第22話 オークの襲撃

 今のおれの力だと、まだ広い範囲を見とおすのは難しかった。でも、ダンジョンみたいに閉鎖された空間なら、とりこむ情報は少なくてすむはずだ。


 おれは慎重に、今いる階層に意識をひろげていった。


 しばらくして、頭のなかに光を感じた。そこには目まぐるしく変化するイメージがうかびあがっている。ちょうど、何十個もの目玉をあちこちに飛ばして、そこに映った光景を同時に見ているようなものだ。


 初めのころなら、それだけで、おれは気分が悪くなって吐いていたかもしれない。でも、いまはかなり耐性がついていた。


 しばらくして、おれは目を開いた。


「……よし、道がわかったぞ」

「ほう、やるではないか。では、さっそく行くか」

「いや、もうちょっと休ませてくれ。この力を使うと疲れるんだ」

「まったく、だらしのない」


 ビルヒニアは、褒めて損をした、という顔をしていた。


「マサキさま、お茶のおかわりはいかがですか?」


 クレールが勧めてくれる。


「ありがとう、もらうよ」


 おれはハーブティーを飲みながら、しびれるように疲れた頭を休ませた。しばらくして、どうにかまた歩けそうな元気がでてきた。


(よし、そろそろいくか)


 おれは空になったカップをクレールに返そうとした。


 そのときだった。


 退屈そうに焚き火をながめていたビルヒニアが、急にすくっと立ち上がった。表情をひきしめて、目を閉じる。見張りの兵士と、感覚を同調させているらしい。


「……来るぞ。少なくはない……集団だ」


 ビルヒニアがつぶやくのを聞いて、おれも急いで立ち上がる。


「ビルヒニア、何が来るんだ!?」

「うるさい、静かにしていろ!」


 ビルヒニアはそう叫んで、さらに集中するように眉間にしわをよせる。おれとクレールは、息をのんで見守るしかなかった。


 しばらくして、どこか遠くから不気味なざわめきが聞こえてきた。じっと耳をすましているうちに、それが多くの足音や叫び声だとわかる。ビルヒニアの言うとおり、なにかの集団がこちらに迫ってきているんだ。


「……ふん、オークか」


 そう言って、ビルヒニアが目を開いた。その顔から緊張が消えていた。


「ビルヒニア、どうなってるんだ?」

「どうやら、この階層にオークどもが住みついていたらしい。我らに気づいて、こちらへ押しよせてきているところだ」

「大丈夫なのか?」

「オークごときに騒いでもはじまらん」


 ビルヒニアは余裕たっぷりに言うと、兵士たちに指示を与えはじめた。兵士たちは武器をかまえ、奥の通路にむかって隊列を組む。


「我らはあそこまで下がるぞ」


 ビルヒニアはおれとクレールをつれて、小広間の隅まで移動した。


 兵士たちは半円形にならんで、通路の出口を囲んでいる。そこへ、見張りの兵士ふたりが飛びこんできた。ふたりは誰から指示をうけることもなく、隊列の端にくわわった。


 同時に、激しい足音がこちらへ迫ってくる。十数匹、いや何十匹というオークが襲ってくるみたいだ。


 やがて、けたたましい叫び声をあげて、オークが通路から飛びこんできた。


 豚に似た顔をした亜人。口もとからは獰猛な牙がのびている。オークの戦士たちは、手斧に木槍、革張りの盾といった装備だった。


 兵士たちは、ぎりぎりまでオークを引きつけてから、一斉に剣をふるった。


「ギャアッ!」


 オークたちは甲高い悲鳴をあげた。頭を割られ、首すじを断たれ、オークたちは次々と床にたおれる。


 兵士たちの精妙な剣技は、ひと振りごとにオークをほふった。それは戦いというよりも、一方的な殺戮だった。オークたちは、殺されるために飛びこんでくるようなものだった。床には大きな血だまりができて、切断された首や腕がいくつも転がった。


 ふいに、数本の矢が通路の奥から飛んできた。兵士のひとりの鎧を突きやぶって、矢が胸をつらぬく。だが、兵士は何の反応も見せず、手近にいたオークの顔を盾で叩きつぶした。


 やがて、オークの一匹が悲痛な叫びをあげた。それが退却の合図だったらしい。まだ生き残っていたオークたちは、われ先にと逃げだしていった。


 残ったのは大量のオークの死体だ。ざっと数えても三十体以上はあった。一方で、兵士たちにはひとりの犠牲もない。


「ま、こんなものだろう」


 ビルヒニアにとっては、勝ち誇るまでもない戦いだったようだ。


 小広間に立ちこめる血と脂の匂いで、おれは気分が悪くなった。クレールも青ざめた顔で、聖女への祈りをつぶやいている。


 だけど、ビルヒニアだけは、まるで澄みわたった空気を吸い込んだみたいに、生き生きとした顔になっていた。


 小広間を通りぬけて、おれたちはさらに先へ進んだ。ビルヒニアは念のため、兵士を遠くまで偵察に出して、どこかでオークが待ち伏せていないか調べさせた。しかし、どこにもオークたちの気配はなかった。

 

「どうせ住みかに逃げもどって、息をひそめて震え上がっておるのだろう」


 ビルヒニアが嘲笑あざわらうように言った。


 分かれ道にさしかかるたび、おれはどっちに行けばいいのか教えた。おれの頭のなかには、この階層の立体的な地図ができあがっていた。


 ただし、どこにモンスターがひそんでいるか、ということまでは分からない。そういう常に変化するものの情報まで手に入れようとすれば、おれの頭の限界をこえてしまうからだ。


「あの角を曲がったさきに、階段があるはずだ」


 おれが言ったとおりに通路を進んでいくと、ちゃんと階段が見つかった。


 いよいよ四層目へ降りていく。

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