DAY1-12 鈴井

 八月十七日  十八時二十分 クロックイズヘッド屋上スタジオ 鈴井菜穂


 夕方の配信を終えた私は屋上のエレベータ前で交番勤務の警察官に話を聞いていた。内村くんは喫煙所の階段兼ベランダから飛び降りて自殺したらしい。


 私は今日のエネルギーを使い切った状態で聞ける話ではなかった途中で俯いて固まってしまった。内村くんに何かおかしい様子がなかったとはいえない。


 加えて呪いの映像をシェアしたとも言えるわけがない。憔悴一歩手前状態で話を聞き流すこと数分で聴取を済ませてエレベータに乗り2階オフィスに戻ることにした。


 私を含めたAD松田と撮影スタッフ計六人でオフィスに戻る時に警察職員たちが喫煙所前と休憩所加えてトイレをチェックしていた。おそらくデスクでも内村のパソコンが調べられているのだろう。


 神谷のパソコンの呪いの映像がつけっぱなしだった場合、非常に厄介なのだが他人を思いやるようなエネルギーが出そうになかったため何もすることができない。


 喫煙所のドアと階段の柵を兼ねたベランダではドラマで見るような指紋を取る鑑識の姿が見える。今日はもう帰ってしまいたい。オフィス入り口が重く感じる


「気を使って開けっ放しにしておいてよね」


 デスクルームはエアコンで冷えていた。駒崎がデスクでうつ伏せになっている。松田が自販機で買ったお茶を差し出してきた。


「鈴井さん少し仮眠をとってください。どうやら今日は少し事情聴取があるみたいなので。」


 元気があろうとなかろうと呪いの映像、いやショッキングな何かを見た三人が死んだのは確かだ。その現状を報告してしまうしかない。


「分かった。お茶ありがとう。うんまあ色々あったからさ。神谷くんが死ぬ前に見ていたツブキットのアカウント。あれを警察に突き出してやるわ」


「そうですね。映像で人を殺したのですよね。世の中ってそんなこともできるようになったんですね新手のテロじゃないですか」


「テロ…か。うんそうだね。じゃあ休む」


 テロなど日常的にどこででも起きている。政治家が銃で撃たれただとか。戦争が突然始まるとか。アメリカではそこらじゅうで起きているわけだ。どういう考えでこういった迷惑行為をする組織や人間がいて刑事事件として調査が行われ。その上でどういった罰を下すのかは司法と警察に任せるしかない。そう考えると自分が解決する必要がない分安心することができた。


「なんかやばいな。藍田くんは死んでないよね」


 デスクには続々と社員が集まってくる。どうやら外回り連中も緊急で集まってきたようだが事件後に集まった数人はスマホを持って外に出ていったおそらく帰ってこないだろう。配信スタッフは六人はオフィスで待機している。


 松田は落ち着きがない様子でスマホをいじっていたが今現在は私と同じお茶を一気飲みした後机に突っ伏している。


 警察の下っ端であろう人々が履けていく捜査会議には交番勤務は参加しないのだろうか、よく考えてみるとこれは捜査会議ではなく私たちが疑われている側で探偵が人を集めて犯人探しをする状況に近いのではないのだろうか。


 安藤は過労死、城島と内村は自殺だからどちらとも目撃者も多いし何もおかしなところはないと思うのだが。


 周りを見渡すと海外班と深夜帯。帰ってこない外回り以外にはエンタメ班の列から三人いなくなっている。一列五人が座る席から三人がいなくなると少し寂しい。


 私以外には喫煙グッズとガジェット担当がいるのだがどちらともこの時間は取材や家電取扱店舗に行っている事が多いので結果エンタメ班は残りの喫煙グッズ担当山野と私になっている。


 アフリカデスク(机がコンセントで埋まっている)で二人の配信スタッフがカメラの外付けバッテリーにつけるケーブルを探している。向こう側の二列は配信スタッフで大まか埋まっている。


奥の一列では


「藍田がサボっているぞ、まさか死んでないよな」と事務の一人が騒いでいるがAD松田が花田さんからの連絡で「花田さんと合流して先に藍田さんが今から上がってくるとのことです」と諭した。


 配信スタッフ含めて安堵の声があちこちで上がった花田がいなければ指示をする人間がいないので今から来る刑事とどう絡んで良いのかが私自身もわからない。この手のトラブルは初めての人間が多い、いや一生に一度しかないだろう。もちろん悪い意味で。


 AD松田はこちらに向かっていた花田と連絡をとりながらここ数時間の業務をこなしていたようだ。そして先程の配信前に内村の死が伝えられた事と相まって落ち着きがなくなっていたわけだ。そう思考をしているうちに落ち着いてきた。私も仕事は手を抜きたくないからマツダの気遣いには感謝できる。デスクの鉄扉が開く。


「おっと噂をすれば」


 AD松田が元気になっている。藍田がファーストフードの紙袋を両手と前に抱えて入ってきた。片手を無理やり開けているが足で扉を押し込んだ。


「あ、すいません遅れました。差し入れがあるので分けてください。花田さんと

捜査の指揮をとっている刑事さんがすぐに到着するんで皆さん落ち着いて行きましょう」


 喫煙グッズ担当の山野が藍田に声をかけた。


「あのさ、マジで呪いの映像があるなら見せてもらえない?内村の様子を見た感じ。モノホンっていうのは伝わってきたからさ」


 藍田は渋い顔をして自分のデスクに紙袋を押し込んだ。ファーストフード特有の紙袋と揚げ物の混じった匂いが漂ってくる。


「それについても今から花田さんと打ち合わせをしていくので対策を練ってから動画を処分するつもりです。その過程で観られるかもしれないですよ」


「オッケーいや興味があるわけじゃない。なんか仕事の付き合いがあるプログラマが似たようなことを言っていてさ。話を聞いていただけだったけど本当に存在するなら観ておこうと思って。」


「ああ、それも確認したいので後でお願いします」


 藍田は少し気の抜けた返事をした。私はクロックイズヘッドのメンツの中では霊的なものが絡んでいるのを確信している側にいるのだが。この山野の発言の瞬間に嫌な予感がした。


 そのざわめきが何かは想像もつかないのだが。別の場所でも似たようなことがあったのだろうか。


 もう一度オフィス入り口の扉が開いた。花田が二人のガタイの良い刑事を連れてきたようだ。


「皆、内村の件で刑事の人たちと少し会議をするから。時間取るね」


 花田は冷静な面持ちではあるが少し暗い表情だ。察するに呪いの映像の話は刑事たちにできていないのが現状だろう。刑事が低い声で話し始めた。ドラマで見るような捜査会議であれば席に座っている側の役職なのだろうか。


「クロックイズヘッドの皆様、こんにちは。私警察庁の所属は殺人課とりまると書いてからすま「烏丸仁」と言います。そろそろ七時を回るのでこんばんはが正しいか。こちらはサイバー犯罪捜査係の「木下」です。」


 ガタイは良いが烏丸と比べると小柄な木下と呼ばれる男が軽く会釈をした。


「今回早朝に脳卒中で神谷光樹さんが亡くなられてその三時間後に城島卓さんが交通事故で亡くなられたと聞いています。この二件については本件の自殺者である内村英法さんとは関係がないとは思われますがここのところインターネット関連事業運営会社や私たち警察のサイバー犯罪捜査係でも少し似たようなケースで死者が出ていることから皆さんが知っている情報があればお聞きしたくてお集まりいただいた次第です」


 AD松田が先陣を切って話し出す。花田が肩を少し揺らして松田を見た。


「あの、神谷さんが確か呪いの映像を見たと早朝鈴井さんが言っていたのですが」


 結果最初に語るのは私のようだ。花田がジェスチャーを送っている。呪いの映像などと言ったキーワードはダメだと口の前でバツ印を作っている。


「はい、神谷くんはストレス過多で刺激の強い映像を夜中に見ていたようです。不摂生も祟ったのかなと思います。確かに城島さんも同じものを見ていたのは確認しました」


 呪いの映像などといった際どいワードは言えないのだが。あの映像の話はする必要がある。だがこれだけでは私への形式的な刑事の質問を避けることはできない。


「もしかしてその映像をあなたも見たのですか?」


 私は相変わらずこういった物事を伝えるのが下手だ。これでこの場にいる演者の中で主役級のポジションを得てしまった。この件が解決するまでは厄日が続く。


「まあ見たのですが。一部分だけですよ」


「一部分か、なるほど。今もそれはこの会社のパソコンにあるのですか」


「はい、あります。内村くんが復元した安藤くんのパソコンの履歴の中にあります」


 神谷のパソコンを指差すとサイバー捜査班と自己紹介のあった木下と烏丸がパソコンの前まで歩いてきて起動した。社員たちが一斉に神谷のパソコンに集まってきた。


「パスワードなどは使ってないですよね。会社のものですし」


 個人の持ち物ではあるが何かがあった時のために社内のパソコンは誰でも入れるようになっている。


「はいそうだったと思います」


 内村と同じように何かしらのプログラム言語を打ち込んでいく木下と呼ばれている男が早速例のリンクをデスクトップに出した。安藤のパソコン画面はシーイングの履歴以外が文字だらけで何が映っているのかわからない状態になっている。


「シーイングか。また違うな。常に広告を書き換えるのも手間がかかるだろう。一体何が目的だ。これは」


「悪い意味で優秀な人間による快楽的な殺人でしょう。僕ら内村って人が自殺するまでに通った道は全部見てしまったから。映像は見られないですね。あと遺体も見ているので。あ、そうか」


「休憩所と喫煙所の間には仕切りがあるからそこは見ていないだろう。大丈夫だ。」


「そういう場合に備えて、お前には先ほどの被害者の遺体を見せていない。映像のチェックを頼む。」


 刑事たちの前に集まったクロックイズヘッドの社員が唖然としている。


「みなさん念のために画面から目を離してください。」


「烏丸さんでしたよね。もしかしてこれ呪いの映像ではない。」


 花田は禁句である呪いの映像という言葉を用いたが烏丸は慣れた様子で答えた。


「映像序盤の映像は常にランダムです、共通点はバックライトが急激に強くなったことで起きる黄色いフラッシュが差し込まれているだけです。地域別に光の中にある画像らしき物の情報が変わる仕組みになっているようなのですが詳しいことはわかっていません。その後に身近な人間がどのようにして死んだか。どの場所で死んだのかを把握している人間が見た時にどうやら死の瞬間を事細かに想像してしまうようになっているのです。」


「ということは。」


 木下が映像を見て頷く。私はいまいち話が頭に入ってこない。


「死んだ人間の姿を知らない人間には終盤の映像は白紙で映ります。おそらくこれも。」


「休憩所周辺も僕は見ていないのでこの会社に回ってきた映像では僕は死にません。」


 花田は少し考えている。私の記憶では花田は知らないことの方が多い筈なのだが。それにこの刑事たちは終盤以外の気味が悪い映像を何度も確認しているのだろうか。酷い仕事だ。


「桜庭さんの死因はこの映像で間違いないのですか。先ほど亡くなったという言葉が聞こえてしまったのですが。」


 烏丸と木下は顔を見合わせている。木下が安藤のパソコンから目を離した。


「我々はこの映像をさまざまな場所に送っている人間が誰なのかを調査しているのですが。午前にこちらを伺った桜庭は単独でこの映像の被害を受けた人間を追っていたようです。ですが彼がこの映像を見たのかはわかりません」


「今年に入ってから春にかけて都内の電気量販店で数件の被害が確認されました。しかも店頭販売のパソコンから始まってそれ自体は最近までは未確認の被害だったようです。」


「それに気づいた数人の店員がそれを自分達で処理しようとしたことがきっかけで映像を共有したことが原因で数人が駅のホームから身を投げた事がわかりました。桜庭にはサイバー犯罪捜査課に知り合いがいたようでその情報をもとに独断で捜査をしていたようです。」


 花田は右手を口の前に当てて考え込んでいる。呪いではなくとも非現実的な人の殺し方であることには変わりはないし解決の方法は見なければ良いわけだから。あとは警察に任せたほうがよさそうだ。私はこういった怪しいリンクをクリックすることなどないが世間の人々はそうではない。だとしてもこの現象は報道やネットの噂話として成り立つまでに時間がかかる。


「店頭販売でこの手の映像を見た数人の若者は千葉方面在住である事がわかっているのですが行方不明です」


 花田は冷静さを取り戻しているようだ。


「ということは電気量販店で映像を見た若者は千葉方面の誰かの死の瞬間をイメージ。言い方を変えると連想したということですか。そして電気量販店の店員は列車事故でなくなったと言うのですか」


「そう思われます。これにはいくつかのパターンがあります。あなたたちが察している呪いの類であるとも言えます。罪悪感や好奇心。恐怖にまつわる映像が流れることで死にいたるかあるいは姿を消す。即時的な効果のある人間もいればそうでない人間もいます。ですが死にいたる直前に何を見たかを報告した人間はサイバー犯罪捜査課勤務の数名だけで実際は何を見ているのかはわからないです。死んだ人間からは詳細を聞く事ができないのでそこが捜査を難航させているのです」


「なるほどですね、じゃあみんな神谷のパソコンを見るなよ。俺も見ないからな。」


 私はアフリカデスクを通って神谷のパソコンの向かいの列にでた。花田とそれ以外の同僚たちも画面を見ないように後ろに下がった。神谷のパソコンの前で二人の刑事が探りを入れているのを見ながら藍田の肩を叩いた。


「生きていたじゃん。差し入れありがと」


「いやあ。帰ろうかと思ったのですが。サボったらやる気が出ました」


「まあね。でもどっかのハッカーがこの世に残した怨念とかいう藍田君の推理もあながち間違いじゃなかったかもね」


「まあ死んでなさそうですけどね。そのハッカー。だって怨念じゃなくて映像の錯覚で人を殺すのだから。作成者が死ななくてもいいじゃないですか」


「でもさクロックイズヘッドだけをターゲットにしているわけじゃないから」


「確かにそうですけどね。面倒だから二週間くらいネットサーフィンはしないようにします」


「同感。あの刑事たちの話を聞いた感じだと。まあ感染するのも死ぬのも一人ずつみたいだけど」


「そう言っていますけど実際に見た人が死ぬのがすごいですよ。ある意味最新鋭の兵器ですよね。最悪だと思います」


「うんお腹がすいた。今日は飲み会なしだね」


「そうですね。内村さんがいないので計画が台無しですよ」


 花田が神谷のパソコンの向かい側から刑事たちに話しかけた。


「そのサイバー捜査係の人たちはどういったメールを残していたのですか。うちの社員はそう言ったことはできずに死んでしまったのでね」


「死ぬ前にメールを残していた木下の同僚によるとかなりリアルな映像で前に死んだ人間の死の瞬間を見ていたようです。具体的にいうと前に死んだ人間の死因は首吊り自殺でした。映像の最後にはサイバー課の顔見知りの男が首を吊る瞬間が映っていたと思われます。友人だった当人は自宅に行ったこともあったことから家の内装も全く同じだったとメールに残していました」


「ですがこの報告には大きな矛盾点があることが私たちの捜査でわかりました。映像の中の首を吊った男の部屋はカーテンを閉め切った状態で部屋の照明から察するに深夜だったとの死ぬ前の捜査員から報告があったのですが。これが貴重な情報になりました。前の被害者の死亡推定時刻は早朝であった事と現場検証の際にカーテンは閉まっていなかった事からこの連想を誘う映像は後に観る人間の知らない情報と知っている情報の間で錯誤が生じる事がわかっています」


 どちらかといえば心霊現象ありきで捜査をしていると言った印象ではある。花田は間に受けているのだろうか。


「なるほど、ではなぜ誰かが殺したとは言えないのですか」


「現場検証の結果。首吊り自殺のあったマンションの部屋に出入りした人間は二週間以内には確認できず尚且つ呪いの映像らしきものを見た人間は二日後に死んでいるため動画ファイルとして保存していようがいまいが。それを証拠にする事ができなかったわけです」


「実際に白い画面の前の映像はマンション周辺の居酒屋と特定不明な公園を映していたのですが。それだけでは死んだ原因とは判定できないからです」


「二番目に死んだ人間の遺したパソコンを調べた結果。終盤なしの映像を見つけたことでおおよその推測が出たに過ぎなかったのです」


「待ってください。終盤の映像に関しては同僚や知り合いが同じように見ていたら死の瞬間を連想するのではないですか」


「おっしゃる通りです。私は最初に首を吊った捜査員とは面識がなかったので問題はなかったのですがその他二名は現在行方をくらましています。さらにいうと呪いの映像と最初にイメージしている人間はおそらく終盤だけを見ても非常に強い悲壮感と罪悪感に襲われると思われます。実際に終盤だけ見た捜査員は暴れ気味のスキップをして警視庁を走り回った挙句不審に思って追跡していた刑事を振り切ってそのままどこかに行ってしまいました」


 烏丸が間に入った。


「それをきっかけにして殺人事件としての捜査が許可された。表向きは悪質な映像の取り締まり捜査だが」



「一応、即効性のある心的外傷を及ぼす映像を利用した傷害事件としている」



花田が腕を組んで首を傾げている。


「即効性のある心的外傷を及ぼす、映像ですか。まあ人が死んでいるのは別件扱いということですね、それで首を吊った同僚の映像を見た方の死因は」


「別地域で同じく自宅で首を吊りました。女性捜査員でした」


「全く別のパターンがあります。序盤中盤終盤パートが存在しないものです」


社員たちは少し眠そうにしている。花田が続けた。この前半の心的外傷を及ぼす映像が本当なのであれば私がコンタクトレンズを忘れたことが幸いして巻き込まれずに済んだということになる。


「別のパターンとは」


「現状、この件はあなた方が言っている呪いの連鎖が起きているように思えるものが多いですが。中には映像序盤から終盤まで自分の犯した罪の記憶を見る人間がいます。数人の反社会的組織の死亡者は死ぬ間際に電話で「俺が〇〇を殺した映像を撮ったのは誰だ。誰が送りつけてきた。」だとか「ハッキングで警察に盗撮されていた。」と同業者に連絡を数件残した後。交通事故に遭って亡くなっているケースがありました。おそらく誰かが死ぬ瞬間を見ていた場合そのような自分の姿を見ていたと思われる反応にはならない筈です」


「それはどうやって確認したのですか」


「この連絡を受けた数人が特定のSNSサイトからダウンロードした動画ファイルを再生したことを確認しました。そして数人の中で疑い深い人間が別でその様子を撮影していた事がわかりました。一人は動画を再生した人間とは違い過去の犯行現場や殺害に関与していなかったことから何も映っていなかったと証言していました」 


「スマホで別撮りをした映像をカメラ越しに見た我々の目には真っ白なパソコンの画面を見て怒り狂っている入れ墨の入った男が映っていました。実に奇妙な映像でした。その男は後に千葉方面、江戸川の河川敷で浮いている状態で発見されました」


藍田は自分のスマホを確認している。


「本当だ。スマホの中の内村さんのパソコン画面の終盤は真っ白だ、確認しておけばよかった」


私と藍田を見た花田が頷いた。


「捜査の内容をそこまで僕らに公開できるのは何か理由があるのですか」


「ああ、これはただの注意喚起です。この映像の被害を抑える解決方法も明白です。見なければ良い。それだけです」


同僚たちは半信半疑の様子だが見なければ良いという対策なら昨今の感染症予防よりはるかに簡単だ。コラージュ画像や違法アップロードなどとは違い。焦りや不安で死を誘う類の事例。要するに心的外傷を及ぼす映像など聞いた事がないのだが。


藍田が手を上げて「あの」とつぶやくと刑事と同僚が注目した。


「僕は最後の方だけ見た人間なのですが。確かに映像の中で城島さんが車に轢かれる映像の中では車道に出ようとする城島さんを止めに入った男性二人が映像と現実では違いました。 というのも後でその場に居合わせた誰かが現場をスマホで撮った映像がネットに流れていて、その映像の中では。要するに現実では女性の会社員の二人が車道に出ようとする城島さんを止めようとしていたというわけです。確かにあの映像は現実をイメージが歪めたものが映っていることが言えます。ですが序盤と中盤は見ていないのになぜイメージする事ができたのでしょうか。最初の映像を見ないと成り立たない仕組みなのではないのですか」


烏丸と木下は少し考えた後ノートパソコンとスマホでメモを確認し始めた。


「それはまだ確認できていないパターンだ。なぜ最後だけを見たのですか」


「ここにいる鈴井さんと亡くなった内村さんと僕で映像を見るときに全部見るのは危険だと判断しました。鈴井さんは早朝に映像を見ていたのですが死んでいなかった。ということは三回に分けてみれば少なくとも三人の内の誰かが死ぬ可能性はないと相談して決めてのことでした。内村さんは僕達がいない間に全編観たのだと思います」


「最後の方だけでも死の瞬間を見る事ができるのか。面識と事故現場はイメージできてもおかしくはないが、今回の被害者は後から全部見たタイプ」


私にはテレビをつけながら片手間でスマホを見ている程度の感覚で呪いの映像を見ていたので。映像終盤をイメージする材料が揃っていなくても城島の死の瞬間を見てしまう可能性があったということになる。


「私は黄色いチカチカは確認できたのですがその後黄色いものを見るとイライラする症状がありました」


「それに関しては私たちも認知しています。最初はサブリミナル効果ということも疑ったのですが少し違うようです。スローモーションで一時停止をすると動画のターゲットの住む周辺地域の画像が黄色をベースにいくつも貼り付けてあったようです、それに加えて電子端末のバックライトを限界以上に発光させることで精神的なダメージを産むとみられています」


「じゃあそれを見て自然に死にたくなったりするのですか。うんイマイチしっくりこないな。私は最後の方を見たことがないから信じられないな」


「警察署内でもオカルト扱いされているのでどうとも言えないのが現状です」


「未確認の幾何学模様とカメラのアイコンやオモチャの絵といったものも混ざっていることがわかっているのだが。それだけで人を殺せるとは思えない。だが現状被害者が多く出ている。君たちの情報を踏まえると最後の方さえ見なければ良いということになる。これは簡単なのだが何も知らない人間には難しい。是非深夜の噂話記事だとかにオカルト情報と解決法とセットで載せてほしいのだが」


花田が半分怒った様子で横槍を入れた。


「今後一切、クロックイズヘッドは呪いの映像を含めたオカルト記事の取り扱いを致しません。他の会社を当たっていただけるとありがたいのですが。犯罪や危険なコンテンツに関してのコンプライアンスのレベルを上げていく所存なのでお断りさせていただきます」


上の空なのだろうか。いや刑事たちの頼みを断わるのが辛いのだろう。型式ばった言葉のみで花田が話すときはそういった傾向があると記憶している。結局、シーイングとその他の映像は誰が何の目的で尚且つ無差別に人を殺しているのか。その原因は全くわからなかった。

烏丸と木下はまた顔を見合わせて残念そうにしている。


「この件に関わった人間に対処法を広めてくれと提案すると決まって拒否反応を示す事が多いので問題はないです。ですが必ずこういった動画を見つけたら再生せずに私たちの部署か携帯に電話をしてください」


烏丸が名刺を五枚ほど取り出して花田と松田。私と藍田。残りはケースにしまって帰り支度を始めた。映像に関わったメンツは全員浅く礼をして刑事たちがオフィスから出ていくのをまった。社員全員がため息をつく。ザワザワと小話がオフィスの中を埋め尽くしていく。ドアが閉められたと同時に私は藍田の肩を叩いた。


「電気屋はわかるけど反社と刑事が呪いの映像の噂話を広めることなんてできないでしょ」


「鈴井さん。要するに幾つかのメディアにもコレが回っているということじゃないですか。確か報道ナウビジョンのディレクターが酒を飲んだ後に海に落ちて死んだとニュースで見たので。そういったものは、なんだっけ即効性のある心的外傷を及ぼす映像が原因じゃないのかな」


「いやいやそのテレビマンは普通にバチが当たっただけでしょキャバ嬢にアフターを断られた後に追い酒しすぎたのだと思う。ド偏見だけどね。そうか。でも調べたらこの映像かどうかはわからなくても直近のメディア関係者の死亡事故かあるいは原因がはっきりとした事故を抑えた動画とかを探し回れば。ネットニュースでも事件前の不審な行動とかが記載されているものをピックアップできれば法則性が見つかるかもね」


「法則性ですか。何をいっているかわからないです」


「刑事たちの話だと関東圏で被害が多いなら。常に被害が出ている場所の近くで次の被害が起きているとか」


「鈴井ちゃん。それは調べる事ができるかもしれない」

花田が怒り肩でどこでも誰でもない方向を睨みつけている。スマホの時計を見ると午後八時前だ。これは嫌な予感がする。


「いや待ってください花田さん。今私が言ったことは刑事さんが多分やっていると思うので」


「いや鈴井ちゃん。あの少数ではマップを使った会議ができないはずだ」


「まあ少数と言っても現場以外に後十人くらいはいると思うけどな。調べますか」


藍田は覚悟を決めているようだが諦めているようにも見える。



飲み会中止どころか家に帰れない可能性が出てきた。そもそも調べたところで解決につながる何かが見つける展望は見えない。そうとも限らないが調べれば調べるほど呪いの映像。現在は心的外傷を及ぼす映像となるがそれをまたブラウザ上で触ってしまったら厄介なことになってしまう。見なければ良いのだが。


「あのさっきの心的外傷を及ぼす映像をまた誰かが見つけたら危険ですよね」


同僚たちがため息をついた。花田が口を開くまでに十五秒かかった。


「例の映像を見た人間は怪しければ直感で見てはいけないとわかるから自動で残業決定。興味がある人がいたら協力してください」


当然の結果ではあるが予測できなかった。


AD松田が毛羽だったリュックに荷物を直し始めてやつれた顔で私を見る。


「鈴井さん明日の放送は近所に事務所がある知性派のアイドルに連絡を入れておくので安心してください。僕はハンバーガーいらないので残業のエネルギーにしちゃってください。まあ僕ら配信担当は残業できないので。申し訳ないです」


私も配信担当の一人ないしメインパーソンなのだが。松田はこの時間帯は冷酷な家族の待つ家へと向かう直帰人間になる。いや冷酷という表現とは真逆かもしれない。


「いいよ、明日も別に休まないから。今週土曜日はそのアイドルの子にやってもらうってことだったからそれまでは我慢かな」


「いやニュース記事をあたる作業って確か」


「余計なことは考えたくないからいいや。ありがとう」


余計なことを考えないのは得意だが。花田に聞こえる位置で余計なことを言ってしまった。この圧倒的な厄日が過ぎたら長期休暇でハワイに行ってしまおう。沖縄がいいだろうか。配信担当四人と駒崎が家に帰る支度を始めた。駒崎は俯き加減で声をかけられるような状態ではなさそうだ。


即効性のある心的外傷を及ぼす映像を見るリスクは重いので巻き込むこともできない。喫煙グッズ担当山野が残り(残業志願者)休憩に入る報道担当とエンタメ班の計五人がハンバーガーの紙袋を取ってオフィスから出ていった。スポーツ担当は急遽外と家で仕事をするようにとアナウンスされたようだ。


残ったのは花田直哉。私、鈴井菜穂。藍田祐介と山野久となった。あとは派遣の夜勤と海外班長野が実質合流ということになる。おそらく記事を書く合間に協力してもらうことになるだろう。長野は海外担当ではあるが一年ほど前に国内で起きたテロ事件を三日間無睡で画面越しに監視していた事がある。加えて海外の戦地でカメラマンをやっていた経験があるから協力してほしいところであるがどうだろうか。根拠はないが私は五分五分とみている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る