第34話 ゴルカの嘲笑

 ラゾロ村に着くと、数人の兵士の姿があった。馬車に気づいたひとりが、こちらへやってくる。


「停めてくれ」


 おれは御者台の兵士に声をかけ、停まった馬車からおりた。


「マサキさまでございますか?」


 兵士が丁寧に言った。


「ああ、そうだ。アルテミシアはもう来ているのかい?」

「はい。ご案内いたします」


 兵士が歩きだしたので、おれはその後に続いた。馬車もゆっくりとついてくる。


 案内された先は、村の礼拝堂だった。おれとクレールが村に滞在していたとき、何度も目にした建物だ。素朴なつくりの小さな建物だけど、村人たちに大事に手入れされていた。


 礼拝堂に着くと、クレールとビルヒニアも馬車をおり、おれと一緒になかに入った。


 建物にはベンチがならんだ広間のほかに、小さな控え室もある。アルテミシアはその控え室で待っていた。

 

「やあ、ごくろうだったな」


 アルテミシアはおれたちを部屋に招き入れた。


「ダニエリの方はどうなっている?」


 おれは椅子に座るとすぐにたずねた。


「もう間もなくやってくるだろう。準備はいいか?」

「ああ、こっちは大丈夫だ」


 おれは懐から破魔の短剣をとりだして、アルテミシアに渡した。


「これをそのままゴルカに突き立てるだけでいいんだな?」

「そうだ。それだけで効果を発揮してくれる」

「わかった」


 アルテミシアは短剣を腰のベルトに差した。


「ところで、村に来ている兵士たちは大丈夫なのか? いざというとき、おれたちを裏切ってダニエリに味方するなんてことは……」

「その心配はない。彼らは城の兵士ではなく、私の実家のマリヴォー家につかえる家臣なんだ。たとえ王と対立するようなことがあっても、私を裏切るようなことはない」

「そうか、なら安心だ」

「クレールどのとビルヒニアどのは、悪いが屋根裏部屋に隠れていてもらおうか。ダニエリがふたりを目にして、変に興味を持っても困るのでな」

「わかりました」


 クレールはうなずいたけど、


「屋根裏だと? どうせ埃まみれなのだろうな」


 とビルヒニアは不満そうだった。


「さっき、ざっと掃除はさせておいたが」

「ざっと、な」

「さあ、わがままを言ってないで、さっさと隠れてくれ」


 おれはビルヒニアを控え室から押し出した。


 広間の隅に梯子がたてかけられていて、そこから屋根裏へのぼれるようになっていた。クレールとビルヒニア、それに護衛の屍兵ふたりが屋根裏に隠れる。


 おれとアルテミシアは、控え室でダニエリの到着を待つことになった。机をはさんで向かい合って座る。アルテミシアは緊張した顔つきで、ずっと黙り込んでいた。


 やがて、ドアがノックされた。


「入れ」


 アルテミシアが返事をすると、さっきの兵士がドアを開けて顔を見せた。


「ダニエリさまが到着いたしました」

「供は何人だ?」

「従者がひとりだけです」

「その者は、どこか別の家に案内して、茶でも出しておけ」

「わかりました」


 兵士はさっと引き返していった。


「いよいよだな」


 おれが声をかけると、アルテミシアは振り返って無言でうなずいた。

 しばらくして、また足音が聞こえてきた。


「ダニエリです。よろしいですか?」


 ドアの向こうから声がかけられた。思ったより若々しく穏やかな声だ。アルテミシアは立ち上がって、ドアを開けた。


「どうぞ、お入りください」

「失礼しますよ」


 入ってきたのは、ローブを着た男だった。やせ形で長身なのはわかるけど、フードをすっぽりかぶっているから、顔立ちはよくわからなかった。


「あなたがマサキ・カーランドさんですか」


 興味深そうに言って、ダニエリは近づいてくる。


「おれに何の用だ?」


 おれは捕まってすっかりふて腐れた男を演じた。


「なに、ちょっと確かめたいことがありましてね。いえいえ、しゃべっていただく必要はありませんよ。わたしが勝手に頭のなかを見せてもらいますから」


 ダニエリは右腕を袖まくりしてから、手をおれの方へ伸ばしてきた。精神魔術をつかうつもりらしい。


 おれはちらりとアルテミシアを見た。昨日の計画では、ここでおれが「神智」スキルを使ってダニエリの正体を確かめることになっている。もしゴルカが取り憑いていることがはっきりすれば、おれが合図を送り、アルテミシアが後ろから破魔の短剣で刺す、という手はずだ。


「……おや?」


 ふいに、ダニエリが不思議そうに首を傾げた。自分の右手のひらを眺める。どうやら魔法がつかえなかったみたいだ。


(どうしたんだ?)


 おれにとっても予想外の展開だった。


 そのとき、どこからか妙な声が聞こえてきた。最初、だれかがうめいているのかと思った。だけど、それがこらえきれない笑い声だってことにすぐに気づいた。


 笑っているのは、アルテミシアだ。


「アルテミシアどの、どうされましたか?」


 ダニエリが不思議そうに振り返った。


「ダニエリよ、まだ気がつかないのか?」

「何をです?」

「あれを見てみろ」


 アルテミシアが天井を指さす。ダニエリが顔を上げた。おれも天井を見上げる。


 そこには魔法陣がうかびあがっていた。ぼんやりと濃紫の光をはなっている。


「……あれは、魔封じの術」


 ダニエリが言った。


「そうだ。しかも、きさまの得意とする精神魔法を封じさせてもらったぞ」


 アルテミシアは嬉しげに言う。その口調は、残忍で傲慢ごうまんなものに変わっていた。そして、金色に輝く異様な瞳が、アルテミシアが別人に変わったことをはっきり示していた。


「……おまえがゴルカだな」


 おれは椅子から立ち上がって、正体をあらわしたゴルカを見つめた。


「そうだとも。わざわざワイトどものダンジョンまで行ってご苦労なことだったが、すべて無駄になったな」


 ゴルカは嘲笑あざわらうように言って、腰から短剣を抜きとった。そして、なにか短く詠唱すると、短剣はぼっと黒い炎につつまれた。みるみる溶けていき、黒く焦げた塊になってしまう。


「そう悔しそうな顔をするな。いろいろとお膳立ぜんだてしてくれた礼に、きさまは苦しまないよう殺してやる」


 ゴルカはにやりと笑って言った。

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