第26話 戦乙女の兜

 そのとき、おれの腕の中でうめき声がした。


「どうした、ビルヒニア」


 ビルヒニアが顔を歪めて右足をかかえていた。よく見ると、膝から下が岩で潰されていた。大量の出血で白いタイツがどす黒く染まっている。


「た、大変だ。おい、大丈夫か、しっかりしろ!」

「……うるさいやつだ。このくらいの怪我、どうということはないわ」

「いや、だって、足が潰れてるんだぞ」

「二日もあれば治る。いちいち騒ぐな」

「本当か?」


 そういえば、ビルヒニアはわずかな肉片からここまで再生したんだった。その再生能力は人間の何十倍もあるだろう。おれは少しほっとした。


 ただ、どれだけ再生能力が強くても、痛みがないわけじゃないらしい。ビルヒニアは歯を食いしばって苦痛に耐えている様子だった。


「ほう、潰されずにすんだとは、悪運の強いやつらだ」


 いきなり頭のなかに声が響いた。金属を擦り合わせるような、不快な声だ。


「ヴァシリー=ブラトフ、いまの地揺れは貴様がやったのだな」


 ビルヒニアが言った。


(ということは、この声はワイトキングのものなのか?)


 返事はまた頭のなかに直接響いた。


「ほう、だれかと思えば、そなたはいつぞやの死霊術使いネクロマンシーか。見た目があまりに違っておったので、すぐには気づかなかったぞ」

「ふん、地の底で居眠りばかりしておるから、けてきたのではないか」


 ビルヒニアの答えを聞いて、ワイトキングは高笑いした。頭が割れそうなくらい不快な声だった。


死霊術使いネクロマンシーよ、あのときは見逃してやったが、今度ばかりはやりすぎたな。我が下僕どもが怒り狂っておるわ。貴様を八つ裂きにしても飽き足らぬとな」

「ふん、好きにしろ」

「では我が寝所を乱した冒涜ぼうとくの罪を、その身であがなうがよい」


 ワイトキングの声と同時に、宝物庫の扉が開いた。通路の向こう側に、ワイトたちが集まっているのが見えた。怒りに目を赤く光らせながら、こちらへゆっくりと迫ってくる。


「ビルヒニア、どうする?」

「……こうなれば、どうしようもあるまい。まさか我がこのような地の底で果てることになるとはな」


 ビルヒニアはふてくされたように応じた。


(そんな、本当にこれで終わりなのか?)


 おれはクレールを見た。クレールもじっとおれを見つめ返す。その目に諦めの色はなかった。おれならきっとどうにかしてくれると、信じきっている眼差しだ。


(そうだ、ここで諦めるわけにはいかない)


 クレールを守るためにも、最後の瞬間まで全力つくすんだ。


 幸い、ここは魔宝器クラスの道具が収められた宝物庫だ。きっと何か、この窮地を切り抜けるための道具があるにちがいない。


 おれはビルヒニアをそっと床へおろした。


 目を閉じると、深呼吸をして焦りと恐怖心をしずめた。そして、「神智」スキルを発動させる。頭のなかに光を感じ、そこにうかびあがったのは……。


「……戦乙女の兜ヴァルキリー・ヘルム?」


 思いがけない答えだった。だけど、戸惑っている暇はない。目を開けると、ワイトたちは今にも宝物庫へ入ってこようとしていた。


 おれは急いで兜を探した。棚はいくつも並んでいて、無数の魔道具が収められている。


(……あった)


 おれは棚に飾られた戦乙女の兜に手をのばした。白銀で作られているらしく、美しい彫刻が施されていて、兜というより冠に近い。


「その兜は何なのだ?」


 ビルヒニアがたずねてくる。


「これは、古代神殿の司祭たちが作ったものなんだ。反逆した蛮族を討伐するとき、巫女たちを最強の戦士に変えるために」

「つまり、それをかぶった者は古代魔術による力を得られるわけだな」

「そういうことだ」

「よし、もう時間がない、さっそく被ってみろ」

「いや、これは巫女のために作られてるんだ。男のおれじゃ効果がない。もちろん、魔族のおまえでもダメだ」

「ならば、クレールではどうだ? もとは聖女につかえる侍女だったそうだな。資質の点では問題あるまい」

「うん、たしかにそうなんだけど……」

「なにをためらっておるのだ、ワイトどもが侵入してきたぞ!」


 ビルヒニアが苛立たしそうに叫んだ。ワイトたちの赤い目が、もうすぐそこまで迫ってきている。宝物庫のなかは、やつらの不気味なざわめきで満ちていた。


「マサキさま、それをお貸しください。わたしが被ってみます」


 クレールが手を差しだしてきた。


「だけど、この兜をつかえば、力が手に入る代わりに大きな代償があるんだ」

「かまいません。マサキさまをお守りできるなら、どのような代償でも支払います」


 クレールはさっと兜をつかみ取り、自分の頭にかぶせた。


 どくん、と何かが脈動したのがおれにも感じられた。

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