第38話 引き渡し

「これが噂に聞いていた死霊術使いネクロマンシーの城ですか」


 城館の間近まで来ると、ラースが感心したように言った。どこか嬉しそうでもある。


 ラースは馬にまたがって、おれたちの馬車のすぐ横を進んでいた。


「初めてご覧になるんですね」


 おれが馬車の窓から話しかけると、ラースはうなずいて、


「以前はうかつに近づけば命を落とすような恐ろしい場所でしたからね。ビルヒニアが勇者ロランズに討伐された後は、いつか廃墟を見物したいと思っていたのですが、なかなか忙しくてその機会がありませんでしたので」


 と答えた。


「廃墟を見物できなくて残念だったな」


 ビルヒニアが冷ややかな声で言う。


「いえいえ、廃墟よりも、復活した城を見せてもらえる方が興味深いですから」

「言っておくが、おまえを城のなかにまで入れる気はないぞ」

「ええっ、そんな……隅々まで見せてくれとは言いませんから、せめて門のなかに入れてもらえませんか?」

「だめだ」


 がっくりと肩を落とすラースを見て、おれはちょっと気の毒になった。


「そんな意地悪を言わずに、なかに入れてあげろよ」


 小声でそう言うと、ビルヒニアはおれをにらんで、


「いつ、やつが敵に回るのかわからないのだぞ。敵に手のうちを見せる馬鹿がどこにいる」


 と答えた。


(考えすぎじゃないのか)


 ラースが敵に回るとは思えなかった。だけど、嫌がるビルヒニアに無理に命令するほどのことでもないだろう。


 城館に着くと、ラースは跳ね橋の手前で馬をとめた。


「では、私はここでお待ちしておりますので、アゼルをつれてきてください」

「わかりました」


 おれは中庭で馬車を降り、地下牢に向かうことにした。アゼルを城門まで連行するために、屍兵を四人ほどつれていく。


 地下牢に着くと、立っていた番兵に、


「アゼルの様子はどうだい?」


 とたずねてみた。


「ここ数日は大人しくしております」

「食事のほうは?」

「食べ散らかしているときもありますし、まるで手をつけていないときもあります」

「そうか……」


 おれは扉を開けてもらい、地下牢のなかに入っていった。


 アゼルを閉じこめてあるのは、四つならんだ牢のうちの一番奥だ。何の物音もしない牢へ、ゆっくりと近づいていく。


 アゼルは木の板でできたベッドに腰かけていた。頬がこけ、目が虚ろで、じっと牢の鉄格子を見つめている。おれが牢の前に立っても、アゼルは何の反応もしなかった。


(アゼル……)


 あまりにも惨めな姿に、おれもさすがに憐れみをおぼえた。


「出してやってくれ」


 おれは番兵に頼んだ。番兵は腰につるしていた鍵をつかって、鉄格子の扉を開ける。


 兵士ふたりが牢へ入り、アゼルの両腕をつかんで立たせた。アゼルはぼんやりとしたままだったが、牢から出されそうになった瞬間、


「……や、やめろ! 離せ! 俺をどこへ連れていくつもりだ!」


 とわめき、ばたばたと暴れはじめた。


(困ったな)


 長く閉じこめられていたせいで、外の世界を恐れるようになったのかもしれない。


「かつぎ上げて連れていってくれ」


 そう命じると、兵士たちは四人がかりでアゼルの手足を抱え、外へ運び出していった。


 おれは一足先に中庭にもどった。クレールには今のアゼルの姿を見せたくなかった。だけど、幸いにも、クレールはすでにビルヒニアとともに建物へ入った後だった。


「アゼルどのは?」


 待っていたアルテミシアがたずねてくる。


「もうすぐ運ばれてくる」


 おれが答えてすぐ、兵士たちにかつがれてアゼルがやってきた。


「離せ! おれに触るな!」


 相変わらず、凄まじい形相で暴れている。


「これは……」


 アルテミシアは眉をひそめたけど、すぐに自分の配下の兵士たちに、


「その者の身柄を受け取れ」


 と命じた。兵士たちは、暴れるアゼルを懸命に押さえつけながら、門の外へ運んでいった。


 跳ね橋の向こうに立っていたラースは、アゼルを見ても穏やかな表情のままだった。


「少し錯乱しているようですね。気をしずめてやりましょう」


 そう言って、右腕のそでをまくって、手のひらをかかげる。ラースが短く呪文を唱えると、手のひらが紫の光に包まれた。その光がアゼルの額まで伸びていき、やがて頭部をすっぽりと覆った。


 すると、ふいにアゼルがわめくのを止めた。凶暴にぎらついていた目が穏やかになり、眠たそうに目蓋が垂れてくる。アゼルが静かな眠りに引き込まれるまで、そう時間はかからなかった。倒れそうになった体を、急いで兵士たちが抱きとめる。


(これも精神魔術か)


 あまりにもあっさりしていたので、一見すると大したことのない魔法に見える。だけど、人間の精神は複雑で、たとえ魔法の力をつかってもそう都合良く操れるものじゃない。おれはラースの魔術師としての卓越した能力をあらためて感じた。


「彼を運ぶのに、馬車を一台借りられますか?」


 急にラースがふりむいて言った。


「あ、はい。ご用意します」


 おれが跳ね橋を渡って中庭にもどると、玄関前に執事のハコモがいたから、


「使っていない馬車を一台貸してくれないか?」


 と頼んだ。


「かしこまりました」


 ハコモは従者たちに命じて、厩舎の方から一台の馬車を運んできた。ビルヒニアが乗っているものに比べれば、小さくて粗末なつくりだけど、アゼルを運ぶのには十分だろう。


 馬車を跳ね橋の外まで運んで、ラースの馬につないだ。アゼルの体を馬車へ運び入れる。


「お手数をかけました。では、アゼルはたしかに私が預かりましたよ」


 ラースは御者台に乗って言った。


「今後はどうなりますか?」


 おれが聞くと、ラースは少し考えて、


「今回の一件は、六賢者の合議によって裁定されます。結果が出るまでは数日がかかるでしょう。アゼルの審問についても、しばらく時間がかかるはずです」

「結果がわかれば、すぐに知らせてくれますか?」

「はい。私がじかにお伝えしますよ」


 ラースはそう約束すると、


「では、失礼します」


 と挨拶して、手綱をにぎって馬を歩ませた。


「マサキどの、それではまた」


 アルテミシアも馬にまたがって挨拶した。この後、モンペール城までラースを警護していくことになっている。


 ラースたちを見送りながら、おれは今後のことを考えた。


(もしビルヒニアが許されても、さすがにこのまま城館には住めないだろうな)


 そのときは、おれたちと一緒に王都まで戻って、一緒に暮らすことになるんだろうか。どうも平穏とはほど遠い日常になりそうだけど、まあ仕方ない。


(とにかく、まずは六賢者の裁定を待とう)


 おれはそう思いながら、城館へ入っていった。

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