第52話 エルザの提案

 おれたちは、まだ壊されずに残っていた塔にのぼった。


 城壁を見下ろすと、すでに敵兵が数人乗りこんでいるのが見える。弓兵たちが剣を抜いて防ぎにかかっているが、このままじゃ長くはもたないだろう。


「いいか、さっき言ったとおりにしてくれよ」


 おれはビルヒニアを床におろして言った。


 ビルヒニアはうなずくと、胸壁から身をのりだした。


「我が城を狙う愚か者どもたちよ、よく聞くがよい!」


 ビルヒニアの高い声が響くと、敵兵たちが一斉にこちらを見上げた。


「きさまらの送りこんだ四匹のネズミたちは、すでに捕らえた。そして、いまや我の忠実なしもべとなっておる」


 そこでおれは、後ろに立っていたエルザの腕をつかみ、横に立たせた。


「我が城館にむらがるダニどもよ、まとめて消し炭となるがいい!」


 ビルヒニアが叫んだ。


 予定では、そこでエルザが魔法を使うことになっていた。だけど、エルザはじっとしたまま動かない。


「どうしたんだ、早くしろ」


 おれは小声で言った。


「で、でも、そこまでやったら、あたし完全に裏切り者になっちゃうし……」

「そうか、嫌なのか。だったら、君には本当にビルヒニアの従者になってもらおう。それから魔法を使ってもらえばいい」

「あ、待って。わかりました、やります」


 エルザはあっさりとおれの脅しに屈した。杖を高くかかげて、魔法の詠唱をはじめる。


 空中に光の玉があらわれた。それはみるみる大きくなっていく。敵兵たちが怯えた顔になるのがわかった。


「さあ、食らえ! 火球ファイアーボールだ!」


 おれは大声で叫んだ。同時に、光の玉が城壁にむかってふらふらと飛んでいく。


「うわあ!!」


 敵兵たちが慌てて逃げだした。さっき火球の凄まじい威力を見たばかりなんだから当然だ。こうなれば戦歌の効果も完全に消えてしまう。


 慌てて梯子を下りていく者もいれば、城壁から堀へ飛びこむ者もいた。


 そして、敵兵が一人残らずいなくなった後、光の玉は城壁にぶつかると、ぱちんと弾けるように消えた。


 もちろん、この魔法は火球なんかじゃなく、ただの明かりライトだった。今のエルザでもどうにか使える初級魔法だ。


 この隙に守備兵たちが攻城梯子に駆けよって、三本とも堀に落とした。


「これで少しは時間が稼げたな」


 おれは敵陣を見下ろしながら言った。敵兵はやっと騙されたことに気づいたらしく、こっちにむかって罵声を浴びせてきている。


「敵の次の攻撃は、明日の朝になってからだな」


 アルテミシアは西の空を眺めながら言った。太陽は山々の向こうに沈もうとしていて、空は夕焼けに染まっている。おれたちにとっては、わずかでも休息がとれる、救いの日暮れだった。


 敵兵たちが一度退いていくのをたしかめてから、おれたちも塔を降りることにした。おれはビルヒニアを背負って階段をおりていった。


 下まで着くと、


「エルザはどうする?」


 とアルテミシアがたずねてきた。


「そうだな、また縛りあげて、仲間たちと同じ倉庫に戻ってもらおう」


 おれがそう答えると、


「ちょ、ちょっと待ってください」


 とエルザが慌てて声をあげた。


「何だ?」

「あの、あなたとふたりきりで、お話をさせてもらえませんか?」

「話があるんなら、ここでしてくれ」

「えー、でも……」


 エルザはちらりとビルヒニアを見る。


「どうする、話をせずに倉庫に戻るか?」

「わ、わかりましたよ」


 エルザは覚悟をきめたように言って、


「ええと、こうなったら遅かれ早かれこの城は攻め落とされるじゃないですか。そうなれば、あなたたちは殺されるか、捕まって死刑になるかのどっちかですよね」

「ああ、そうかもしれないな」

「でも、いまならまだ間に合うと思うんです。ビルヒニアを差しだして降伏すれば、命までは取られないはずです」

「…………」


 ビルヒニアが罵るかと思ったけど、おれの背中でじっと黙っていた。


「私が使者になってラース師に会ってもいいですよ。それで、寛大な処置をするよう約束してもらいますから」


 エルザは懸命に言う。


「いや、せっかくだけど、それはできない」


 おれは考えるまでもなく、すぐに答えた。


「えっ、なんでです? 命が惜しくないんですか?」

「ビルヒニアはおれたちにとって大事な仲間なんだ。命乞いのために差し出すなんて、できるわけないだろ」

「それはそうかもしれませんけど……」

「心配しなくても、さっきも約束したとおり、きみたちに危害をくわえるつもりはない。このまま倉庫でじっとしてれば、そのうち向こうの兵士が見つけて助けてくれるだろう」

「それが、わたしの場合はそうもいかないんですよー」


 エルザは情けない顔で言う。


「どういうことだ?」

「まえにも言ったかもしれませんけど、特務官になるとき、魔術院の利益に反するような行いはしない、って誓約をしたんです。さっき、敵兵を追い返すために魔法をつかったじゃないですか。それって明らかに誓約に違反してるんですよね」

「でも、あれはおれたちに脅されたからって言えば……」

「そんな言い訳が通じる相手じゃないんですよ。このままじゃ、あたしは監獄へ放り込まれちゃいます」


 たしかに、魔術院にはうんざりするほど融通が利かないところがある。ビルヒニアをあくまで魔族として扱い、例外を許さなかったのもそうだ。


「なるほど、きみがおれを説得して降伏させようとしたのは、そのせいか。なにか手柄があれば、罪をゆるしてもらえると思ったんだな?」

「えーと、まあ、身も蓋もない言い方をすれば、そうなるかもしれませんけど」

「残念だけど、あきらめてくれ」

「うぅ……」


 エルザはがっくりとうなだれた。


「さあ、それでは倉庫へもどってもらおう」


 アルテミシアがエルザの肩に手を置いて、連れていこうとする。


「……ま、待ってください。でしたら、わたしをみなさんの仲間にしてください!」

「は?」


 おれはぽかんとして、エルザを見た。


「魔術院の審問をうけて監獄へ送られるくらいなら、みなさんと一緒に助かる方法を考える方がまだマシですもん」

「そんなにあっさりと魔術院を裏切っていいのか?」


 アルテミシアが呆れたように言う。


「いいんです。どうせ報酬が目当てで契約しただけですし、向こうだってあたしたちのことを使い捨ての道具としか思ってませんから」

「……マサキどの、どうする?」


 アルテミシアが振りかえって、たずねてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る