第四章 古代神殿のダンジョン
第19話 旅立ち
城館に入って自分の部屋まで戻ると、向かいのクレールの部屋のドアが開いていた。なにか忙しそうな物音がするので、ちょっと覗いてみる。
「クレール、なにをしてるんだい?」
「あ、マサキさま」
クレールはベッドのうえに大きなカバンを置き、荷物をつめこんでいた。
「まさか、旅の支度をしてるんじゃないだろうな」
「そのまさかです。わたしも今回の旅についていくつもりですから」
「いや、それはダメだ。今回は本当に危ないんだよ。ビルヒニアが一緒でも、生きて帰れるかどうかわからないんだから」
「危ないからこそ、お側を離れたくないんです」
「クレール……」
「お願いいたします。決して足手まといにはなりませんから」
クレールはおれの胸にすがりついて訴えてくる。碧の美しい瞳でじっと見つめられて、おれの気持ちも揺らいできた。
(そうだよな、ここで置いていかれる方が、クレールにとってはよっぽど辛いかもしれない)
そもそもクレールは命がけでおれを牢獄から救ってくれたんだ。いまさら、危ないからついてくるな、なんて言うべきじゃない。
「……わかったよ。一緒にいこう」
「ありがとうございます!」
クレールは目を輝かせて言った。
「ところで……旅に出る前に、アゼルに会っておくかい?」
おれは一応聞いてみた。本当なら、クレールをあんなやつに会わせたくない。だけど、幼馴染みとして、何か話しておきたいことがあるんじゃないかと思ったんだ。
「それは……」
クレールは表情を曇らせると、しばらく悩んでから、
「……いえ、止めておきます。会っても、わたしがあの人にためにできることは何もありませんし、お互いに辛い思いをするだけでしょうから」
「そうか、わかった」
おれは正直ほっとした。
「それじゃあ、クレールは旅の支度をしててくれ。おれはビルヒニアに、いつごろ出発の予定か聞いてくる」
「はい」
ビルヒニアを探すと、地下の倉庫にいた。兵士たちに指図して荷物を運びだしている。
「ビルヒニア、いつ準備が終わりそうだ?」
「思ったより時間がかかりそうだ。大昔にしまいこんだ武器がなかなか見つからなくてな。出発は明日の朝になるだろう」
「そうか。なにか手伝えることはあるか?」
「ない」
ビルヒニアは振り向きもせずに答えた。
おれは邪魔にならないよう、そっとその場を離れた。
それから、自分の部屋まで戻ろうとしたけど、ふと、アゼルがどうしているのか気になった。階段の途中で足を止めて、もう一度地下まで引き返す。
通路を倉庫とは反対の方に進んだ。突き当たりに頑丈な木の扉があって、そこから先が地下牢になっている。
扉のまえには番兵がひとり立っていた。
「アゼルの様子はどうだ?」
おれは番兵に聞いてみた。
「牢に入れられた後、ずっと
「食事は?」
「先ほど届けましたが、暴れてひっくり返しました」
番兵は何の表情もなく答える。死人だから当然なんだけど。
「ちょっと覗いてみていいかい?」
「どうぞ」
番兵は鍵を取りだして、扉を開けてくれた。奥には短い通路が伸びていて、右側に牢の扉が四つならんでいる。アゼルは一番奥の牢に入れられていて、他はすべて空だった。
「ここから出せ! おれを誰だと思っている! クレールに会わせろ!」
アゼルが喚きちらす声が聞こえてくる。ショックなことが重なって、精神的におかしくなっているみたいだ。少しくらい話をしようかと思っていたけど、顔を見る気も失せてしまった。
(まあ、生きているのは確認できたんだ)
おれはすぐに扉の外にでた。
「ありがとう、もういいよ」
「はい」
「食べないかもしれないけど、とりあえず食事は毎回届けてやってくれないか」
「かしこまりました」
おれは通路を引き返して、今度こそ自分の部屋へ上がった。
翌朝、まだ暗いうちに、おれたちは出発することになった。
旅の一行は、おれとクレールとビルヒニア、それに精鋭の兵士が十四名。先頭を馬に乗った兵士ふたりが進み、その後におれたちの馬車が続く。荷車は二台あって、駄馬が引っぱっていた。徒歩の兵士たちは、二列にならんで歩く。
もし旅の途中で巡回する警備隊なんかに出くわしたときは、とある貴族の姫君を護送しているところだと説明するつもりだった。 もちろん姫役はビルヒニアで、おれとクレールはその従者ってわけだ。
ビルヒニアは、口さえ閉じていれば、王族の姫といっても通じるくらいの気品と美しさを持っている。クレールだって、聖女の侍女をつとめていたくらいだから、姫の守り役として何の違和感もない。おれは、まあ、たいして注目もされないだろう。
大湿地のあるメーヌ領は、モンペール領の南西にあった。
「湿地を抜ける手間も考えて、神殿までは五日ほどかかるだろう」
ビルヒニアはそう見込んでいた。
旅がはじまると、おれはクレールが一緒に来てくれたことを感謝した。馬車のなかで、むっつりと黙り込んだビルヒニアとふたりきりで過ごすなんて、息が詰まるなんてもんじゃない。
クレールは、ずっと物珍しそうに窓の外の景色を眺めていた。
「マサキさま、あの山を見てください。ずいぶん変わった形をしてますよ」
「そうだな。きっと昔は火山だったんだよ」
「あ、あの小鳥! 羽が虹色で、とってもきれいですね」
「ほんとうだ。たしか、ゴシキヤドリって名前だったかな」
おれたちが賑やかに話をしていると、ビルヒニアがわざとらしく大きな溜め息をついた。
「おまえたち、ピクニックにでも行くつもりか?」
「す、すみません」
クレールは慌てて謝る。
「べつに謝ることじゃないさ。いまから緊張してたって、よけいに疲れるだけだろ。リラックスするためにおしゃべりして、何が悪いんだよ」
おれはそう言い返した。
「ふん、口だけは達者だな」
「あ、もしかして、ひとりだけ
「はあ?」
「さみしかったら、いつでも話に入ってきていいんだぞ、ビルヒニア」
「馬鹿馬鹿しい」
ビルヒニアはぷいっと横を向いた。
その後も、おれとクレールは色々おしゃべりしたけど、もうビルヒニアが文句を付けてくるようなことはなかった。
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