第七章 攻防戦

第45話 敵勢の影

「恐らく、城では討伐軍を編成して、こちらへ攻め寄せてくるのではないだろうか」


 アルテミシアが言った。


「モンペール城にはどれくらいの兵士がいるんだい?」


 おれはたずねた。


「騎士が四十八人。兵士がおよそ四百人。それに農兵をかり集めれば五百人ほどになるだろう」

「ぜんぶで千人ってところか。ビルヒニア、それだけの兵が攻めてきたら、防げるとおもうか?」

「城の雑兵どもだけなら、千だろうが二千だろうが追い返すのは容易だ。だが、問題は魔術院だ。やつらはかならず増援を寄こしてくるだろう」

「あ、そうだ。おれはさっき、その増援の連中に会ってるんだよ」

「なに!?」

「四人組で、魔術院の特務調査官だといってた。アルテミシアはやつらのことを詳しく知っているのかい?」

「いや、彼らがフラヴィーニ伯に紹介されるところに立ち会ったくらいだ」


 ラースの紹介によれば、赤毛の女魔術師がエルザ、巨漢の戦士がムーラン、弓の射手がアルノー、そして極端に寡黙だった男がリュカというらしい。


 彼らの実力は特務調査官のなかでもトップクラスで、これまでにも数々の活躍をみせてきたのだそうだ。


「彼ら四人が軍の先頭に立てば、たとえ他が弱兵だったとしても、撃退するのは容易ではないだろう」


 アルテミシアは深刻な顔で言った。


「ふむ……どうやら早急に戦力を補充する必要がありそうだな」


 ビルヒニアも敵を軽く見るつもりはなさそうだった。


「そういえば、アルテミシアは大丈夫なのか? 特務調査官を騙しておれを逃がしたことがわかったら、裏切り者として処罰されるんじゃ……」


 いまになっておれは心配になった。


「ああ。きっとマリヴォー家は厳しい処分をうけるに違いない」


 アルテミシアはそう答えてから、


「だが、実をいえば、マサキどのを助けたのは私の独断ではないのだ。フラヴィーニ伯と内密に話し合ったうえで、許可を得てしたことだ」

「本当か?」

「ああ。マサキどのに命を救われた以上、恩を返さなければならない、と伯爵は仰っていた」


 おれはフラヴィーニ伯の顔を思いうかべた。いかにも穏やかで優しそうな青年という印象で、魔術院の指示に逆らうような意志の強さがあったとは、意外だった。


「だから、フラヴィーニ家が処分を受けるといっても、あくまで表向きのこと。心配にはおよばない」

「そうだったのか」


 おれはほっとした。


「マサキさまも、アルテミシアさまも、少しお休みになられてはいかがですか? お城から夜通し駆けてこられたのでしたら、お疲れでしょう」


 クレールが言った。たしかに、昨日から一睡もしていないから、頭がぼんやりしていて上手く働かない。


「それじゃあ、少し休憩しようか。城の軍勢への対策は、それからまた考えよう。アルテミシアもゆっくり休んでくれ」

「わかった」


 メイドのひとりにアルテミシアの案内を頼んでから、おれは自分の部屋へ引き上げた。


 一緒についてきたクレールが風呂の用意をしてくれる。熱いお湯に浸かっていると、はりつめていた神経がほぐされて、そのまま眠り込みそうになってしまった。


 風呂を出て新しい服に着替え、ベッドに入る。


「マサキさま、ご無事でよかったです」


 クレールがベッドのふちに腰をおろして、おれの顔を見つめた。


「まさか、こんなことになるとは思わなかったよ。クレールと一緒に王都に戻って、のんびり暮らせると思ってたんだけど」

「でも、ビルヒニアさまを助けるためだったのでしょう? でしたら、しかたありません」


 クレールはおれが決めたことに、なんの不満もないみたいだった。


「すまない、クレール。また苦労をかけることになりそうだ」

「いいえ、気になさらないでください。わたしはマサキさまのお側にいられるだけで満足ですから」

「……ありがとう」

「それでは、ゆっくりお休みください」


 クレールは最後におれの右手をぎゅっと握ってから、ベッドから離れた。


 おれはしばらく天井を見上げていたけど、すぐに頭がぼんやりしてきて、深い眠りのなかに引き込まれた。


 どれだけ眠っていたんだろう。おれはふいに体をゆさぶられて目を覚ました。


「マサキさま、起きてください!」


 まだ半分眠った頭に、クレールの必死の呼びかけが響く。


「……どうしたんだ?」


 重いまぶたをどうにか持ち上げて、クレールを見た。


「モンペール城の軍勢が攻めてきたそうです」

「なんだって!?」


 おれは飛び起きた。窓の外を見ると、まだ太陽が高いところにあった。


(こんなに早く攻めてくるなんて)


 おれはまだまだラースを甘く見ていたらしい。


「ビルヒニアたちは?」

「塔にのぼって、敵の様子を見ていらっしゃます」

「おれもそこへ行くよ」


 おれは急いで着替えると、クレールと一緒に部屋を出た。


 ビルヒニアは城館で一番高い塔にのぼっていた。窓に寄りかかって、じっと地上を見下ろしている。その隣にはアルテミシアの姿もあった。


「敵の様子はどうだ?」


 おれも窓ぎわに立ってたずねた。


「あそこだ」


 アルテミシアが指さして教えてくれた。まだずっと遠くのほうに、一列になってやってくる兵士たちの姿が見えた。


「ここへ到着するまで、あと4メル(二時間)といったところだな」


 ビルヒニアが言った。


「こっちにはどれだけの兵士がいるんだ?」

「弓兵が三十に、歩兵が四十、それに重装歩兵が二十というところだ」

「だいたい百人か……」


 敵兵が千人だとすれば、ほとんど十分の一ほどの兵力しかない。


「どうだ、今ならこちらから奇襲をしかけるチャンスだぞ」


 ビルヒニアが言った。


「え?」

「クレールなら、一騎でやつらを蹴散らせるはずだ」

「それは……」


 おれはクレールをちらりと見た。クレールは顔をこわばらせている。目には怯えの色があった。


「どうした、なにを恐れている? おまえならば、敵から傷ひとつつけられることもないだろうが」


 ビルヒニアがクレールを見つめて言う。


「いえ、わたしは……」

「クレールは自分の心配をしてるんじゃないんだ。人を殺してしまうことを恐れてるんだよ」


 代わりに俺が答えた。


「そんな甘いことを言っている場合か」

「忘れないでくれよ。クレールはおれたちのために戦乙女になったけど、もとは聖女に仕える侍女だったんだぞ」


 モンスターと戦うならともかく、人間の兵士を殺戮するなんて、クレールにできるはずがない。


「ちっ、ならばよい」


 ビルヒニアは吐き捨てるように言うと、塔を降りていってしまった。


「マサキさま、もうしわけありません」


 クレールが謝ってくる。


「いや、本当に気にしなくていいんだよ。大丈夫、きっとビルヒニアが敵を追い払ってくれるさ」

「はい……」


 クレールはうなずくと、不安そうに遠くに見える敵の姿を見た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る