第27話 ワイトキングとの死闘


 クレールは大きく目を見開いた。碧の瞳がまったく虚ろになったように見える。喉の奥から悲鳴のような細い声がもれたかと思うと、ぐっと体をのけぞらせた。


「クレール、大丈夫か!?」


 おれは思わず手をのばそうとしたけど、


「触れるな! おまえが死ぬぞ!」


 とビルヒニアに止められた。


「死ぬって……?」

「おまえには感じられぬだろうが、いまのクレールの体には、恐ろしいほどの魔力が流れこんでいるのだ」


 ビルヒニアの声には、畏怖いふが感じられた。こうなったら、おれはクレールをじっと見守ることしかできなかった。


 クレールの体が痙攣しはじめる。骨が折れそうなほどに、がくがくと体が震えた。流れこむ魔力に耐えられず、クレールが死んでしまうんじゃないかと不安になる。


 だが、体の痙攣はすぐに収まった。


 クレールは姿勢をただして真っ直ぐ立つと、おれを見つめた。


「マサキさま。あなたの敵を倒してまいります」


 クレールの声なのに、まるで別人がしゃべってるみたいだった。頬はかたく引き締まって、鋼の意志を示している。その瞳にあるのは、戦いへの渇望だけだ。


 クレールはさっとあたりを見まわし、棚から一本の剣をとった。それはクレールの身長と同じくらいの長さがある剣だった。クレールが柄をにぎると、刃がわずかに青く光る。


「ゆくぞ!」


 クレールはひと声えると、ワイトの群れにむかって疾走した。


 たちまちワイトたちの悲鳴があがった。クレールは長大な剣を軽々と振りまわしていた。体を回転させ、遠心力によって重い刀身を自由自在にあやつっている。まわりにいるワイトたちは次々と薙ぎ払われ、霧となって消えていった。


 足もとからワイトが湧けば、高々と跳躍してかわす。天井から襲いかかってくれば、壁を蹴って避けた。


 攻防が一体となった流れるような動き。それはまるで美しい舞のように見えた。


 クレールの動きはどんどん速さを増していき、おれの目ではとらえきれないほどになる。それにくらべれば、ワイトたちは止まっているも同然だった。のろのろとクレールにむかっていっては、またたく間に斬り捨てられる。ワイトたちの数はみるみる減っていった。


 そして、気づいたときには全てのワイトが消滅していた。


「きさま! よくも我が下僕たちを!」


 頭の中にワイトキングの怒りの声が響く。


 クレールはその声に反応し、扉のむこうにある玉座の間をじっと見つめた。


 次の瞬間、クレールは通路にむかって駆けだした。


「クレール!」


 おれは急いで後を追おうとした。


「待て、マサキ! こちらへ来て我に手を貸せ!」


 ビルヒニアに呼びとめられる。振りかえると、ビルヒニアは片足で立ち上がろうとしていた。放ってはおけず、急いでビルヒニアのもとへ駆けよる。


 どう手を貸せばいいのか迷ったが、いっそ小柄な体を抱きかかえてやることにした。


「クレールを追うまえに、あれを探しておけ」

「あれ?」

「破魔の短剣のことに決まっているだろうが!」

「あ、そうか」


 おれは目を閉じ、「神智」スキルを使った。クレールの戦いを目にした気分の高まりで集中力が増したのか、破魔の短剣の位置がすぐにわかる。


「あっちだ」


 おれはビルヒニアを抱えたまま、部屋の奥の棚にむかった。


 それは、奇妙な形の短剣だった。柄とつばだけで、肝心の刃の部分がないんだ。だけど、実体のない存在にだけダメージを与えるというんだから、この形がふさわしいのかもしれない。


「よし、これで目的は果たしたな。急いであの小娘を追え」

「わかってるよ」


 おれは急いで宝物庫を出ると、通路を走った。


 玉座の間は、荘厳な彫刻でおおわれた広間だった。


 そこでは、クレールとワイトキングの側近たちが激闘をくりひろげていた。


 側近たちは低級なワイトたちに比べて、より姿形がはっきりしている。重厚なプレートアーマーを身につけた騎士の姿で、長剣と盾をもっていた。


 側近たちは隊列を組んで、クレールを追い込もうとしていた。しかし、クレールは変幻自在の動きを見せて、亡霊の騎士たちを翻弄していた。地を這うように駆けたかと思うと、ふいに宙を舞って隊列をとびこえ、背後から一撃をくわえる。


 騎士たちも慌てて隊を乱すようなことはせず、すぐさまクレールを取り囲もうとした。だが、疾風のように走るクレールを捕らえることはできない。包囲を崩したクレールは、またも必殺の一閃をくりだして、亡霊の騎士を葬る。


 一体、また一体と、ワイトキングの側近たちは狩られていった。


「いにしえの時代、十人の戦乙女ヴァルキリーが、数万の蛮族を迎え撃って壊滅させたという話を聞いたことがあるが、まんざら作り話でもなかったようだな」


 ビルヒニアがうめくように言った。


「忌々しい戦乙女ヴァルキリーめ!」


 玉座にはワイトキングの姿があった。冠をかぶり豪奢ごうしゃなローブを身にまとった、威厳ある王の姿。そして、全身が青い炎のような光に包まれ、両目が赤く輝いているところが、悪霊の王であることを示している。


 ワイトキングが手をかざすと、そこから雷撃ライトニングボルトが放たれた。目がくらむような閃光と、空気を引き裂く凄まじい音。本物の雷にも勝る威力だろう。


 だけど、雷撃がクレールを捉えることは一度もなかった。騎士たちを相手に剣を振るいながらも、クレールは常にワイトキングの動きを察知していた。雷撃が放たれた瞬間、さっと身を翻してかわす。一瞬で人を塵に変えるほどの雷撃も、むなしく無人の床を焦がすだけだった。


 すでに残った騎士は三、四体となっていた。クレールは床を蹴って飛びさがり、間合いを広げる。いよいよ側近たちを一掃するため、突進していくかに見えた。


 だが、ふいにクレールは向きを変えた。高々と跳躍した先にいたのは、ワイトキングだった。


 意表をつかれて、ワイトキングの反応が遅れた。その手から雷撃が放たれたときには、すでにクレールはワイトキングの懐に入りこんでいた。


 魔法剣の刃がワイトキングの喉を貫く。


「グワァアアアアアアア!!!!」


 凄まじい絶叫が、おれの頭のなかで響いた。すぐそばで大爆発が起きたような、激しい衝撃を感じる。おれは思わず膝をついた。


 だけど、それは精神的な波動だったらしい。

しばらくして意識がはっきりすると、先ほどと変わらない広間の様子が目に入る。ただし、そこに立っているのはクレールひとりだけだった。側近たちは王とともに消滅したみたいだ。


「……信じられぬ戦いぶりだな、戦乙女というやつは」


 ビルヒニアが呆然としたように言う。おれも言葉を失って、じっとクレールを見つめていた。


 そのとき、ふいにクレールの体が揺らいだ。剣が手から離れて、床に落ちる。同時に、クレールはどさりと横に倒れた。


 頭から外れた兜が、虚ろな音をたてて転がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る