第16話 戦いの後始末

 するどい刃が、おれの胸に刺さろうとした。だが、その寸前に、横から何かがぶつかってきて、おれは地面に転がった。


「きゃっ」


 悲鳴があがる。クレールだ。おれを助けるために、飛びついてくれたんだ。そして、かわりに刃をうけて、血を流している。


「クレール、大丈夫か!?」


 おれは胸にしがみつくクレールに呼びかけた。右肩を切られたらしく、裂けた衣服が赤く染まっている。


「クレール……ちがう、おれはそんなつもりじゃ……」


 アゼルは呆然と立ちつくしていた。だが、すぐに顔をゆがめておれをにらんだ。


「マサキ、きさまのせいだぞ! きさまがいるから、クレールは不幸になるんだ!」


 わめきちらしながら、またおれに襲いかかろうとする。


「アゼルどの、おやめなさい!」


 アルテミシアが見かねたように駆けよって、手刀でアゼルの手首を打った。うっ、とうめいて、アゼルは短刀を落とした。


「な、なにをする。犯罪人の肩をもつつもりか!?」

「冷静になれと言っているだけです」

「うるさい!」


 そこでビルヒニアがやってきた。


「おもしろい見せ物だと思っていたが、いいかげんうるさくなってきた。おい、その男を静かにさせろ」


 ビルヒニアが命じると、兵士ふたりがさっとアゼルに駆けよった。アゼルは抵抗する間もなく、地面にねじ伏せられる。背中にのしかかられて声もだせないようだ。


「おい、こいつは殺してもよいだろうな?」


 ビルヒニアが聞いてくる。


「……いや、だめだ」

「なぜだ? おまえは危うく殺されるところだったのだぞ」

「こいつが死ねば、クレールが悲しむ」


 おれはアゼルを憎んでるし、できれば復讐してやりたい。だけど、クレールからすれば、幼いころから家族ぐるみでつきあっていた相手なんだ。ここで殺せば、クレールは心に深い傷を負ってしまうだろう。


「……そうか、おまえを罠にはめたのはこの男なのだな? それでも殺さぬとは、つくづく人間とはおめでたいものだ。いや、おめでたいのはおまえか」

「うるさい。とにかく、そいつを傷つけずに城館まで連れていってくれ」

「ふん」


 ビルヒニアは兵士にあごで指示した。兵士は手をゆるめて、アゼルを立たせる。


「マサキ! いい気になるなよ! おまえはいずれ捕まって処刑されるんだ!」


 とたんに、アゼルが唾を飛ばして喚きだす。


「なあ、ビルヒニア。相手を眠らせる魔法なんて使えないのか?」

「我にできるのは永遠に眠らせることだけだ」

「だよな……。しかたない、適当に黙らせて、先に運んでおいてくれ」


 兵士はアゼルの口にまるめた布をつめこみ、手足をしばったうえで、かつぎあげた。


 アゼルが運ばれていって、おれはほっとした。だが、すぐにクレールの傷のことを思いだす。


「クレール、大丈夫か?」

「はい、このくらい平気です」

「傷を見せてくれ」


 クレールの衣服の肩を裂いて、傷口を見てみた。かなり深い傷で、まだ血が流れでている。激痛で泣きわめいてもおかしくないのに、クレールは必死でこらえているみたいだった。


「大変だ。はやく手当てをしないと」

「傷薬と包帯なら持ってきておりますが……」


 しかし、さすがにクレールが自分で手当てをするのは難しそうだ。といって、おれには医療の心得はまるでない。


 そのとき、アルテミシアが、


「もしよければ、私が手当てをしようか?」


 と言った。


「え、あなたが?」

「これでも武人のはしくれだ。刀傷の手当てならひととおりの心得はある」

「じゃあ、お願いするよ」


 おれは素直に頼むことにした。


 アルテミシアは、クレールのカバンから薬をとりだし、さっそく手当てを始めた。遠慮のない手つきだから、クレールはときどき痛みでうめいた。それでも、処置はすばやく正確で、手当てはすぐに終わった。


「……さあ、これでいい。傷が化膿することもないだろうが、夜になったら包帯を交換してくれ」

「ありがとうございます」


 クレールはほっとしたように礼を言った。


「それで、これからどうする?」


 アルテミシアはおれに向き直って言った。


「そうだな……ここじゃ落ち着いて話もできない。もしよければ、一緒に来てくれないか? もちろん、おれたちのことが信用できないとは思うけど」

「いや、貴殿にその気があれば、私などとっくに殺されているはずだ。話し合いたいという申し出を疑ってはいない」

「よし、それじゃあ、さっそく出発しよう」


おれたちは引き上げの準備を始めた。


 ビルヒニアの城館に戻ると、おれたちはまず風呂にはいって汚れを落とし、服を着替えることにした。アルテミシアにもゲストルームを一部屋貸す。


 その後、おれたちは応接室に集まった。一番遅れてやってきたアルテミシアは、青いドレスを着ていた。


「わがままを言うようで申し訳ないが、もっと普通の服はないだろうか」


 アルテミシアはこわばった顔で言った。ドレスはよく似合っていたけど、本人は気に入らないようだ。


「女物の服でドレス以外となると、メイド服くらいしかないが、そちらがよいのか?」


 ビルヒニアは小うるさそうに答えた。


「いや、女物でなくていい。そこの執事が着ているようなシャツとズボンを貸してもらえないか」

「ご要望にこたえてやれ」


 ビルヒニアが命じると、ハコモはアルテミシアを案内して部屋を出ていった。


「ところで、アゼルはどこにいるんだ?」


 おれはふと気になってビルヒニアにたずねた。


「地下牢だ」

「おい、どうしてそんなところへ入れたんだ」

「最初は、ゲストルームへ入れたのだ。そうしたら、あの馬鹿は大暴れして部屋をめちゃくちゃにしおった」


 ビルヒニアは、ぎろりとにらんでくる。


「そ、そうか、悪かったよ」

「もし、やつがまた我の城館を傷つけるようなことがあれば、おまえが何と命じようと、やつを殺すからな」


 アゼルのためにも、当分は地下牢にいてもらったほうがよさそうだ。ちらりとクレールを見ると、申し訳なさそうな顔でうつむいていた。

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