第41話 拝謁のとき

 謁見の間に入ると、両側に大勢の家臣たちがずらりと並んでいた。その真ん中を、おれはゆっくりと進んでいく。アルテミシアはすぐ右後ろに付き添ってくれていた。


 ハコモに教わったとおりの手の動き、足の運びをしているつもりだったけど、上手くいっているかはわからない。家臣たちがひそひそと囁く声が、おれを嘲笑する声に聞こえてしまう。


 やがて、フラヴィーニ伯のまえにたどり着いた。フラヴィーニ伯は椅子から立ち上がって迎えてくれる。


 想像していたのと違って、フラヴィーニ伯はまだ二十歳そこそこの青年だった。色白の整った顔には高貴さが漂っているけど、人を畏れ入らせるような威厳は感じられない。


 おれはぎこちなく片膝を立ててひざまずき、一礼した。


「わたくしはマサキ・カーランドにございます。本日はお召しいただき、大変光栄にございます」


 少し声が震えたけど、どうにかつっかえずに言えた。


「うむ。よく来てくれた」


 フラヴィーニ伯は朗らかな声で言うと、


「幻魔ゴルカを退治したときの活躍ぶりは、アルテミシアとラースどのから詳しく聞いた。もしそなたがいなければ、私は命を落としていただろう。改めて礼を言わせてくれ」

「は、はい。もったいないお言葉です」

「今宵は晩餐会を開く予定だ。といっても、面倒な作法は省いた、ごく気楽な席にするつもりでいる。ぜひ、そなたにも出席してもらいたい」


 聞いてない話だった。正直に言えば、断りたいところだったけど、ここで嫌だという勇気はない。


「ありがたく、ご招待をお受けいたします」

「よかった」


 フラヴィーニ伯はにっこり笑った。


(……それで、次はどうするんだっけ?)


 おれは急に頭のなかが真っ白になってしまった。無言のまま、じっとフラヴィーニ伯と見つめ合う。背中にどっと冷や汗が流れた。家臣たちが少しざわめき始める。


 そのとき、アルテミシアがさり気なく身をよせてきて、


「伯爵を祝福する言葉だ」


 とささやいてくれた。


(そうだった)


 おれの頭にまた儀礼の手順が浮かんでくる。


「閣下に数多くの幸があらんことを願っております」

「そなたにも」


 型通りの挨拶を交わして、これで拝謁は終わりになる。おれはまた一礼してから、ゆっくり立ち上がった。ハコモに教え込まれたとおり、まずは右足を引いて、くるりと身を翻し、出口に向かう。


 謁見の間を出て、控えの間にもどったときには、ほっとして全身の力がぬけた。よろめいたおれの体を、アルテミシアが支えてくれる。


「ありがとう」

「無事、拝謁が終わったな」

「おれの礼儀作法はひどかっただろう? みんなが笑ってたんじゃないか?」

「とんでもない。緊張は感じられたが、立派なものだったよ。みんな、笑うどころか感心していたはずだ。さすが王都の魔術院にいただけあって、貴族の礼儀まで心得ているらしい、とな」


 アルテミシアがお世辞を言うとはおもえない。


「そうか、よかったよ」


 ハコモは喜びもしないだろうけど、なにかお礼の品を贈ろう、と決めた。


「ところで、晩餐会が開かれるなんて聞いてなかったんだけど」

「私も知らなかった。きっと、伯爵が急に思いつかれたのだろう」

「おれはテーブルマナーまで練習してきてないよ」

「心配いらない。伯爵がおっしゃっていたとおり、ごく身近な者だけでテーブルを囲む席になるはずだ。口うるさくマナーを見張る者はいないよ」

「アルテミシアも出席してくれるのか?」

「できるだけ近くの席になるよう、伯爵にお願いしておこう」

「ありがとう。きみだけが頼りなんだ」

「そんな……」


 アルテミシアは恥じらうような表情をちらりと見せて、


「私はマサキどのに命をすくってもらった身だ。このようなことで恩返しになるとは思わないが、あなたのためなら私はできる限りのことをするつもりだ」


 と言った。


 そのとき、また従者が部屋へやってきた。


「失礼します。ラースさまがお待ちですが、ご案内してよろしいでしょうか」


 もう少し休みたい気分だったけど、早く結果を聞きたいという気持ちもある。


「……それじゃあ、案内を頼むよ」


 おれはそう答えた。


「私はここで待っていよう。ラースどのとの話が終われば、戻ってきてくれ」

「わかった」


 アルテミシアに見送られて、おれはラースのもとにむかった。


 ラースは城の塔のひとつにある小部屋で待っていた。


「やあ、よく来てくれました。どうぞおかけください」


 ラースは机の上に広げていた書類を急いで片づけ、向かいの席を勧めてきた。


「失礼します」


 おれは一礼して、椅子にすわる。


「フラヴィーニ伯に拝謁したそうですね。これで、あなたが王都に戻るときには強力な後ろ盾ができたことになる」

「そんな、後ろ盾だなんて」

「今後のあなたの立場を考えれば、政治的な問題にまきこまれないとも限りません。そうしたとき、身を守るために後ろ盾を必要とすることもあるはずですよ」

「というと、わたしがどう扱われるのか決まったんですか?」

「はい。魔術院六賢者会議に直属する特務調査機関にあなたの席を用意することなりました」

「特務調査機関……」


 魔術院のなかでもエリートばかりが集められた組織だ。強大な権限を有していて、王政の機密に触れることも珍しくないと聞いている。


「もちろん、この話を受けるかどうかはあなたが決めることです。断ったからといって、何か処分を受けるようなことはありません。そのときは、一市民として自由な立場を得るだけのことです」


 ラースは穏やかな口調で言った。


「……お返事するまで、少し時間をもらえますか?」

「ええ。私は明後日まで城に滞在する予定です。それまでに決めてもらえれば結構です」

「わかりました」


 おれはうなずいてから、次の質問をした。


「ところで、アゼルはどうなりましたか?」

「審問会によって処分内容が決まりました。彼は十五年の刑期で監獄へ入れられるそうです」

「十五年……」

「魔宝器をつかった犯罪を企てたのですから、本来なら死罪でもおかしくなかったでしょう。しかし、彼の両親は裕福な商人で、さまざまな方面に金をばらまいて、罪を軽くするよう働きかけたようです。その結果、十五年の収監で済んだだけではなく、一般市民向けの劣悪な監獄ではなく、おもに貴族階級のために用意された独房に入れられることになりました」


 そこでラースはじっとおれを見つめて、


「どうでしょう、この裁定が不服だというなら、私があなたに代わって審問会へ異議を申し出てもかまいませんよ。そうなれば、あらためて厳正な審問がおこなわれ、今度こそアゼルは死罪になるかもしれません」

「……いえ、そのつもりはありません。今回の裁定のままでけっこうです」


 以前なら、殺しても飽き足らないほどアゼルのことを憎んでいた。だけど、今となっては、アゼルが自分の視界に入らないところにいてくれるなら、それで十分だという気持ちになっていた。


「そうですか、わかりました」


 ラースはほっとしたように笑顔になって、


「実をいえば、審問会へ異議をとなえるのは、手続きがとても面倒でしてね。それをせずに済んで、私としては気が楽になりました。あなたの寛大な心に感謝しましょう」


 と正直に語った。


 おれは苦笑してから、最後の質問をすることにした。


「ビルヒニアをどう扱うかは決まりましたか?」

「そのことなんですが……」


 ふいにラースは深刻な表情になり、


「残念ながら、マサキどのの希望に反する結果となってしまいました。ただちにビルヒニアを捕らえて王都へ送る。それが魔術院の決定です」


 と告げた。

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