をオンにして机に置いたレコーダーのレックボタンを押した。烏丸が背伸びをしてからテーブルの前にたった。


「クロックイズヘッドの皆様。朝早くからお集まりいただきありがとうございます。ではAIが生成した人に害を及ぼす映像を見せるプログラム「ウォッチングスパイダー」改め「シーイングスケアリー」についての報告から事情聴取を始めさせていただきます。皆様に協力していただきたいことがあるのですがそれは後から説明させていただきます」


 長野の話では確か無動明神という男がシーイングスケアリーの情報を世の中に動画配信で公開するということだった。当然のことではあるが俺たちクロックイズヘッド社員はメディアとして見てはいけない映像が「なぜ見てはいけないのか」を正しく認知しておく必要がある。烏丸刑事の挨拶には口を挟むことなく頷いた俺は足元にあるトートバッグに手を伸ばしてペンが挟まったメモ帳を取り出した。


「ちなみにですが。私はシーイングスケアリーを体感しました。多少の体調不良は起こしたのですが今こうやって仕事をすることは出来ています。まず話をしておくことがあります。この病院にはウォッチングスパイダー及びシーイングスケアリーの被害を受けて治療をしている患者が百人近くいます。そしてサイバー捜査班の木下、彼は殉職しました。今回の担当は小原といいます。


 我々は他の捜査員がここ一週間で死亡した人間のインターネットの履歴や職歴、死ぬ直前の状況を調べています。調査対象者の人数は二百人ほどです」


 

 長野はテーブルの上に置いた小型のノートパソコンのキーボードを打ち込みはじめた。うんと呟いてから烏丸の方を見ている。ドゥーグルテロ事件のあった一週間前、ネットのコメントやつぶやきを探して呪いの映像を見た人間を夜通しで捜索したことが思い出される。その時はSNSや掲示板を探してデータを集めるだけだった上に世間の役に立ったかどうかはわからなかった。殺人事件を捜査する警察組織とはいえ一週間で二百人の個人情報を調べるというのは途方もない作業になるだろう。俺は葬式に三回でたくらいでへこたれている自分を呪った。スーツくらい着てくるべきだった。


「率直に申し上げます。ウォッチングスパイダーとシーイングスケアリーが生成した映像を見た人間の死亡率は十五%です。比較的ではありますがシーイングスケアリーの場合は前のものと比べて即効性が高いことがわかりました。実はつい先ほど私はシーイングスケアリーのアドレスを入手しました。我々は安全を確保した上で何人かの警察官にそれを見せることにしました。実験ともいうべきやり方には重大な責任が伴いますが。安全確保に関してはここにいる療養中の山野さんに対してクロックイズヘッドの皆様が行った処置。腕と足を拘束することと舌を噛まないように顎を固定するという対策を利用することで被害を防ぐことができました」


 死亡率が低すぎることが引っかかるのだがウォッチングスパイダーが生成した映像を見た山野が死なないように俺たちがベルトやタオルを使って拘束したという行動は間違っていなかったようだ。


「実際に映像を見た人間に生じたダメージと症状から推測された我々の結論を話します」


「皆様は二十代から四十代の成人ですが。九十年代にピィカチーという有名なキャラクターが出るリュックモンスターというテレビアニメが流行していたことを覚えているでしょうか」


 長野がキーボードを打ち込みながら烏丸に答えた。超有名なアニメだがそれがなんだというのだろうか。俺はメモを書く手を止めてハンディカメラの状態とレコーダーがオフになっていないかを確認した。


「広範囲の地域でアニメを見ていた子供達が体調不良を起こした事件がありましたね。確かテレビ画面の点滅が原因だったはずです」


 烏丸は頷いた。


「当時その体調不良の原因は光過敏性発作と呼ばれていました。これはいわゆる『てんかん』の発作の一種とされています。てんかんについては一般的にはうつ症状や幻聴、眩暈が現れるのはご存知だと思うのですが。通常は成人になると発症することはないとされています」


 確かに元々「てんかん発作」を持っていない成人に突然症状が現れた場合、もしかすると強い自殺衝動が生まれるかもしれない。仕事中に持病ですらない発作が起きたら当人が体験したことのない苦痛があるはずだ。これならストレスの多い人間が脳卒中になったり強い幻覚症状で舌を噛み切ることもあり得る、まだ信じられないが意味不明な呪いの映像という概念よりかは受け入れることができる気がする。


「我々の人間社会でテレビが生み出されてから、映画もそうですね。ゲームやアニメが発明された戦後のあたりから映像を見る画面から発せられる光の点滅で不特定多数の人々が気分が悪くなるという問題は多くあったようです」


 烏丸の話に横槍を入れたのは藍田だった。


「ですが、それは光の点滅に慣れていない人が多い時代に見受けられたものですよね。現代社会ではゲームやインターネットで動画を見る機会が多いじゃないですか。死亡した人間の特徴はパソコンの画面を見る時間が長い人が多いと聞いています。その共通点を考えると死んだ人間たちは光の点滅に慣れているはずなのではないですか?」

 

 藍田はスマホで光過敏性発作について調べているようだ。なかなかいいことを言うじゃないか。もうこいつは事務職には戻れないかもな、夜勤が見つかり次第昼にライターをやってもらおう。会議中にスマホを見るなと注意したいところだが。二人の刑事は相当に忙しいようで調べたことをまとめた書類をスクリーンに映す用意などはしていないこともあり特に不快感を感じているようにはみえない。


「いい質問ですね。藍田さん。我々が調べた結果。死亡した人間の多くは自殺願望があったり、借金や生活のトラブル。家族がいない悩み。その他の問題を多く抱えていたことがわかっています。それと同時に一日の中でパソコン画面を見る時間が八時間を超えている人間は死亡する確率が高いことがわかりました」











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