第五章 幻魔ゴルカ

第30話 メーヌの治癒師

 メーヌの街に着くと、門番に高い通行税を支払ってから、なかに入った。


「街で一番の治癒師を教えてくれないか」


 門番にそうたずねると、


「だったら、ホルトどのだろうな。ただし、ホルトどのの診療を待っている者は大勢いる。しかも、その多くは富豪や貴族だ。あなた方のような旅の者が、診療をうけるのはむずかしいぞ」


 という答えだった。


 ともかく、ホルトの住んでいる場所を教えてもらい、そこに向かった。


 ホルトが住んでいるのは大きな屋敷だった。贅沢な暮らしぶりが一目でわかる。


 おれたちは馬車を降りて、玄関に向かった。クレールは兵士のひとりが抱きかかえる。


 玄関で呼び鈴を鳴らすと、召使いの男が出てきた。気取った口ひげを生やした中年の男だ。


「いきなりの訪問でもうしわけない。我々は旅の者なのですが、仲間のひとりが急な病気で倒れてしまったので、ホルトどのにてもらいたいのです」


 おれは腰を低くして頼みこんだ。


「お帰りください。当方はまえもって予約をなされている患者さま以外、取り扱っておりませんので」


 召使いの男は冷ややかに答える。


「そこをなんとかしてもらえませんか。見てのとおり、私たちの仲間は死にかけているんです」


 おれはクレールを手で示して必死に訴えた。だが、召使いの男は無愛想な表情を変えなかった。

 

「ここへ病人を連れこまれても困ります。当方は、患者さまのお宅を訪問して診療することになっておるのです。さあ、お引き取りください」


(しかたない、最後の手段だ)


 おれは金貨の入った革袋を差しだした。


「もし治療してくれるなら、これだけお支払いします」


 革袋を受けとった召使いは、中身を覗いてから、顔色を変えた。


「……わかりました、ご主人さまにおうかがいしてまいりましょう」


 召使いはいそいそと奥へ入っていった。


(よかった、これで診療してもらえそうだ)


 おれはほっとした。


 ところが、しばらくして戻ってきた召使いは、革袋を突き返してきた。


「残念ながら、この依頼はお断りするように、とのことでした」

「そんな……」


 庶民からすれば金貨五十枚というのは目もくらむような大金だ。だけど、日ごろから富豪や貴族を相手にしているホルトからすれば、断っても惜しくない話なのかもしれない。

 

(くそ、この金でもダメなら、どうすればいいんだ)


「マサキ、そこをどけ」


 ふいにビルヒニアが言った。


「どうするつもりだ?」


 おれが聞いてもビルヒニアは返事をしない。しかたなく一歩さがると、ビルヒニアは兵士に抱かれたまま召使いのまえに進んだ。


「おい、おまえの主人のところへ案内しろ」


 ビルヒニアの偉そうな言葉に、召使いはむっとした顔になる。


「お嬢さん、親から口の利き方を習わなかったようだが……ぐぇっ」


 いきなり兵士が腕をのばして、召使いの喉をつかんだ。ぐいぐいと締めあげられて、召使いの顔が赤黒くなっていく。


 そこでビルヒニアが指を鳴らした。兵士が手を離し、召使いは床に崩れ落ちた。召使いはげほげほと咳き込み、必死で呼吸をする。


「もう一度言う。おまえの主人のところへ案内しろ。次は止めぬぞ」


 ビルヒニアが冷ややかに言うと、召使いは恐怖で顔を引きつらせた。


「こ、こちらです」


 召使いはよろよろと立ち上がり、奥へ進んだ。おれたちもその後についていく。


 豪華に飾られたホールを通りぬけ、階段で二階へ上がる。通路の一番奥にホルトの寝室があった。


 おれたちが部屋に入ると、ホルトは驚いたようにベッドのうえで起き上がった。ホルトはよく肥えて、頭を剃り上げた、いかにも傲慢そうな男だった。


「おい、なんだその連中は」

「それが、ご主人さまのもとへ案内しないと絞め殺すと脅されたもので……」

「馬鹿もの! さっさと衛兵を呼んでそいつらを捕らえさせろ!」


 ホルトは怒鳴りつけた。


「やかましい、騒ぐな」


 兵士に抱かれたビルヒニアが、ホルトのまえに進み出た。


「なんだ、このガキは?」

「我は死霊術使いネクロマンシーのビルヒニアだ。メーヌ領に住む者なら名前くらいは聞いたことがあるだろう」

「ビルヒニアだと? 何の冗談だ」

「きさまも治癒師のはしくれなら、この兵士がどのような状態かわかるであろう」

「なに?」


 ホルトは兵士を見た。

 そして、ぎょっとした顔になる。


「そんな……いや、まさか」


 ホルトはベッドの端まで這っていくと、手のひらを兵士の腕にかざした。


「……信じられん、こいつは死んでいるぞ」

「これでわかったであろう。我が死霊術使いであることを。そこでおまえに選ばせてやる。このまま素直にあの娘を治療するか、それとも死んで我の従者となった後で治療するか」

「ま、待ってくれ。わかった、治療する」


 ホルトは青ざめて言った。


「では、すぐに支度をしろ。それに、きさまの召使いどもには、間違っても衛兵などには知らせるなと命じておけ。もし衛兵がくれば、きさまたち全員を我が従僕にして、街を焼き尽くすまで戦ってやるからな」

「わ、分かっているとも」


 ホルトは慌ててうなずくと、ベッドから降りて、


「さあ、その娘をこっちへ運んでくれ」


 と案内した。

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