第23話 ワイトとの前哨戦

 四層目までくると、異形のモンスターをよく見かけるようになった。やつらは、魔術院の図鑑にも載っていない。何千年もの間、このダンジョンの奥底で繁殖し、独自に進化してきた生き物だからだろう。


 巨大なナメクジからカニの足が突き出たようなモンスター。体が半透明で、無数の触手をくねらせて動く生き物。


 色々な種類を見かけたけど、やつらにひとつだけ共通しているのは、目がないってことだった。暗闇のなかで暮らすうちに、すっかり退化してしまったんだろう。


(まるで悪夢の世界に入りこんだみたいだ)


 おれは何度もぞっとした。クレールもぎゅっと目を閉じて、おれの背中に隠れていた。だけど、ビルヒニアだけは、平然とした顔で兵士たちを指揮していた。


 もちろん兵士たちも、どんな化け物が相手だろうと、ためらうことなく戦いを挑んでいた。

 

 おれたちは途中でまた休憩した。そこで「神智」スキルを使い、五層目に降りられる階段をさがす。階段はいくつか見つかって、そのうち一番近いところに向かった。

 

 五層目まで下りると、空気が一変した。それまでとちがって、生物の気配はいっさい感じなくなった。かわりに、凍てついたような雰囲気が漂っている。


「いよいよだぞ」


 ビルヒニアの声に緊張が感じられた。


 しばらくのあいだ、おれたちは何事もなく通路を進んでいった。だが、ふいに前方に青白い光がうかびあがった。


「ワイトだ! 準備しろ!」


 ビルヒニアが鋭く叫んだ。


 兵士たちは一斉に、背負っていた剣を抜いた。それは、刃が銀でつくられた剣だった。実体をもたないワイトたちに、唯一ダメージをあたえられる武器だ。


 剣をかまえた兵士たちにむかって、青白い光がゆらゆらと近づいてくる。


 やがて目のまえで停まった光は、人型に変化した。


「警告する。ここは我らが王、ヴァシリー=ブラトフさまの領地である。よそ者が立ち入ることは一切禁じられておる。早々に立ち去れい」


 ガラスを爪で引っかくような声でワイトが告げた。


「やれ」


 ビルヒニアが命令し、兵士のひとりが一歩まえに出た。


 兵士が銀の刃を振りおろすと、ワイトの体がみごとに両断される。耳をつんざくような悲鳴が響きわたった。


 同時に、あたりの空気が一変した。目に見えない無数の存在が、一度に目を覚ましたような感じだ。肌がびりびりする。


「来るぞ、気を付けろ!」


 ビルヒニアが叫んだ。


 天井や壁を突き抜け、大量のワイトが襲いかかってきた。兵士たちはビルヒニアを中心に円陣を組んで、迎え撃つ。


 銀の剣が振りおろされるたびに、ワイトの悲鳴があがった。斬られたワイトは霧のようにひろがって、消え失せる。あっという間に十数体のワイトが倒された。


 だが、上下左右から次々と襲いかかってくるワイトの相手をするのは、精鋭の屍兵でも難しいようだった。おれの目のまえで、兵士のひとりがワイトに抱きつかれる。


 兵士はしばらくもがいた後、いきなり糸が切れたように床に崩れおちた。


「ちっ、馬鹿め!」


 ビルヒニアが罵る。


 兵士たちは隊列の穴を埋めるように移動し、戦いを続けた。


 死闘のなかで、一体、また一体と崩れおちる兵士が増えていく。もし円陣が破られたら、おれとクレールもすぐに死を迎えることになるだろう。おれは無意識のうちにクレールを抱きしめて、目のまえの戦いを見つめた。


 やがて、戦いの終わりが見えてきた。宙を舞うワイトの数が、目に見えて減ってきている。やつらは撤退することなく、最後の一体までこちらに襲いかかってきた。


 そして、ついに戦いは終わった。


 すべてのワイトが消えたとき、おれはほっとして腰が抜けそうになった。クレールが慌てて体を支えてくれる。


「ええい、なんというざまだ」


 ビルヒニアが苦々しく言った。


 ワイトを撃退できたが、その代償は大きかった。兵士たちのうち、八人が倒れてしまっている。


 倒れた兵士の鎧の内側を覗いてみると、体がミイラみたいに干からびていた。ワイトに生命力を吸い取られると、こうなるらしい。これじゃ、たとえ屍兵でも二度と動けないだろう。


「……どうする、一度引き上げるか?」


 俺は恐る恐るビルヒニアに聞いてみた。


「馬鹿な、ここまで来ておいて、手ぶらで帰れるか」


 ビルヒニアは腹を立てたように言う。


「だけど、次にまた襲ってこられたら……」

「ワイトといえども無限に湧くわけではない。一度倒せば、復活するまでには長い年月が必要なのだ。今の戦いで、やつらも大きく戦力を失ったはずだ。最深部に突き進むには、むしろ今こそ好機だ」

「……分かった、行こう」


 ここでおれが怖気おじけづくわけにはいかない。


 六人まで減った兵士たちに前後を守らせながら、おれたちはダンジョンの最深部に向かって進んでいった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る