DAY1-9 内村
十六時三十分 クロックイズヘッドオフィス 内村圭太
「じゃあ私は夕方の放送があるから屋上に行きます」
「おう、藍田は休憩しにコンビニに行ったから。俺も普段の業務に戻ります」
「今日は助かりました。内村さん」
「まあまあこういうこともあるって。また普段のクロへの仕事が再開するよ」
「うっす。飲み会楽しみですねー」
「せやな。じゃあ配信頑張ってね」
「お疲れ様です」
鈴井の後ろ姿を見送ってボソボソと呟いた俺は安藤の席に座った、
「鈴井と駒崎さんと飲み会か。最近仕事ばっかりだったから連絡先とか聞いておこう。バーベキューがしたい。無性に夏を謳歌したい気分だな」
呪いの映像と距離を置いた俺たちは一時散開となった。結局映画や小説のように手が勝手に動いて映像を見てしまうだとか気が狂うようなこともなく四時間がすぎた。
ただ今日のクロックイズヘッドの社内は二人の社員の事故による影響で休憩を余儀なくされた。あの後三人で談話をしながら取材から帰ってきた駒崎と外回り数名とで午前の問題を映像なしでシェアすることになった。要はちょっとしたテロ事件に巻き込まれたわけだ。
花田直哉が帰ってきた後、定時を過ぎた八時に最終ミーティングをするプランで話がついた。
「さてと。神谷のパソコンを片付けますか。まあ撤去する仕事は城島さんがやる予定だった筈だけど」
神谷のパソコンのケーブルの位置を大まかに確認した後キーボードやマウスを順番に外すことにした。片付けをする手を止めてぼんやりとデスクルームの奥の壁を眺めた。
「まあ偶然の事故が二つあっただけだよな。俺のパソコンにあるシーイングとかいう狂った何かから送られたファイルのコピーは後で消すとして。神谷のパソコンのものを見てもいいかも知れないな。これから花田さんに報告するにしても俺たちの持っている情報じゃ何もわからないだろうし。最後まで見てみるか。抽象的な映像をつぎはぎで伝えるのもどうかと思うし。シーイングだったな」
神谷のパソコンの電源を入れると強制シャットダウン後の再起動画面になった。少し心のざわめきを感じつつだが画面を凝視すること数分でホーム画面が立ち上がった。
「へえどういうプログラムなのかな。なかなかやりますね」
フォルダに触ることなくノンフレームの動画が再生された。
「おっと。来ましたか。詐欺まがいのお小遣い稼ぎ方法を教えてくれるシーイングのプロモ映像」
例の屋上に青空の映像だった。映画やドラマなら病院の屋上ならベッドのシーツが干してあるのが定番だがこれはなんの変哲もないビルの屋上だ。屋上に通じているドアとビル用の換気扇が写っている。
奥にある二つのビルにはガラス窓はなく沈んだ白い色をしたコンクリートと小さい曇り窓しかない。画角は空によっているのでその他の情報はない。青空にも変わった点はない。飛行機雲だとかはないが千切れた雲が少しある。既視感を頭の中で探してみると確かに飛び降り自殺を連想するものではある。自営業の人間が貸ビルの家賃を払えずに飛び降りる間際に拝んだ空といったところだろうか。
次に映し出されたのは交差点の道路に加えて足元だった。行き交う人々のさまざまな靴が映し出されている。これは俺が見た映像だった。よくみると黄色い光がチカチカと点滅していることがわかる。
「ああこれをみると黄色いものにイライラする症状が出るのかな。信じられないね。へえ。でもなんかよくできているな」
一瞬にして画面を黄色いペラペラのフィルムが瞬き画角を覆った。思わず拳を口の前に当てて緩やかに顎を上げてしまった。俺はクオリティの高い映画のオチを見た時にこれをやってしまうのだが。こういったイタズラものでこの迫力を感じるのは少し腹が立った。シナリオの筋は無きに等しいので映像の見せ方だけでこの感覚を味わうのには違和感がある。
続いて映ったのは見覚えのある映像だった。俺は茨城方面からこの会社に通勤する。
クロックイズヘッドのあるビルの入り口にはいる時に見る地下鉄方面にある商店街の十字路であることがわかる。城島が気だるそうにビルから出てきた。さらに顎をゆっくり上げてしまった。
「誰が撮影しているんだ?コレ。待ってくれ。見ないほうがいいのか。藍田はこれを見ていたのか」
城島がフラフラと交差点に向かう。周りには数名のスーツのサラリーマンがいる。カメラは城島の後を追う。
咄嗟に映像を見ないことにするか迷ったのだがこれが一体何になるというのだ。シーイングとかいうツブキットのアカウントを使ってこの会社に嫌がらせをしている奴がいるに違いない。そうだとしたら人殺しとも取れる。もしかしたらこの
撮影者が城島を車道に突き飛ばすのではないか。きっとそうだ。
映像に没入した俺はジッと城島の死の瞬間をまった。
城島が交差点前でポケットを弄っている。電話を取り出した。その時パソコンの画面が黄色くなったことに気づいた。
いや画面だけじゃないマウスもキーボードもそのほかも全てが黄色い。映像の中でサラリーマンたちの静止を振り切った城島が黒いバンに轢かれてしまった。
(クシャクシャクシャクシャ)
視界を覆う黄色いフィルムの存在感が強くなった。
「しまった。まずい」
予想以上に自分の発する声が大きい。
周りの社員たちが騒然としている中。駒崎が駆け寄ってきた。
「落ち着いて内村くん。待って」
黄色いフィルムを振り払うために俺はデスクルームの外に飛び出た。後から駒崎と外回りが慌てて追いかけてくる。社外に出たらシーイングとかいう広告を使って嫌がらせをしてきた奴の思いのままになってしまう。
喫煙所にいたタバコ専門記事を取り扱う山野が走ってきた。
「おい、話はさっき聞いているから。駒崎ちゃん。あと神崎。内村を取り押さえろ。死んだら困るぞ。マジでそんな呪いがあるかは知らないけど。只事じゃないのはわかった」
周りの人間に半分は抱擁されるような形で囲まれることでどこかに走り出したい衝動が和らいでいくことが体感できる。右の掌を握る駒崎の香水の匂いと肩を掴む山野の電子タバコの匂いが混ざった時に膝を落として荒い息を抑えることができた。視界は黄色いままだ。
「くそっ誰かが嫌がらせをしているはずだ。城島さんを後ろから撮影してやがった」
山野が冷静に返事をした。
「なるほど。それでそいつが城島さんを突き飛ばしたのか」
「いいや違う 違うんだ。きっとこの辺で粘着してやがる。サラリーマンのおっさん達につかまれていたけどアレは、アイツらは違った。何かしているんだ。絶対に。おかしい。」
駒崎の頬に涙が伝っている。
「もう大丈夫。内村君。みんながいるから」
駒崎の顔が見えなくなった。黄色いフィルムが顔を覆っている。腕を大きく振り回した時に駒崎が悲鳴を上げて山野があっと声を上げた。神崎が通路に尻餅をついた音がした。
「剥がさないと。わああ。」
記憶では喫煙所が走る先にある。とにかくそこに走った。ドアを開けて大きく跳躍した俺は床を踏めずに落下していることがわかった。衝撃と同時に死を悟った。
フィルムがちらつく音がする。何かを同僚達に伝える事ができただろうか。少なくともあの映像が本当に人を殺せるというのはわかるはずだ。そう思った時に目の前が黄色から真っ暗な闇に変わった。
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