第49話 挟撃

「どうした、何があった?」


 居室にもどると、さっそくビルヒニアがたずねてきた。


火球ファイアーボールで城壁を壊された。そこから特務官が入ってきたぞ」


 おれは答えた。


「なるほど、それがラースの策だったわけか」

「やつらの狙いはおまえだ。どこかに姿を隠した方がいいんじゃないのか」

「馬鹿な。我が逃げ隠れしている間に、城門を内側から開けられたらどうするのだ」

「それは……」

「こうなれば、こちらから出向いてやつらを迎え撃った方がよい」

「だけど、あいつらは手強いぞ」

「城壁に最低限の守備兵を残し、残りの兵士をすべて手元に集める。それで一気に決着をつけるのだ」


 ビルヒニアは赤い瞳を怒りに燃やしながら言った。


「わかった。それじゃあ、おれはあの四人の居場所をみつけるから、ビルヒニアは兵を集めてくれ」

「うむ」


 おれは椅子に座ると、目を閉じて「神智」を発動させた。


 城内の通路を探知していき、すぐに四人の姿を見つける。四人はビルヒニアの姿を探しもとめ、次々とドアを開けていっていた。


「やつらは一階の北廊下にいる」


 おれはビルヒニアに伝えた。


「よし、兵たちをひとまず二階の大広間に集める。マサキも来い」


 ビルヒニアは部屋を出て行った。


「アルテミシア、クレールのことを頼む」


 おれが言うと、アルテミシアは表情を引き締めてうなずいた。


「マサキさま、どうかお気をつけて」


 クレールは不安にこわばった顔で言った。


 おれは部屋を出て、ビルヒニアの後を追った。大広間に着くと、すでに多くの兵が集まっていた。三十人はいるだろう。


「マサキ、やつらはどこにいる?」


 ビルヒニアが振りむいてたずねてくる。


「ちょっと待ってくれ」


 おれは目を閉じて、四人の居場所を探した。


「……二階にあがってきたみたいだ。東廊下を南に進んでいる」

「よし、では兵を二手に分ける。やつらを挟み撃ちにするのだ」


 大広間を出ると、ビルヒニアとおれは一隊を率いて右にむかい、もう一隊は左手に進んだ。


(これだけ兵を集めれば、やつらにも勝てるはずだ)


 おれは緊張しながらビルヒニアとならんで歩いた。


 通路を曲がった先に、階段ホールがある。そこに着いたとき、ついに特務官たちと遭遇した。


「へっ、ようやく見つけたぜ」


 先頭に立っていた巨漢の戦士ムーランが、不敵に笑った。大きな盾と剣を手にしたリュカが、無言でその隣りにならぶ。


「あーっ、あの人、昨日の!」


 後ろにいた魔術師のエルザが、俺を指さした。


「あいつは殺すのか? 捕まえるのか?」


 アルノーが弓を引き絞って、矢をおれに向ける。ビルヒニアの兵たちがさっと前に出て、おれたちの盾になった。


「ビルヒニアを捕らえろとしか言われてないからな。まあ、うっかり殺してもおとがめはないだろう」


 ムーランはそう答えて、長大な両手剣をかまえた。


「お喋りはもう十分か? では、死ね」


 ビルヒニアが冷ややかに告げる。それを合図に兵士たちが一斉に襲いかかった。


 ムーランとリュカは兵士たちに押し包まれる。しかし、ムーランが両手剣を振りまわすと、兵士たちはばたばたと薙ぎ倒された。


 大振りするムーランの隙をついて兵士が斬りかかるが、リュカの大盾がそれを弾く。そして、リュカが剣を鋭く突きだし、兵士が一歩下がったところへ、ふたたびムーランの両手剣が襲ってくる。


 前衛のふたりの息はぴたりと合っていて、兵士たちは一方的に倒されていった。


 アルノーの弓による援護も強力だった。


 兵士がムーランの一撃をかろうじて防いでも、その拍子に兜がずれると、次の瞬間には矢が頭部を貫いていた。リュカの大盾にむかってハンマーを振りあげた兵士が、両手を矢で射抜かれて武器を落とすこともあった。


 戦いがはじまってからほんのわずかな間に、二十人近くいた兵士たちが七、八人にまで減っていた。


 だけど、ビルヒニアの顔にはまだ余裕があった。


「……よし、来たぞ」


 その言葉どおり、廊下の向こう側からもう一隊の兵士たちが駆けてきた。作戦通りの挟み撃ちだ。


 兵士たちは後方にいたエルザとアルノーに襲いかかる。しかし、ふたりが慌てる様子はなかった。


 エルザはすでに詠唱をはじめていて、兵士たちが目の前に迫った瞬間、杖を突きだした。


氷刃アイスブレイド!」


 宙に無数の氷の刃があらわれ、兵士たちに一斉に降り注ぐ。前列にいた兵士たちはずたずたに切り裂かれて倒れる。手傷を負った後方の兵士たちには、アルノーが矢を放ってとどめをさしていった。


 瞬く間に兵士の半分が倒された。

 

「はい、私はこれで打ち止めだからね。後は任せたよー」


 エルザが叫んだ。


 そのときすでに、ムーランとリュカはこれまで相手にしていた兵士たちを一掃していた。踵を返してエルザたちを助けに行く。


(なんてこった……)


 四人の戦闘力はおれの想像をはるかに超えていた。これじゃあ、兵士が百人いてもかなわなかっただろう。


「……ビルヒニア、今のうちに逃げよう」


 おれはビルヒニアの腕をつかんで言った。


 ビルヒニアは恐ろしい形相で、残り少ない兵士たちが倒されていくのを見つめていた。


「さあ、早く!」


 おれがビルヒニアをひきずっていこうとしたとき、ひゅっと矢が飛んでくる音がした。


 次の瞬間、ビルヒニアの右足の甲に矢が突き立った。床に縫いつけられる形になる。


「ぐっ」


 ビルヒニアは顔を歪めてうめいた。


「悪いが、ここで逃げられたんじゃ困るんでね」


 廊下の向こうで弓を手にしたアルノーがにやりと笑った。

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