第54話 最後の夜明け
アルテミシアとエルザも部屋にやってきたところで、おれは改めて説明をはじめた。
「この大陸の北にあるマホーツ山脈は知ってるか?」
おれがたずねると、三人はそろってうなずいた。
「その山脈を越えたところに、大きな盆地があるんだ。シュゼット盆地という名前だ」
「それは初めて聞いたな」
アルテミシアが言うと、
「我もそんな土地は知らぬぞ」
とビルヒニアも訝しそうな顔をした。
「それは当然さ。ビルヒニアがこっちの世界にやってきて、まだ数百年くらいだろ?」
「六百八十四年だ」
「……けっこう長いな。まあ、ともかく、その盆地は人間が足を踏み入れなくなって五千年は経っているんだ。だから、シュゼットって名前も古代魔術王国時代につけられたのさ」
「その盆地がどうかしたんですか?」
エルザがたずねてくる。
「そこに魔術王国によってつくられた古代都市が眠ってるんだ。すべてが魔法の力で制御された街だ」
「どうしてそんなことがわかるんです?」
疑わしそうな顔をするエルザに、アルテミシアが、
「彼にはそういうスキルがあるんだ。世界のことを何もかも見通せる<神智>というスキルがな」
と説明した。
「あ、それってラース師が言ってた……そうか、だから私の心も読めたんですね」
「古代都市のことを信じてもらえたかい?」
「はい。だけど、その都市がどうかしたんですか?」
「これからおれたちがそこを目指すんだよ」
「ええっ」
驚いたのはエルザだけでなく、ほかのふたりも同じだった。
「マサキどの、本気なのか?」
アルテミシアが、信じられないという顔で言う。
「もちろんだよ」
「だが、古代魔術王国時代の都市なら、もはや廃墟となっているのではないか?」
「いや、大丈夫だ。もちろん住人はいなくなってるけど、都市の機能は失われていない。中枢部におかれた魔法陣で起動のための合言葉を唱えれば、すぐに復活するよ」
「では、マサキどのはその合言葉も分かっているのだな?」
「ああ」
「さすがだな……」
アルテミシアは「神智」のスキルに感心したというより、畏怖をいだいたようだった。
「この城館を捨てて逃げるというのか?」
ビルヒニアが赤い瞳を光らせて言う。
「気にくわないのは分かるよ。だけど、冷静になって考えてみてくれ。残りの兵力じゃ、次に攻められたらもう守りきれないはずだ」
「だが、人間ごときに背中を見せて逃げるなど……」
「いいか、勝ち負けでいえば、ビルヒニアが連中に捕まればおれたちの負け、逆にビルヒニアが逃げ切ってしまえばおれたちの勝ち。そうだろ?」
「……うむ」
「だったら考えるまでもないじゃないか。敵の包囲をやぶって、あいつらの手の届かないところまで逃げてやろう」
おれが言うと、ビルヒニアは渋々といった感じでうなずいてくれた。
「アルテミシアもいいかい?」
「ああ。どこまでもお供しよう」
「エルザは?」
「私も行きます! 古代魔術王国の都市だなんて、魔術師としては絶対に見逃せませんからね!」
エルザは鼻息荒く言う。
「よし、決まりだな。敵の次の攻撃が始まるまえに、ここを抜けだそう」
おれたちはさっそく支度に取りかかることにした。
この先、長い旅になるが、多くのものは持っていけない。敵軍の包囲を突破するためには、できるだけ身軽じゃなければならないからだ。
乗馬のほかには、荷物をくくりつけた馬を一頭だけ用意することになった。当面の旅費にするため、できるだけ高価な宝石を集めて革袋に入れておく。それに、一週間分の食料を用意した。着替えも道具も最低限のものにして、よぶんなものは全て置いていく。
支度の途中、ビルヒニアの居室のまえを通りかかると、ドアが開いていたのでちらりと覗いてみた。すると、ビルヒニアがひとりきりで部屋の真ん中に立っていた。
「ビルヒニア、どうしたんだ?」
おれは部屋に入って声をかけた。
「……ここにある家具は、百年ほどまえに、今は無き芸術都市ヴィアンツで手に入れたものだ。ロランズが攻め入ってきたときにも、どうにか焼かれずに済んだのだが……」
ビルヒニアは家具調度を眺めながら答えた。
「そうか……」
ビルヒニアからすれば愛着のあるものをすべて置いていくことになるんだ。別れを惜しむ気持ちになるのも当然かもしれない。
おれはビルヒニアを一人にしておくことにした。
旅の支度がほとんど整ったところで、クレールの様子を見に行く。ドアをノックして部屋に入ると、クレールがベッドのうえで起き上がった。
「具合はどうだい?」
「はい、かなり良くなってきました」
「立って歩けるかな?」
「やってみます」
クレールはベッドからおりて、そろそろと歩いた。ちょっと危なっかしいけど、なんとか大丈夫そうだ。
おれはクレールの両手をとって、もう一度ベッドに座らせた。
「いいかい、クレール。おれたちはこれから旅に出ることになった」
「どこへ行くんでしょうか」
「王国を離れ、大陸を北に向かってマホーツ山脈を越えるんだ。その先に、おれたちが目指す街がある」
「そんなに遠くへ……」
クレールは寂しそうな表情をうかべた。旅にでれば、もう二度と王都に暮らす家族たちと会えなくなるかもしれないんだ。ためらいを覚えるのも無理はない。
「一緒についてきてくれるかい?」
「……はい、もちろんです」
クレールは微笑んでうなずいてくれた。
「それじゃあ、さっそく準備しよう」
ミスリルの鎧は部屋の隅に置いてあったけど、これも残していくことにする。起きあがれるようになったとはいえ、もっと十分な休養をとらなければ、クレールがふたたび
クレールを自室までつれていって、旅の服に着替えてもらう。
すべての支度が整ったときには、もう夜明けが迫っていた。
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