DAY1-11 花田

 八月十七日 十八時半 〇〇通り商店街 クロックイズヘッド本社前 花田直哉


「案の定だ。藍田か内村。最悪の場合エース選手の鈴井が死んだ」


 クロックイズヘッド周辺にはパトカーと数台の警察専用車両と見られるハイエースに近い形状の車が計四台止まっている。あの後バスに乗ってクロックイズヘッドに向かったのだが途中で桜庭の手帳にあった。新宿駅の写真を数枚撮って電車には乗らずに改札に引き返した。日頃の疲れが溜まっていたわけではないのだが。社員二人と目の前で刑事が自ら口を潰して死んだ場面に遭遇したことで受けたショックは脳にダメージを残した。それを消すためにと言ってはなんだが古い喫茶店でアイスコーヒーを飲みながら実質サボりを入れてしまった。その結果がこれだった。


「花田さんお疲れ様です」


 背後から声をかけられた。背中を縦にびくつかせて振り返るとコンビニの袋とマクドナルハンバーガーショップの紙袋を抱えた藍田がそこに立っていた。先に俺が喋ってしまう。


「おおー藍田。生きていたか。もしかしてアイスクリーム屋で火災かな」


「アイス屋で火は起こらないでしょ花田さん。大丈夫です僕もサボっていたので。今スマホないし。みんなにお土産買ってきたんですけど。鈴井さんの生配信はどうやら始まるみたいです。カフェのネットでパソコンを繋いでいたので確認済みです」


「ということは」


 パトカーと野次馬の方を見た俺は今までにない絶望感を味わいながら見た。更に夕方の高温多湿の混じる雨が降りそうな気配にうんざりしてしまう。


「内村さんですね。鑑識とキー局らしきスタッフまで来ているからこれ全国ネットに出るかもです」


 俺はため息と深呼吸を同時に行った。


「野次馬がいるから深夜のネタが自社生産で回る事態だ。藍田とりあえず腹を括れ。今日は帰れないぞ。」


「そうですね僕も休んだので色々と話す気になりましたよ」


「どういうことだ。お前何かしたのか」


「そんなわけないでしょ。あの後映像を鈴井さんと内村さんとで三分割してみたのですが。僕は最後の方を見ました」


 呪いの映像を見るなと忠告していたのだがネットメディア勤務のこの三人がボーッと時間を潰しているはずがない。その部分の責任を追求しても仕方がないが。呪いの映像の力は刑事の桜庭の件で理解している。


「それで、お前は死んでいないから内村は序盤と中盤どちらを見たんだ」


「序盤ですね。ですがおそらく昼過ぎの解散の後に内村さんは全部見たのだと思います」


「わかった、だいたい分かってきたぞ」


 藍田は紙袋を落とさないように抱え直した。俺は自分が分かったと二度続けたことに少しイライラした。実際は何も分かっていない。


「最後の方はどんな構成だったの」


「城島さんが事故に遭う瞬間をとったものでした」


 沈黙が流れた後に俺はとりあえず会社の前にいる刑事たちの方に歩き出した。


「これ嫌がらせなのか。ずいぶん手が混んでいるじゃないか」


「と思いますよね。でもその後城島さんが車に轢かれる直前をこの周辺の人が撮影していてそれを見たのですが」


「と思いますよね。とはなんだ。犯人が映っていたのか。違うみたいだな」


藍田は顔を振ってメガネを揺らした。


「ネットに挙げられた映像では女性の会社員が。呪いの映像内ではスーツを着ていた中年の方が道路に飛び出そうとする城島さんを抑えていました。頭を冷やすためにマクバシェイクを三つ飲みましたよ」


 更に俺は黙った。口を開いては見るものの半信半疑だった。


「この世のものじゃないのか」


 悪趣味なショートムービーを即席で作ってクロへに嫌がらせをしている人間がいるのかと疑問がよぎる。映像を加工するにしてもなぜ映像の中の自殺を食い止めようとしている人間の性別をいじる必要があるのか。


「そこで仮説なのですが。呪いの映像である可能性は高いです。おそらく最後に見た人間を背後から追ったものを見て。死んだ人間からバトンを渡される仕組みになっているのではないかと思うのですが」


 いまいちしっくりこないのは俺の記憶には桜庭がいるからだ。バトンを渡されるのであれば桜庭はなぜ死んだのかがわからない。死のリレーマラソンの選手の中に桜庭が入っていないのだろうか。


「内村は城島が死ぬ瞬間と映像の前半を見たから死んだのか。うんまあもう少し話し合ってから警察に報告しよう。絶対に信じてもらえないからな。パソコンのメールで俺のスマホに空メールを打っておいてくれ。頼んだ」


 刑事たちが俺を見て近づいてきた。藍田は返事をしてから社員証を掲示して社内に入った。


「ご迷惑をおかけしているようで申し訳ない株式会社クロックイズヘッド管理責任及び総合マネージャーの花田直哉です。外に出ていたのですが。もしかしてウチの社員ですか」


 無愛想な上に視線が鋭い刑事が胸を張った状態で俺の肩に手を回した。どうやら死体はまだそこにあって見分に立ち会うようだ。先ほどがぶ飲みした二杯のアイスコーヒーが胃袋を刺激して穴が開きそうだ。刑事が低音を効かせたベース音のような声で語る。


「死体は見ることができますか?忙しい人は見ない方が良いかと」


 もちろん見る気はないが断ることができるのかは不明だ。行き先はクロへが入っているビル横の階段がある幅二メートルほどの狭い隙間だった。鑑識のシャッター音が響いている。更に二人の刑事が付き添いビニールカバーを押し退けて中に入っていく。


「あの死体を見ないという選択はできるのですか。」


「ああ、はい大丈夫ですよ。免許証があるのでそちらを確認して頂いていただければ結構です。顔はできれば見ていただきたいのですが。」


「そうですね状態次第ですかね。親しい人間しか職場にいないもので」


「状態は問題ないと思います。二階喫煙所から飛び降りて足の骨が折れたことによるショック死だと思われます。なので頭は問題ないかと」


「顔が無事でよかったです。今日はもう社員が三人死んでいて。見るのは流石に耐えられないなと」


 刑事は少し黙って遺体にかけてあるビニールシートの前に立ち鑑識に合図を送った。


「ここ最近こういった不審な自殺が限られた範囲の場所で立て続けに起こることが起きています。午前中に桜庭という刑事が捜査の権限を持っていないにもかかわらずここに捜査に来たと聞いているのですが。」


 体育座りでビニールシートを捲った時に内村の坊主頭が見えた。


「ああはいウチの内村で間違い無いです。桜庭って刑事さんは来ました。特に変な様子もなくて安藤の突然死について聞いてすぐに帰りましたよ。」


 俺は少し国営テレビ裏路地の件についても話そうと思ったのだが言わないことにした。桜庭の手帳はカバンの中にある。


「そうですか。おいここの会社員の内村さんで間違いないからご遺族に連絡とって。桜庭と連絡をとっていたサイバー犯罪捜査班の数人が行方不明です。まあどうやら一人はアメリカに行ったようでなんか良くない詐欺にでもあっているのでは無いかと思うのですが」


「からすまさん、さっき国営テレビの辺りであった自殺。どうやら桜庭さんみたいです」


「おう分かった。ええと花田さんでしたよね少し社内で話を聞きたいのですが。烏丸と言います。警部です」


「もちろん、この状況を見ると喫煙所から飛び降りたんですね。確か内村は喫煙者じゃなかった」


「なるほど、やはり突発的な行動ということなのですね」


 頭によぎるのは呪いの映像ではあるがこれを説明することができるだろうか。現状死んだ社員の共通点がそれしか無いのだ。何かしらとしか言いようがないのだからありのまま伝えるしかない。

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