第18話 次の一手

 また膨大なイメージが流れこんでくるんじゃないかと、おれは身がまえた。


 だけど、おれの頭にうかびあがったのは、問いかけに対するはっきりした答えだった。


「……<破魔の短剣>か」

「なんだそれは」


 ビルヒニアがたずねてくる。


「古代魔術王国の時代に作られた武器らしい。ゴーストやレイスみたいな、実体のない存在にダメージをあたえられるんだ。そのかわり、ふつうの肉体をもった生き物にはなんの影響もない」

「なるほど、ゴルカ退治にはうってつけの武器というわけだな」

「その情報を、たった今、手に入れたというのか?」


 アルテミシアが驚いたように言う。


「これが<神智>スキルの力なんだよ。知りたいことはなんでも教えてくれる。ただし、使い方が難しくて、おれもまだ慣れてないんだけど」

「それにしても、大した能力だ」


 アルテミシアは感心した様子だった。


「その破魔の短剣がどこにあるのかわかるのか?」


 ビルヒニアが聞いてきた。


「ああ。メーヌの大湿地のことは知ってるな?」

「もちろんだ」

「そこに古代神殿がダンジョン化した場所があるんだ。最深部の宝物庫には、魔宝器クラスの道具がいくつも収められていて、そのなかに破魔の短剣がある」

「なるほど……では、せっかくの情報も無駄だったというわけだな」


 ビルヒニアは薄笑いをうかべて言った。


「どういう意味だよ」

「おまえは知らないようだが、あのダンジョンは千年もまえから悪霊の王ワイトキングが支配しておるのだ。我ですら、容易よういには踏み込めぬ場所だぞ。その最深部にある宝物庫まで、どうやってたどり着くつもりだ」

「そ、それは……」


 <神智>の力を制限して使っているせいで、そこまでのことは知らなかった。


 ビルヒニアの話が本当なら、破魔の短剣がある場所がわかっても、じっさいに手に入れるのは不可能に近いのかもしれない。


(だけど、ほかにゴルカを倒す方法がないなら、どれだけ難しくてもあきらめるわけにはいかないんだ)


「……そうか、ビルヒニアでさえじ気づくくらいなんだ、おれたちにはどうしようもないよな」


 おれは、ちらっと横目でビルヒニアを見て溜め息をついた。


「は? だれが怖じ気づいているというのだ」

「だって、ダンジョンに入るのは無理だって言ったじゃないか」

「馬鹿め、そんなことは言っておらぬわ」


 ビルヒニアは抑えた声で言った。

 だけど、右目の下がぴくぴく震えているのがわかる。


「言っておくが、我は六十年ほどまえに、あの神殿をおとずれたことがある。そのときは、七層のうちの五層まではおりた。だが、ワイトキングの手下どもがうるさく邪魔をしてきたので、面倒になって引き上げたのだ」

「つまり、それ以上の深さへもぐるのは無理ってことか」

「あのときは、ほんの気まぐれで踏み込んだだけで、何の準備もしていなかった。最初から最深部を目指すつもりなら、そう難しいことでもないわ」


 ビルヒニアはすっかりその気になってくれたみたいだった。


(この扱いやすさ、やっぱり中身まで幼くなってるよなあ)


 おれがそんなことを思っていると、ビルヒニアがじろりと睨んできた。


「な、なんだよ」

「ひとつだけ警告しておく。我が約束できるのは最深部への到達だけだ。もしワイトキングと直接対決するようなことになれば、おまえの命の保証はできぬぞ。なにせ、我とやつは相性が悪いのだ」


 たしかに、攻撃魔法をもっていないビルヒニアと、物理攻撃の通じないワイトキングとでは、あきらかに相性が悪そうだ。だけど、そのくらいの危険は覚悟のうえだった。


「よし、それじゃあ、さっそく準備にとりかかろう」

「私も同行しようか?」


 アルテミシアが言った。


「……いや、あなたは城へ戻って、フラヴィーニ伯を警護してほしい。それに、城のなかに怪しいやつがいないか調べておいてくれないか。破魔の短剣が手に入れば、すぐにゴルカを倒せるように」

「承知した。だが、<神智>スキルをつかえば、私が調査するまでもなく、ゴルカがだれに憑依しているのかわかるのではないか?」

「それはもう試したんだけど、ダメだった。さっき言ったとおり、おれはまだこのスキルを十分に使いこなせてないんだ」

「そうか……では、私のほうで慎重に探ってみるとしよう」


 アルテミシアは一度村までもどり、逃げ散った捜索隊をまとめてから城へ帰ることになった。


 捜索隊を襲撃したビルヒニアの兵士については、流浪の傭兵団だった、ということにしてもらう。捜索隊を山賊とまちがえて襲ったが、アルテミシアが事情を話すと、すぐに誤解をとき、謝罪して去っていった、というわけだ。


 ふたたびハーフプレートアーマーを身につけたアルテミシアを、城門まで見送った。彼女のために、城の馬を一頭用意してあった。


「ところで、アゼルどのはどうするつもりだ?」


 跳ね橋をわたりながら、アルテミシアが聞いてきた。


「あいつを自由にすれば、なにをするかわからない。すくなくとも今回の一件が片づくまでは、牢のなかにいてもらうつもりだ」

「その後はどうする? 話を聞いたかぎりでは、あなたはアゼルどのに恨みをもっているようだが……」

「おれがあいつを殺すんじゃないかって心配してるなら、その気はないから安心してくれ。そうだな……アゼルがおれを陥れた証拠をみつけて、それと一緒に魔術院に送りとどけてもいいかもしれない。今度こそ公正な裁きがおこなわれれば、あいつも魔術院から追放されることになる。おれからすれば、それが一番の復讐さ」

「そうか、わかった。では、魔術院の方には、アゼルどのは捜索中に行方不明になったと報告しておこう」

「ありがとう、助かるよ」


 アルテミシアは跳ね橋をわたったところで、馬にまたがった。


「それでは、マサキどののご武運を祈っている」

「ありがとう。アルテミシアこそ、気をつけて」

「ああ。それでは」


 アルテミシアは馬上で一礼して、駆け去っていった。

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