第24話 七層目

 ビルヒニアが言ったとおり、六層目まで降りても、ワイトたちが襲ってくることはなかった。遠くからおれたちを監視しているだけだ。


 この調子なら、どうにか七層目までたどり着けそうだ。


 それにしても、さっきから気になっているのは、天井や壁の崩れ方だった。上層階にくらべて、あきらかに目立ってきている。


 ある部屋に入ろうとすると、そこは床がまるまる抜け落ちていた。


「うわ、こりゃすごいな」


 おれは穴のふちまで近づいて、落ちないように気をつけながら覗きこんだ。暗くてよく見えないけど、下の階層まで突き抜けているらしい。


「……なあ、階段を探さなくても、ここから降りられるんじゃないか?」


 おれが言うと、ビルヒニアも隣までやってきた。


「たしかに、いけるかもしれんな」


 ビルヒニアは兵士たちを呼んで、ロープを使って降りてみるように命じた。


 兵士たちは近くの太い柱にロープを巻きつけた後、穴のなかへ垂らした。ひとりの兵士がロープをつかんで、するすると穴へ降りていく。


 しばらくして、ビルヒニアは目を閉じ、下へ降りた兵士と感覚をつなげた。


「……よし、問題はなさそうだ」


 おれたちもロープを使って、順番に降りていった。


 ついに最深部の七層目に到着した。おれはまず地形をたしかめることにする。床に座って目を閉じ、深呼吸をして意識を集中させた。


 <神智>スキルを使うあいだ、おれは完全に無防備になるから、兵士たちにしっかり守ってもらわなきゃならない。


「もっとさっさとやれんのか」


 ビルヒニアが苛々したように言う。


「おまえが従者と感覚をつなげるのとはわけがちがうんだよ。集中できないから黙っててくれ」


 おれはもう一度深呼吸をして、集中しなおした。


 しばらくして、頭のなかに光を感じる。七層目の構造が、立体地図のように見えてきた。


「……宝物庫の場所がわかったぞ」


 おれは目を開けて言った。


「どこだ?」


 ビルヒニアが聞いてくる。


「この部屋を出て左に進めば、大広間に着く。そこを通りぬけた先が<玉座の間>で、宝物庫はその奥にある」

「まて、玉座の間といえば、ワイトキングがいる場所ではないか」

「ああ、そうかもしれない」


 ダンジョンの構造はわかっても、モンスターの位置までたしかめられるわけじゃない。それでも、ワイトキングが玉座の間にいるだろうってことは、推測はできる。


「つまり、やつを倒さねば、宝物庫には入れぬわけか……」


 ビルヒニアはむずかしい顔でしばらく考えてから、


「……よし、引き上げるぞ」


 と言った。


「えっ、それはどういう意味だ?」


 おれは慌てて言った。


「言葉どおりだ。先へ進むのはあきらめ、ここから地上へ戻る」

「でも、さっきは手ぶらじゃ帰れないって言ってたじゃないか」

「それは、ワイトキングの隙をついて宝物庫に入るつもりだったからだ。正面から対決するとなれば、話はちがってくる」

「やつに勝てないっていうのか?」

「そうだ」


 ビルヒニアはあっさりと認めた。


「すくなくとも、この戦力でワイトキングに挑むのは自殺行為だ。やつを倒したければ、精鋭の兵士が三十人は必要になる」

「それだけの兵士をそろえるのに、どれくらい時間がかかるんだ?」

「近くで大きな戦さがあれば、そう手間はかからぬだろう。だが、そうでなければ、半年かかるか一年かかるかはわからぬ」

「そんな……」


 フラヴィーニ伯がいつ襲われるかわからない状況で、そこまで待てるはずがなかった。


 だけど、ビルヒニアが勝てないと断言するんだから、このまま進んでいったって全滅するだけだ。


(くそ、せっかくここまで来たのに、ぜんぶ無駄になるなんて)


 もう引き返すしかないとわかっていても、なかなか決心がつかなかった。


「あの、マサキさま」


 ふいにクレールが言った。


「何だい?」

「こんなときに余計なことを、とお叱りを受けるかもしれませんが、ひとつ思いついたことがあるんです」

「遠慮しなくていい、なんでも言ってくれ」

「はい。……ええとですね、このあたりは天井も壁も崩れてボロボロの部屋が多いですよね。もしかしたら、宝物庫にも人が通れるくらいの穴が空いているんじゃないか、と思いまして」

「なるほど、その可能性はあるな」


 うまくいけば、玉座の間を通らずに宝物庫へ入れるかもしれない。


「よし、さっそく調べてみよう」


 おれは<神智>スキルを使うことにした。床に座って目を閉じ、宝物庫へ意識を集中させた。天井や壁を隅々まで調べていく。


 あちこちにヒビや崩れがあったが、人が通れるくらいの穴となると……。


「……あった、かもしれない」


 おれは目を開けた。


「かもしれない、とはどういうことだ?」


 ビルヒニアが詰めよってくる。


「ぎりぎりで人が入れそうな亀裂は見つかった。だけど、本当に通りぬけられるかどうかは、試してみないとわからないんだ」

「その亀裂はどこにある?」

「大広間だよ」

「よし、行くぞ」


 いつもながらビルヒニアの決断は早かった。おれとクレールは、ビルヒニアと兵士たちに置いていかれないよう、急いで後を追いかけた。

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