第51話 捕虜
「ちくしょう、こんな事があるかよ!」
ムーランはまだ敗北を信じられないように言った。
「クレール、早くそやつらを殺せ!」
ビルヒニアが叫ぶ。
「だめだ、クレール。そこまででいい」
おれは慌てて言った。
「なぜだ、なぜ殺さぬ?!」
ビルヒニアがにらみつけてくる。
「クレールがもとに戻ったとき、無抵抗の人間を殺したことを覚えていたらどうする? 罪の意識に押しつぶされて、二度と立ち直れないかもしれないぞ」
「む……」
「おまえの気持ちはわかるけど、こいつらはもう無力だ。無駄な復讐はよせ」
「……ええい、忌々しい」
ビルヒニアはそう言って顔をそらした。
そのとき、後ろからまた足音が聞こえてきた。振りかえると、駆けてくるのはアルテミシアだった。
「まさか、もう終わったのか?」
アルテミシアはおれの横に立つと、驚いたように言った。きっとクレールと一緒に戦うつもりでやってきたんだろう。
「アルテミシア、今のうちにやつらを拘束してくれないか」
俺は小声で頼んだ。クレールはまだ廊下に立っているけど、もう限界に近いはずだ。
「わかった」
アルテミシアはうなずいて、特務官たちに近づいていった。
「……ムーランどの、降伏されますか?」
アルテミシアは腰の剣に手をかけながら問いかけた。ムーランは斬られた方の足をのばして、床に座り込んでいる。
「騎士さんよ、まさかあんたが裏切るとはおもってなかったぜ」
ムーランは皮肉な笑みをうかべて言う。
アルテミシアはその言葉を無視して、
「戦いか降伏か、選んでください」
「……降伏したら、その後はどうなる?」
「命の保証はする……それでよろしいですね?」
アルテミシアはおれを振り返って聞いた。
「ああ、約束する」
おれはそう答えた。ムーランはじっとおれを見つめてから、諦めたように両手剣を放りだした。
「こっちは命がけで魔術院につくすほどの義理もないんでね」
「では、拘束させてもらいます」
アルテミシアは革ひもを取りだすと、手早くムーランの手足を縛った。次に、傷の痛みにもだえているアルノーも容赦なく拘束する。意識を失ったままのリュカの両腕も後ろで縛った。
「あ、私もですよね。はい、どうぞ」
エルザは自分から両腕を差しだした。
四人の拘束が終わると、おれはクレールのもとにむかった。
「クレール、大丈夫か?」
声をかけたとたん、クレールは力尽きたようによろめいた。おれはあわてて抱きとめる。
クレールをそっと床の上に寝かして、顔を見つめた。このまえと同じように、クレールの顔色は死人のように青ざめていた。だけど、まだ意識は残っている。
クレールは唇をふるわせて、何か言おうとした。
「大丈夫だ、何も言わなくていい。ゆっくり休んでくれ」
おれが頬を撫でながら言うと、クレールはわずかな笑みを浮かべて、目を閉じた。
「アルテミシア、ここは任せた」
そう声をかけてから、おれはクレールを横抱きにして立ち上がった。
通路を進んでいき、近くの客室へ入る。ベッドにクレールを寝かせてから、鎧をはずした。
クレールはずっと目を閉じたままだったけど、このまえのような意識不明って感じじゃなかった。疲れ果てて眠ってしまったみたいだ。二度目ってことで、戦乙女になるのにも少し耐性ができたのかもしれない。
「クレール、ありがとう」
そう囁いてから、おれは部屋を出た。
もとの通路に戻ると、アルテミシアと特務官たちの姿はなかった。ビルヒニアがメイドに足の傷の手当てをさせているだけだ。
「特務官たちは?」
「アルテミシアが召使いたちに手伝わせて、倉庫へ運んでいった」
「そうか」
「それよりも、外の戦況のほうはどうなっておる」
「待ってくれ、たしかめてみる」
おれは目を閉じて、城の正面の状況を見た。「神智」スキルの使い方にもすっかり慣れ、わざわざ座って神経を集中させる必要もなくなった。
「……まずいな。このままじゃ城壁を越えられるぞ」
城壁にはすでに三本の攻城梯子がかけられていた。敵兵たちが次々とのぼってきている。城側の弓兵たちが矢を射かけているけど、
「すぐに応援をやったほうがいい」
「残念だが、もう手元には兵が残っておらんのだ」
ビルヒニアは投げやりな声で言った。
「そうだよな……」
おれは廊下に倒れたままの多くの兵士たちを見まわした。せっかく特務官たちを倒したのに、これじゃ何の意味もない。結局は、ラースの策に負けたってことなのか。
(……いや、まだ打つ手はある)
おれは一つの策をおもいついた。
「ビルヒニア、歩けるか?」
「まだ無理だ」
「じゃあ、おれが背負ってやる」
「お、おい、待たぬか」
おれは強引にビルヒニアを背負った。
「何をするつもりなのだ?」
「あの女魔術師に用がある」
おれは廊下を走って、アルテミシアたちを追った。
角を曲がったところで、こっちへ引き返してくるアルテミシアたちと出くわした。
「何かあったのか?」
アルテミシアがたずねてくる。
「さっきの特務官たちのところへつれていってくれ」
「わかった」
理由も聞かず、アルテミシアはうなずいた。
特務官たちは廊下のつきあたりにある倉庫へ入れられていた。ドアを開けて覗き込むと、厳重に縛られた四人の姿が目に入る。
「どうした、まだ何か用か?」
ムーランが訝しげに言う。
エルザはその隣りに座っていた。
「きみはエルザだったな? アルテミシア、彼女を部屋から出してやってくれないか」
おれが言うと、アルテミシアは倉庫に入り、エルザを立たせた。
「えっ、あたし? あたしをどうするんですか?」
エルザは怯えた顔で言った。
「心配しなくても、危害をくわえるつもりはないよ」
「ほ、ホントですか?」
エルザを廊下に連れだし、ドアを閉めた。
「さっき、きみはもう魔力が残ってないと言ったな?」
「は、はい」
「本当にもう何の魔法も使えないのか?」
「それはまあ、強力な攻撃魔法は無理ですけど、ちょっとした魔法くらいなら……」
「よし、それなら少し力を貸してもらおう」
「え、何をさせるつもりです?」
エルザは不安そうにおれを見つめた。
「いまからそれを説明するよ」
おれはみんなの顔を見まわして言った。
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