第33話 アルテミシアの策
明日来るように伝えてあったけど、アルテミシアはその日の夜のうちにやってきた。それだけ焦ってるってことなんだろう。
アルテミシアは腰に剣をつるしただけの軽装で、白馬に乗ってきた。供はだれもつれていない。
執事のハコモに案内されて応接室に入ってくると、
「それで、破魔の短剣は手に入ったのか?」
とアルテミシアはさっそく聞いてきた。
「ほら、これだよ」
おれはテーブルにのせた短剣を、アルテミシアのほうへ押しやった。
「手にとってもかまわないか?」
「どうぞ」
おれがうなずくと、アルテミシアはそっと短刀を持ちあげた。
「ふむ、これが……刃の部分はないのだな」
興味深そうに眺めまわしてから、アルテミシアは短刀を置いた。
「ところで、ゴルカが取り憑いた人間に見当がついたそうだけど、だれなんだい?」
今度はおれが聞いた。
「ああ、そのことだが……」
とアルテミシアはちらりと横を見た。
その視線の先には、ビルヒニアがいた。いかにも退屈そうに天井のシャンデリアを見上げている。
「ビルヒニアのことなら心配ない。ここで何を聞いても、ゴルカに伝えたりしないよ」
「……わかった」
アルテミシアはうなずいてから、
「私が怪しいと睨んでいるのは、最近になって城で召し抱えられた、ダニエリという魔術師だ。精神魔術の使い手だそうだが、調べてみても素性がよくわからないんだ。まえにアゼルどのに確かめたときには、魔術院に所属していた記録はない、という話だった」
「そうだな、おれも聞いたことのない名前だよ」
「そのダニエリを城から誘い出し、このあたりに連れてくるから、あらためて<神智>のスキルで正体を調べてもらえないか?」
「それはいいけど、どうやって誘い出すつもりだい?」
「やつはマサキどのに興味がある様子だった。もし捕らえたときは、処刑のまえに会わせてほしい、とも頼まれていたんだ」
「つまり、おれを捕まえたから会わせてやる、と言うわけか」
「そういうことだ」
問題ない作戦だと思えた。
それからまた相談をして、ダニエリを誘い出す場所は、ラゾロ村の礼拝堂にした。おれたちが村へ戻ってきていたのを見つけ、捕らえて礼拝堂に監禁した、という筋書きならダニエリも納得するだろう。
「あの、アルテミシアさま、よろしければお茶をどうぞ」
部屋に入ってきたクレールが、ハーブティーを勧めた。
「ああ、済まない。いただこう」
アルテミシアはちらりと微笑みをむけて、カップを手にした。
作戦が細かいところまで決まると、アルテミシアは城へ戻ることになった。おれとクレールが城門まで見送る。
「明日は、くれぐれもよろしく頼む」
そう言うと、アルテミシアは馬にまたがって去っていった。
翌日、おれは昼前にクレールに起こされた。アルテミシアがダニエリを村までつれてくるのは夕方だから、まだ時間に余裕がある。
「お食事ができていますよ」
クレールが明るい声で言った。このところ野営がつづいて、焚き火で簡単な料理しかできなかったから、久しぶりに厨房をつかえたのが嬉しかったみたいだ。
「今日は食堂でたべようかな」
毎回、部屋まで運んでもらうんじゃ申し訳ない。
「わかりました。それでは、お支度しておきますね」
クレールはいそいそと部屋を出て行った。
おれも顔を洗ってすぐに食堂まで降りた。食堂には二十人は座れるテーブルが置かれている。おれとクレールだけで使うには、広すぎて落ち着かないけど、食事をする人間はここにはふたりしかいないから仕方ない。
テーブルにはすでに料理がならんでいた。あいかわらず美味そうなご馳走ばかりだ。旅のあいだに、おれはちょっと痩せていたけど、すぐにまた元どおりになりそうだった。
おれのために料理を取り分けるクレールは、楽しそうだった。
(やっぱり、クレールはクレールだよな)
(……あれ?)
そのとき、おれは違和感をおぼえた。クレールの顔をじっと見つめながら、違和感の正体について考える。
「マサキさま、どうかなさいましたか?」
クレールが不思議そうに小首をかしげた。
「……いや、なんでもないんだ。さあ、食べよう」
おれはそう言って、フォークに手をのばした。
食事を終えると、村へ向かう準備をすることにした。部屋に戻って服を着替え、中庭へ降りる。ビルヒニアは先に来ていて、兵士たちに指図していた。
今回は馬車一台でラゾロ村へ向かうことになる。警護するのはダンジョンにも同行したふたりの精鋭兵だけだ。
「なあ、念のため、ほかの兵士もつれていった方がいいんじゃないか?」
城の守備兵はまだ百人近くいる。たとえ精鋭の兵士たちにくらべて能力が落ちるとしても、十人くらいつれていった方が、いざというとき安心なような気がした。
ビルヒニアは返事をする代わりに、城門を守っている兵士のひとりを手招きして呼びよせた。
「面を上げてみよ」
ビルヒニアが命じると、兵士は兜のフェイスガードをあげた。
「うっ……」
おれは思わず目をそらした。兵士の下顎が無くなっていたからだ。きっと、その傷がもとで兵士は命を落としたに違いない。
「これでわかったか。兵士たちの多くは容貌を損ねておる。戦場へつれていくのには問題なくとも、今回のような場合には不向きだとな」
「ああ、よくわかった」
もし屍兵の顔を村人に見られたら、大騒ぎになってダニエリどころじゃなくなるだろう。
結局、おれとクレール、ビルヒニア、兵士ふたりの合わせて五人で村に向かうことになった。
「あ、そうだ。出発のまえに、もうひとつ準備してもらいたいものがあったんだ」
おれはビルヒニアにそう言って、欲しいものを詳しく説明した。
「そんなものを、どうするつもりだ」
「あとで話すよ」
「ふん……ハコモ、聞いたか。地下の倉庫で適当なものを探してこい」
ビルヒニアが命じると、ハコモは一礼して建物に入っていった。
(さて、ゴルカめ、どう動くかな)
おれはやつが罠にはまってくれることを祈った。
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