第28話 古代神殿の崩壊

「クレール、大丈夫か!」


 おれはビルヒニアを下ろして、急いでクレールのもとへ駆けつけた。


「しっかりしろ」


 声をかけながらクレールを抱きおこす。だけど、クレールは目を見開いたまま、ぴくりとも動かなかった。頬にふれてみると、氷のように冷たい。


「クレール、クレール!」


 何度も名前を呼んだが、反応はなかった。


 そう、これが戦乙女の兜をつかった代償なんだ。巫女のすべての生命力を引きだし、一瞬で燃焼させて爆発的な力を生む。それがこの魔術道具の能力だった。


 もしかしたら、クレールは戦いの最中から死を迎えつつあったのかもしれない。


(ああ、おれはなんてことを……)


 クレールを守るどころか、また命がけで守ってもらうなんて。


 おれの目から熱い涙があふれた。ぽたぽたとクレールの頬にふりかかる。それでも、クレールは何も感じていないように、虚ろな瞳のままだった。


「おい、その娘の体を下ろせ!」


 ふいに肩を掴まれた。振り返ると、ビルヒニアがここまで這ってきていた。


「どうするんだ?」

「いいから娘を床に寝かせろ」


 おれは戸惑いながらも、言われたとおりにした。ビルヒニアはクレールのうえに覆いかぶさると、両手で頭をつつんだ。


「おい、何をするんだ! まさか、クレールまでおまえの従者に……」

「馬鹿め! そんなことをするか!」


 ビルヒニアはおれを睨んでから、またクレールに目を向ける。


「……よし、まだ魂は体から離れておらぬようだ。今ならまだ間に合うかもしれん」


 ビルヒニアの両手がぼんやりと赤く光った。その光が、じわじわとクレールの体を包みこんでいく。


「我の術は、肉と血の変化を止めることができる。死者の体が腐敗せぬのはそのためだ。むろん、生きた者にこの術をほどこせば、生と死の狭間はざまで魂がねじれ、発狂する。だが、クレールは戦乙女ヴァルキリーだ。うまくいけば、魂を傷つけないまま死を食い止められるかもしれん」


 ビルヒニアの説明を聞いて、おれはやっと希望をもった。


(頼む、クレール、死なないでくれ)


 おれは必死に祈り続けた。


 しばらくしてビルヒニアが体を起こした。


「……どうやら上手くいったようだ」


 そう言われても、クレールの体に変化はないように見える。


「これでクレールは目を覚ますのか?」

「このままでは無理だ。ぎりぎりで死を食い止めているだけで、生命力がれていることに変わりはないからな」

「じゃあ、どうすればいいんだよ」

「腕利きの治癒師でも雇って、回復の術を施させろ」

「それでクレールは本当に生き返るんだな?」

「そう願っておけ」


 そのとき、背後で小石が転がる音がした。おれはぎくっとして振りかえる。だけど、そこには何もいない。それなのに、また石が転がる音が聞こえてくる。


(なんなんだ、この音は?)


 おれが戸惑っていると、額にぱらぱらと何かが降りかかってくる感触があった。


(……まさか!)


 おれは音の正体に気づいた。


「大変だ、建物が崩れはじめてるぞ!」


 ワイトキングたちとの激闘が引き金になったんだろうか。もともと崩壊の兆しをみせていた神殿が、ついにそのときを迎えたみたいだ。


 不気味な低い振動音が鳴り響く。目の前の壁に、大きな亀裂が走った。天井から大きな石がふりそそいでくる。


「ビルヒニア、逃げるぞ!」


 おれはビルヒニアを背負い、クレールの体を抱き上げると、必死に走り出した。


 まずは玉座の間を抜けて、大広間へ行くことにする。だが、大広間へ通じる扉は遠かった。非力なおれは、ふたりを抱えているだけで、足がよろめいてしまう。


 すぐ目の前に、巨大な岩がふってきた。ごん、と地響きをたてて、岩が床を転がる。それを危うく避けてから、また走り続けた。


 やっと扉にたどり着き、なかに飛びこむ。そこでもう、おれの体力は限界に近づいていた。息はあがり、腕はしびれ、背中が痛む。しかも、このさきは明かりもない真っ暗闇が続くんだ。


 おれは絶望して、その場に座り込みたくなった。


(……バカ、こんなところで諦めてどうする!)


 おれは自分を叱りつける。とにかく、最後の瞬間まで前に進もうと決心した。歯を食いしばって、よろよろと通路を歩く。


 出口が近づいてきたところで、ふいに目の前に光が見えた。おれは、どきりとして立ち止まる。


「おお、無事だったか! 我はここだぞ!」


 ビルヒニアが喜びの声をあげた。


 ランタンを手にしてこちらへ駆けよってきたのは、ふたりの屍兵だった。宝物庫へ通じる亀裂に入りこむまえに、見張りとして残しておいた兵士だ。


 そばまでやっていた兵士たちは、それぞれビルヒニアとクレールを抱きかかえてくれる。


(よし、これなら脱出できるかもしれない)


 おれはほっとして、へなへなと座り込んでしまった。


「馬鹿め、座り込んでいる場合か! 行くぞ!」


 すぐにビルヒニアに怒鳴られる。


「わ、悪い」


 おれは慌てて立ち上がり、兵士たちと駆けだした。

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