第25話 宝物庫の亀裂

 大広間はすぐに見つかった。


 そこが巨大な空間だっていうことは事前にわかっていた。だけど、じっさいにその場に立ってみると、あまりの大きさに圧倒されてしまう。


 天井にも壁にもランプの光が届かず、まわりに漆黒の闇だけが広がっていた。一瞬、外へ出てしまったのかと錯覚したくらいだ。


 ここが神殿として使われていたときには、数千人の信者を収容していたんだろう。


 しばらく奥へ進んでいくうちに、ようやく扉が見えてきた。その扉も巨大なもので、4キール(十二メートル)くらいの高さがあった。表面には、何かの宗教的儀式をあらわしているような彫刻がほどこされていた。


 その扉の奥へ進んでいけば、ワイトキングのいる玉座の間に着くことになる。


「……ワイトどもがいなくなったな」


 ビルヒニアがぽつりとつぶやいた。たしかに、あいつらの不気味な気配が消えていた。


「どうしたんだろう」

おそれおおくて王の寝所には近づけない、というところだろう。我らにとっては好都合だがな」


 たしかに、これで連中に邪魔されずに亀裂を探せそうだ。


「それで、おまえの言う抜け道はどこにあるのだ」

「ええと、たしかこっちだ」


 おれは大広間の隅にむかった。


「……あった、あれだ」


 壁に大きな亀裂が走っていた。幅は6ルビ(六十センチ)くらいはあるけど、奥へ行けばもっと狭くなる。

 

「どうかな、たぶん通り抜けられるとは思うんだけど……」


 とは言っても、そこへ入っていくのはかなり勇気がいる。なにしろ、狭い隙間に体をねじ込むようにして進んでいくことになるんだ。どこかで体が引っかかって身動きできなくなったらと思うと、閉所恐怖症でなくてもぞっとする。


「よし、入ってみよ」


 ビルヒニアが兵士のひとりに命じた。


 兵士は何のためらいもなく、さっと鎧を脱ぎ捨てて剣を外すと、ランタンだけを手にして亀裂へ入りこんでいった。今ほど、恐怖を感じない屍兵の存在をありがたく思ったことはない。


 兵士はゆっくりと奥へ進んでいき、やがて姿が見えなくなった。


 ビルヒニアは目を閉じた。兵士と感覚をつなげているようだ。


「……よいぞ、この調子で進んでいけ」


 ぶつぶつとビルヒニアがつぶやく。兵士は順調に進んでいるみたいだった。


 しばらくして、ビルヒニアが目を開いた。


「亀裂を通りぬけたぞ。この先は宝物庫で間違いないようだ」


 それを聞いて、おれはほっとした。


「じゃあ、さっそくおれたちも行ってみよう。……ビルヒニアはどうする?」

「我も古代魔術王国の道具には興味がある。こんなネズミの穴へ潜りこむのは不愉快だが、我慢して行ってやろう」

「あ、そう……」


 ともかく、おれが先頭になって、クレール、ビルヒニア、兵士たちの順で亀裂に潜りこんでいった。念のため、出口の見張りとして兵士ふたりを残していくことにする。


 亀裂は思っていたより狭かった。しかも、あちこちに鋭く尖った箇所があるから、うっかりしているとり傷だらけになりそうだ。


「クレール、気をつけろよ。肩の高さに石が飛びでてるぞ」


 後ろへ声をかけながら、ゆっくりと前に進んでいった。


 やがて、前方に灯りが見えてきた。先に通りぬけた兵士のランタンだ。おれはほっとして、先へ急ごうとした。


 異変が起きたのはそのときだった。ふいに、ドンと地揺れのような衝撃が走った。


(なんだ!?)


 続いて、低いうなり声のような、不気味な音が響いた。それが亀裂の壁がこすれあう音だと気づいて、おれはパニックを起こしそうになった。


(このままじゃおれたちは押し潰される!)


「クレール、急げ!」


 狭くて後ろを振り返れないので、手だけを伸ばした。クレールがその手を握る。


 おれは死に物狂いで前に進んだ。亀裂の出口が途方とほうもなく遠く感じられた。


「クレール、あと少しだ、がんばれ!」


 そう声をかけたとき、ドンともう一度地面がゆれた。今度こそ体が潰されるのを覚悟した。


 だが、そのまえに、外で待っていた兵士がおれの腕をつかみ、ぐいっと引っぱりだしてくれた。手をつないでいたクレールも一緒に亀裂から飛びでて、ふたりで床に転がる。


 ほっとする暇はなかった。


「ビルヒニア!」


 振り返ったおれは、恐ろしいものを目にした。亀裂がゆっくりと閉じ合わさっていくところだった。岩が潰れる音がする。


 兵士がさっと亀裂のなかに入りこんでいった。おれは立ち上がって、亀裂の奥を覗きこむ。押し出されてくるビルヒニアが見えた。


 おれは必死で両腕を伸ばし、ビルヒニアの手をつかんだ。全力でビルヒニアを引っぱり出した次の瞬間、亀裂は完全に閉じ合わさった。おれはビルヒニアを抱きかかえたまま地面に転がる。


「マサキさま、大丈夫ですか?」


 クレールが駆けよってくる。


「ああ、大丈夫だ。それより……」


 おれは呆然としながら、閉じた亀裂を見つめた。これで、逃げ道が完全にふさがれたことになる。しかも、兵士たちはみんな押し潰されてしまった。


(おれたちはこれからどうなるんだ……?)


 想像するのも恐ろしかった。

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