第29話 脱出
大広間でも崩壊ははじまっていた。巨大な柱が何本も傾き、横倒しになっているものもある。床がずれて大きな段差になった場所もあった。
兵士たちはビルヒニアやクレールを抱えたままでも、身軽に障害物を乗りこえた。おれも手を貸してもらい、どうにか進んでいく。
大広間を抜けると、降りてくるときに通った大穴に向かうことにした。何カ所か落石で埋まった通路もあったが、なんとか目的の部屋までたどり着く。
「よし、穴は無事だ!」
おれは天井を見上げて言った。垂らされたロープもそのままだ。
おれたちはすぐにロープを上っていった。
やっと六層目まで戻れたが、このフロアも安全には見えなかった。壁のあちこちにヒビ割れが広がっている。
「ぐずぐずするな、行け」
ビルヒニアがそう言って兵士の肩を叩いた。おれたちは息をつく暇もなく通路を走り、次の階段にむかった。
どうにか階段へたどりつき、五層目に上がった直後だった。ついにその瞬間がやってきた。
耳をつんざくような大音響と、天地がひっくり返ったような震動。おれは宙へ投げ出されて壁にぶつかった。とうとうダンジョンの大崩壊が起きたんだ。このまま生き埋めになることを覚悟する。
だけど、震動はすぐにおさまった。おそるおそる目を開けてみる。あたりに大量の土煙が漂っていたが、崩れている箇所はほとんどなかった。
(助かったのか……?)
まわりを見まわすと、ビルヒニアもクレールも無事だった。兵士たちが体を張って守ってくれたみたいだ。
下り階段を覗いてみると、六層目が完全に潰れているのがわかった。五層目から上が崩壊せずにすんだのは、外壁が魔法で守られているからだろう。だけど、それもいつまでもつかわからない。
「さあ、急ごう」
おれは壁に手をつきながら立ち上がった。
下層の崩壊によって起きた大震動は、ダンジョンに住みついたモンスターたちにも影響を与えたみたいだった。モンスターたちはふだんの縄張りを忘れたように、あちこちで戦っていた。
(まるで世界が滅びるみたいな騒ぎだな)
おれたちに気づいて襲いかかってくるモンスターもいたけど、兵士が倒してくれる。通路を逃げまどうオークたちの姿も目にした。
おれたちは次々と階段を上がっていった。
そして、ついに出口にたどりつく。
一艘の船にみんなで乗り込み、ダンジョンから急いで離れた。
船にゆられながら空を見上げると、夜明け前の月がうかんでいた。何日もダンジョンへもぐっていたような気がしたけど、ほんの一晩のことだったらしい。
(ほんとうに、よく生きて帰れたもんだ)
おれはダンジョンのなかでの幾つものピンチを思い返し、溜め息をついた。それから、船底に寝かされたクレールの様子を見る。
クレールはあいかわらず静かに眠ったままだ。そっと頬に触れてみると、氷みたいに冷たかった。ビルヒニアの術で死を食い止めている状況に変わりはないみたいだ。
「陸に着いたらどうするつもりだ?」
ビルヒニアがたずねてきた。
「メーヌの街にいこうと思う。あそこなら、腕のいい治癒師がいるはずだから」
「よかろう」
ビルヒニアは船の櫓をあやつる兵士に、もっと急ぐように命じた。
すっかり夜が明けたころに、船は村に着いた。おれたちに気づいた漁師たちが大騒ぎをする。そのなかに、船を貸してくれた漁師たちがいたので、
「悪いけど、船を二艘、ダンジョンのところへ置いてきたんだ。これはそのお詫びだよ」
とふたりに金貨を十枚ずつ渡した。古い漁船が大金に変わったことで、ふたりは大喜びをしていた。
騒ぎを聞きつけて、長老もやってきた。
「ずいぶん人数が減っておられるが、他の方たちはどうなされた?」
「ダンジョンで死んだよ」
「そら見たことか! 亡霊たちの恐ろしい呪いがあったのでしょう!」
ワイトキングを倒し、古代神殿は崩壊した、と説明する元気もなかった。
「ああ、全滅しそうになって逃げてきたんだ」
おれは投げやりに答えてから、船から馬車へ荷物を移すのを手伝うことにした。長老たちがまたうるさく騒いだけど、無視する。
馬車の席に毛布を何枚も重ねて敷いて、そこにクレールを寝かせた。
(クレール、もう少しがんばってくれ)
おれはクレールの冷たい手をにぎって、そう呼びかけた。
やがて、出発の準備がととのった。
集まった村人たちに別れの挨拶をした後、おれたちの馬車は走り出した。
メーヌの街はここからそう遠くない場所にあった。馬車なら二日とかからないだろう。
ときどき馬を休ませるほかは、夜も野営をせずに走りとおした。
翌日の夕方ごろになって、前方にメーヌの街がみえてきた。
街はいくつかの大きな街道がまじわる場所にあった。とても賑わっている商業都市で、領主から自治を認められ、大商人たちの手で運営されている。
「おい、金はあるのか?」
ビルヒニアが聞いてきた。
「ああ、まだ金貨が五十枚くらい残ってる。これだけあれば、街で一番の治癒師でも雇えるはずだ」
「足りないようなら我に言え。すぐに城から取りよせてやる」
「わかった」
おれはうなずいてから、じっとビルヒニアを見つめた。
「なんだ?」
「ビルヒニアがそんな気遣いをするなんて、意外だったから」
「ふん、クレールには命を助けられたからな。……もちろん、我にとっては屈辱でしかないし、恩に感じたりなどしておらぬが」
そう言って、ビルヒニアはぷいっと横をむく。
「そうか。……とにかく、ありがとう」
おれは心から礼を言った。
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