第17話 新しい同志

 しばらくして、男装になったアルテミシアが戻ってきた。


「話し合いのまえに、ひとつ確かめたいことがあるのだが」


 アルテミシアは席に着くなり、そう切りだしてきた。


「なんだい?」

「この城館だが……まさか、死霊術使いネクロマンシーのビルヒニアのものではないのか?」

「ああ、実はそうなんだ」

「やっぱりか。だが、勇者ロランズがビルヒニアを討伐してから、廃墟となってすっかり荒れ果てたと聞いていたが……」


 アルテミシアは戸惑ったように、絢爛けんらんと飾られた室内を見まわす。


「そうだ。ここまで修復するのにどれだけ手間のかかったことか」


 ビルヒニアは苦々しい顔で言った。


「……マサキどの、先ほどからもうひとつ気になっていたのだが、この少女は何者なんだ? ずいぶんと偉そうな口ばかりきいているが」

「それが、聞いて驚かないでほしいんだけど……この子が、ビルヒニアなんだ」

「なに!?」


 アルテミシアは勢いよく立ち上がった。椅子が倒れる。


「ロランズに倒されたとき、少しだけ肉片が残っていて、そこから復活したらしいんだ」

「そんな、死霊術使いネクロマンシーのビルヒニアが生きていた……!」


 アルテミシアは青ざめ、恐ろしそうにビルヒニアを見た。ビルヒニアは鬱陶うっとうしそうに、横を向いている。


「心配しなくても、彼女があなたに危害をくわえることはない」

「なぜ、そう言い切れる? 相手は恐ろしい魔族なんだぞ!?」

「おれがビルヒニアの<真名しんめい>を知っているからだよ。それが何を意味しているか、わかるかい?」

「……聞いたことはある。<真名>の誓約、というやつか」

「そうだ。ビルヒニアは、おれの命令には逆らえないんだ。決してだれも殺すなといえば、殺さない」

「なるほど……」


 アルテミシアは、やっと落ち着きをとりもどしたみたいだった。倒れた椅子をおこして、座りなおす。


「では、製材所でわれわれを襲った兵士たちも、ビルヒニアがあやつる死人だったのか」

「そういうことだ」

「それなのに、だれひとり殺さず、追い払っただけ……たしかにマサキどのの言うとおりだな」

「納得してもらえたようだし、そろそろ本題に入っていいかな?」

「あ、ああ。すまない、どうぞ話してくれ」


 アルテミシアは、取り乱したことが今になって恥ずかしくなったみたいだった。姿勢をただして、おれの話を聞こうとする。


「いま、モンペールの城には幻魔ファントムのゴルカっていう魔族が入りこんでいるらしいんだ。そいつは、物質的な体をもたず、ほかの生き物に憑依ひょういするそうだ」

「そのゴルカが、フラヴィーニ伯の命を狙っているのか?」

「ああ。フラヴィーニ伯を殺し、魔界への門を封じた魔法陣を消すのが目的だ」

「そうか……」


 アルテミシアは険しい表情でうつむいた。


「あまり驚かないみたいだな」

「いつか、こういう日が来るのではないかと覚悟していたからな。勇者ロランズは、魔法陣で門を封じた後に、決して魔族への警戒をゆるめてはならない、とフラヴィーニ伯へ言い残していたんだ」

「それだったら、話が早い。フラヴィーニ伯の暗殺をふせぐために、力を貸してもらえないか?」

「もちろん、こちらからお願いしたいことだ」


 おれたちは、じっと見つめ合った。同じ目的をもった仲間として、気持ちが通じあった気がした。


 だが、そんなおれたちを冷笑するようにビルヒニアが口を開いた。


「仮におまえたちが協力してゴルカを見つけられたとして、その後はどうするつもりだ?」

「どうするって、そりゃ、退治するに決まってるだろ」

「馬鹿め、その方法を聞いているのだ」

「それは……」


 おれは返事につまった。

 たしかに、どうやればゴルカを倒すことができるんだろう。


「やっと気づいたか。ゴルカが憑依した者を斬ったところで、死ぬのはとり憑かれた人間だけだ。やつは無傷のまま、またべつの人間にのりうつるだけのことだ」

「じゃあ、どうやったらゴルカをやっつけられる?」

「そこまで知るものか」

「本当だろうな? 正直に言えよ」

「ふん」


 ビルヒニアはそっぽをむいた。頭痛がおきる気配がないから、嘘は言っていないらしい。


「マサキどの、どうする?」


 アルテミシアも困った顔だ。


「うーん……」


 おれは少し考えてから、


「そうだ、ゴルカも<真名>の誓約でおれに従わせればいいんだ!」


 と思いついた。


「あっはははは!」


 高笑いをしたのはビルヒニアだ。


「なんだよ、何がおかしい?」

「おまえ、ゴルカごときに<真名>があると思っておるのか」

「え、ないのか?」

「やつはしょせん、魔王の力によって生み出された下等な存在に過ぎん。魔術院に分類させれば、せいぜい<A級>がいいところだろう。<真名>を持てる格ではないわ」

「そんな……」


 ここでビルヒニアが嘘を言う必要もない。きっと本当のことなんだろう。


(……いや、だけど、きっとゴルカを倒す方法がなにかあるはずだ)


 おれの知恵じゃどうにもならなくても、「神智」のスキルならきっと答えを導き出してくれるはずだ。 


「悪いけど、ちょっと席をはずすよ」


 おれはそう言って立ち上がった。ビルヒニアにスキルを使うところを見られたくなかったからだ。


「おい、マサキ。例の力をつかうつもりなら、我のまえだからといって遠慮することはないぞ」


 ビルヒニアの言葉に、おれはぎくりとした。


「な、なんのことだよ」

「いまの話で、おまえの持っているスキルのことは、おおよそ見当がついた。古代魔術王国時代に作られた技法で、たしか<神智>とか言うのではないか?」

「う……」

「おまえにはもったいないスキルだな。ともかく、こうして手のうちがあきらかになったのだ、もう隠れてこそこそする必要はない」


 ビルヒニアは皮肉な笑みをうかべて言う。


「……わかったよ」


 もうごまかしても無駄だと思い、おれは席に座り直した。


「その<神智>というのは……?」


 アルテミシアが不思議そうに言う。


「今からやってみせるよ」


 おれはそう答えて、目を閉じ、ひとつ深呼吸をした。


(この地上に、ゴルカを倒す方法はあるのか)


 無限の知識にむかって、そう問いかけた。


 しばらくして、ぴりっと頭の奥がしびれる感覚があった。

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