第48話 ラースの策
石はおれたちがいる塔に向かって飛んできた。ひどくゆっくりに見えたけど、実際は一瞬の間だっただろう。
「伏せろ!」
アルテミシアが叫んだ。
おれはとっさに、隣にいたクレールをかばうようにして、床に伏せた。
飛んできた石は、わずかに塔の屋根をかすめただけだった。それでも、屋根の一部が崩されて、破片がふってくる。もし石が直撃していたら、塔は崩れ落ちていたかもしれない。
おれは立ち上がると、頭や肩にふりつもった塵を払いながら、みんなの無事をたしかめた。幸い、怪我人はいないみたいだ。
「ここは危険だ。下へおりよう」
アルテミシアの提案にしたがって、急いで塔から降りることにした。
おれたちはビルヒニアの居室に入った。ここなら、石が直撃する心配はない。その代わり、戦況がどうなっているのか見ることができなかった。
ビルヒニアは目を閉じ、城壁にいる屍兵の目を通して、外の様子を確かめようとする。
「……ええい、位置が悪い。もっと城門に近づけ」
高い塔から見下ろすのとはちがって、なかなか状況が把握できないみたいだ。
ときどき、石が城壁にぶつかる音と震動が伝わってくる。
「ビルヒニア、壁は大丈夫なのか?」
おれは聞いた。
「今のところ、たいした被害は出ておらん。この調子ならば、十分に持ちこたえられるはずだ」
「そうか……」
おれはほっとした。
だけど、すぐにまた別の不安がこみあげてくる。
「なにか心配でもあるのか?」
アルテミシアがたずねてくる。
「ラースの作戦が、ただ投石機で城壁を狙うだけとは思えないんだ。きっと何か次の手を考えてるはずだ」
「たしかに……」
アルテミシアの顔も不安で曇る。
「……よし、おれも周りの状況を探ってみる」
おれは椅子に深く腰かけると、目を閉じて意識を集中させた。「神智」のスキルを発動させる。
一度に戦場全体を見とおすのは負担が大きすぎるから、城のまわりを幾つかのエリアにわけて、ひとつずつ意識を向けていくことにした。
城の前面では、攻撃側の投石機と防衛側の弓兵の攻防がつづいていた。投石機は全部で六台あるが、そのうちの一台は兵の被害が大きすぎて、すでに動きを停止している。
何かがきっかけで戦況が変化しない限りは、他の投石機もいずれは停まるだろう。
(やっぱり、ラースの作戦がこんなに単純だとは思えないな)
おれは城の左翼側のエリアに意識を飛ばした。
森のなかに数十人の兵士が配置されているのがわかる。しかし、兵たちが何か特別な動きをする気配はなかった。右翼側も同じだ。
そして、最後に城館の裏手に意識を向けたときだった。
(……なにをするつもりだ?)
そちら側には、十人ほどの兵士しかいなかった。しかし、兵たちは攻城梯子のようなものを組み立てている。
(まさか、たったあれだけで乗りこんでくるつもりか?)
自殺行為としか思えなかった。
が、そこでまた異常に気づく。
(いや、あれは……兵士だけじゃないぞ!)
十人のうちの四人に見覚えがあった。連中は、あの特務官たちだ。
「ビルヒニア、大変だ。兵士たちを裏にまわせ!」
おれは目を開けて叫んだ。
「なに、どういうことだ?」
「急げ、特務官たちが乗りこんでくるぞ」
投石機で塔を狙ったのは、おれたちを下におろして視界を制限するためだったんだ。そして、投石機につられて守備兵が前面に集まったところで、裏から特務官を突入させるというのが、ラースの作戦だったにちがいない。
おれは部屋を飛びだして、城館の裏手に向かった。
城壁のうえの通路に出ると、胸壁から身を乗りだして裏手の森を見つめる。すぐにアルテミシアも追いついてきて、同じ方向を見た。
しばらくして、森のなかから四つの人影が飛びだしてきた。少し遅れて、梯子を抱えた兵士たちがつづく。
(くそ、守備兵はまだか)
おれが焦って振りかえると、弓を手にした守備兵が次々とこちらへやってくるのが見えた。
(間に合ったか)
敵は、いまやっと堀のまえに着いたところだった。これから攻城梯子をかけたとしても、上ってくる途中で弓兵に射落とされるだけだろう。
「なっ……あれは!?」
アルテミシアが驚きの声をあげた。
振り向いたおれは、はっと息をのんだ。森の上空に火の球が浮かんでいた。それは見る見る大きくなっていく。
「火球<ファイアーボール>の魔法だ!」
おれは叫んだ。
同時に、巨大な火球が猛烈な勢いで飛んできた。
おれとアルテミシアはとっさに身を伏せる。
激しい爆発音が響いた。
城壁がぐらぐらと揺れる。
一瞬、城が崩れ落ちるんじゃないかと覚悟した。
だが、揺れはすぐに収まった。
おれはゆっくり立ち上がると、胸壁に手をつきながら周りを見渡した。
初めのうちは、もうもうと立ちこめる煙のせいでよく見えなかった。
だけど、そのうち煙が薄れて、驚くような光景が目に入ってきた。
城壁の一部が完全に崩壊していた。
集まっていた弓兵たちは、瓦礫によって押し潰されている。
そして、堀の向こう側から、長い梯子が差し渡された。
城壁が崩れたところから、侵入するつもりらしい。
四人の特務官たちがすばやく梯子を渡ってくる。
女魔術師のエルザ、巨漢のムーラン、寡黙の戦士リュカ、そして弓の使い手アルノー。
やつらを阻止する城兵はいなかった。
「くそっ、いそいでビルヒニアに知らせよう」
おれはアルテミシアに声をかけて、通路を引き返した。
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