第50話 激闘

「……マサキ、なにをしている。おまえは早く逃げろ」


 ビルヒニアは苛立ったように言った。


「そんな、ビルヒニアを残して逃げるなんて……」

「馬鹿め。おまえが立ち向かったところで、無駄死にするだけなのはわかっているであろうが」

「それは……」

「いいから、行ってくれ」


 ビルヒニアはおれに赤い瞳をむけ、懇願するように言った。


(くそ、どうすればいいんだ……)


 おれが身につけているのは革の鎧と細い剣だけだ。戦えば一撃で倒されるだろう。


「おい、あんた。無理はするなよ」


 ムーランは苦笑を浮かべながら近づいてくる。


 おれはとっさに剣の柄をにぎった。


「その剣は抜くな。抜けば、殺すしかなくなるからな」


 アルノーがそう呼びかけてきた。弓はかまえているけど、本気でおれが立ち向かってくるとはおもっていないんだろう。


 おれは身動きができなかった。ここで逃げれば、やつらはきっとそのまま見逃してくれるはずだ。面白半分で敵を殺すようなやつらじゃないことはわかる。


 だけど、おれはどうしてもビルヒニアを見捨てて逃げることができなかった。


「ビルヒニア、おれは……」


 剣をにぎった手に力が入る。その気配を察した四人は、表情を引き締めた。


 そのときだった。


「待て、おまえたちの相手はわたしだ!」


 突然、凛とした声が通路に響きわたった。


 おれは驚いてふりかえる。


 通路のむこうに白銀の鎧を身にまとった小さな人影があった。それはまさしく、戦乙女ヴァルキリーと化したクレールだった。


「なんだ、ありゃ」


 ムーランが訝しそうに言った。


「気をつけて! ラース師が戦乙女がどうとかって言ってたでしょ。あれがそうかもしれない」


 エルザが仲間たちに警告する。


「戦乙女だと? おもしろい、どれほどのものか見せてもらおうじゃないか」


 ムーランはむしろ嬉しそうに言って、両手剣をかまえる。


「へえ、あんなに可愛らしいお嬢ちゃんがねえ」


 アルノーは弓に矢をつがえながら言った。


 クレールは静かな闘志に燃える瞳で、四人を見つめていた。その手には槍がにぎられている。


 ふいに、クレールが駆けはじめた。疾風のような速さで、瞬時に距離をつめてくる。おれたちの横を駆け抜けると、槍をかまえて特務官たちに突進した。


「さあ、こい!」


 ムーランは両手剣を振りあげた。クレールが目の前に迫った瞬間、渾身の力で叩きつける。


 タイミングは完璧で、クレールは真っ二つに斬られたかと思えた。だが、クレールはわずかに身をひねっただけで、見事に刃をかわしていた。そのまま槍先をムーランの喉へ突きだす。


「うおっ」


 ムーランが必死にのけぞるのと同時に、リュカが大盾を差しだした。槍を盾で弾かれると、クレールはさっと右に跳んだ。もといた場所に矢が刺さる。狙いを外したアルノーが、くそっ、と罵った。


「くらえ!」


 ムーランが今度は横殴りに両手剣をふるった。しかし、クレールをまえにすると、その動きはあまりに緩慢に見えた。


 クレールはわずかに身をひいて、鼻先ぎりぎりで剣をかわす。そして、くるりと体を回転させ、槍の先でムーランの足を薙ぎ払った。


 その一撃は、ふたたびリュカの大盾で防がれた。だが、クレールがすばやく逆回転して反対から槍をふるうと、今度こそ防ぐことはできなかった。


「ぐわぁ!」


 膝下を斬られたムーランが、その場に倒れた。一見すると小さな傷だが、膝の骨が割られているはずだ。


 一度跳び下がったクレールは、身を転じてアルノーに襲いかかった。


 アルノーは慌てることなく、腰を落として迎え撃つ。ぎりぎりまで弓を引き絞り、クレールがあと数歩まで迫った瞬間、矢を放った。


 どうやっても矢をかわしようのない距離だ。しかし、クレールは槍の柄を立てることで、矢を弾き返した。


「バカな!」


 驚愕したアルノーの肩に、クレールの槍が突き刺さった。アルノーは悲鳴をあげて倒れ込む。あの傷では、もう弓を引くことはできないはずだ。


 そのとき、エルザの詠唱の声が響きわたった。


雷撃ライトニングボルト!」


 杖が突き出されると、先端から電撃が走る。ほぼ同時に、クレールは槍を前方へ投げた。宙で槍と雷撃がぶつかり、激しい音と閃光が起きた。


 雷撃を受けた槍が、煙をあげながら床に落ちた。


 クレールが武器を失った隙を、リュカは見逃さなかった。素早く駆けよって剣をふるう。だが、クレールは舞うようなステップで刃をかわしつづけた。そして、一瞬の隙を見て、床に転がった槍に手をのばす。


 リュカもそこが狙い目だったように、鋭く剣を振りおろした。


 刃はクレールの腕をとらえたように見えたが、ミスリルの手甲に弾き返された。


 クレールは無傷のまま槍をかまえなおすと、反撃に移る。次々と突き出される槍を、リュカは懸命に大盾で防いだ。


 壁ぎわまでリュカを追い詰めてから、クレールは一度大きく跳びさがった。そして、全身を一本の槍にするような勢いで飛びかかる。


 その渾身の一撃も、リュカは大盾で防いだ。が、直後にパキンと音がして、鋼鉄製の盾がまっぷたつに割れた。


 クレールはさらにもうひと突きして、リュカの右肩を槍でつらぬいた。リュカは小さくうめいて、剣を取り落とす。


 それでもまだリュカは戦意を失わなかった。左手で腰の短剣を抜きとる。


 クレールは槍をひるがえすと、石突きでリュカの側頭部を叩いた。リュカは意識を失って床にたおれこんだ。


 最後に、クレールはエルザにむかって槍をかまえた。


「待った! 降参、降参するから! 私、もう魔力がぜんぜん残ってないし!」


 エルザは慌てて杖を放り捨て、両手を高くあげた。


 こうして特務官の四人はクレールの手によって無力化された。

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